第295話 少女、もうちょい死んでいる
『さて、戦える……つってもなぁ』
リンローが鋭い視線を向けながら『サーヴェラス』を観察している。
マリアたちエルシャ王国軍から報告を受けていた『サーヴェラス』の最大の特徴である『魔力喰い』。それは周囲の魔力を喰らい、自身以外の機体の活動を強制的に停止させ、そのうえで自分の機体の性能も向上させて性能差で圧倒する。
機体が密集したり、ギミックウェポンや巨獣兵装などでも起こる現象ではあるが『サーヴェラス』の強制的な吸収能力は高く、なおかつドルガはそのチンピラ然とした性格とは裏腹に自身の実力も高い。まともにやり合えば一方的になぶられるのは確実で、対処法も限られる非常に厄介な相手であった。
一方で、たとえ周囲の魔力がなくとも竜心石により自己生成した魔力を用いて動ける混機兵『レオルフ』ではあるが……
(対してこっちは全開には程遠いな。当然の話だがよ)
通常の動きならば問題もないが、力を込めることも、踏み堪えることも難しく、また体格差があろうとも組み合えば一気に押し負けるとリンローは『サーヴェラス』の動きを見て理解してもいた。もっとも『サーヴェラス』を前にして動けるというだけでも『レオルフ』にはまだ勝機があるといえた。
『まあいい。なら腕でカバーすりゃあいいだけの話だ。総団長ならあっさり終わらせてくれるんだろうがな』
そう口にしたリンローが『レオルフ』を『サーヴェラス』へと踏み込ませ、アームグリップを操作して棘鉄球のメイスを振るう。しかしその動作速度はやはり普段のソレを大きく下回っていた。
『クッソ遅え』『猫ちゃんが』『いやドラ猫か?』
『相変わらずうるせえな。チッ』
振り下ろされたメイスの一撃が円盾によって弾かれて火花が散り、その衝撃で出力が低く踏ん張りの利かない『レオルフ』がわずかにぐらついた。そしてその隙をドルガは見逃さない。
『『『トれえぞ!』』』
勢い良くドルガが踏み込むが、同時にレオルフの胸部にある竜頭が火を吐いて『サーヴェラス』に炎がかかる。
『なんだそりゃ?』『頭ふたつとか』『待てや、僕ちゃんのパクリじゃね?』
『うっせぇ。俺はそんなべちゃくちゃ喋んねえよ』
慌てて跳び下がった『サーヴェラス』にリンローが叫びながらメイスの棒の部分のロックを解除し、棘鉄球の鞭として振るう。
それを『サーヴェラス』はやはり盾で受け止める。体格の割に出力の高い『サーヴェラス』であれば、今の『レオルフ』の攻撃を受けることなど造作もない。なけなしの魔力でブレスを放った後であるのだからなおさらだ。
『チッ、やり辛ぇ』
普段と比べて力が出せず、踏ん張ることもできないのに、己よりも2メートルも小さい機体が見た目に反して恐るべき力と速度で迫ってくる。それは悪夢のような状況ではあった。
(しかし、俺じゃないとあいつにゃ勝てねぇだろうからなぁ)
鬼角牛の陣のもう片方の角を担当しているルーイン王国軍のガルド・モーディアスならば鉄拳飛弾で距離を取って戦えるだろうが、リンローの遠距離攻撃は巨獣兵装『フレイムボール』のみだ。とてもではないが、速度も上回る『サーヴェラス』を捉えることはできない。しかし、そこに第三の存在が突撃してきた。
「グギャアアアアアア!」
『ガラティエ!? ケフィンか』
『おいおい、二対一かよ』『待てよ頭の数で言えばタイマンじゃね』『頭いいなお前』
槍尾竜ガラティエが獣機兵を蹴散らして迫ってきたのだ。頭の悪い会話がリンローの耳にも届いたが、今は頭の中から追いやる。
『副長、ケフィンと合わせろ!』
通信機からガイガンの声が響く。元々ドルガはリンローひとりで請け負う予定であったが、それでは勝てぬとガイガンは考えたのだろう。そのことに歯噛みしつつもリンローは『助かる』と返した。状況が不利なのも、追加の戦力がありがたいのも事実であった。
『チッ、仕方ねえな! ケフィン。ガラティエにブレスを出させてくれ』
「グギャァア! ギャ?」
リンローの指示に従ってガラティエが喉袋にブレスを溜めようとするが、それができない。その様子にリンローが眉をひそめる。
『くそ。この場じゃあドラゴンでも自身の維持だけでブレスにまで回せないか』
(あいつの近くじゃあ無理……いや、だったら離れれば行けるか? さっきは無理だったがガラティエと連携すれば)
そう考えたリンローが『レオルフ』を機竜形態へと変形させる。必要なのは『サーヴェラス』と距離を取る速度だ。リンローはガラティエと向かい合う『サーヴェラス』に背を向けて『レオルフ』を走らせた。
『ガラティエ、少し頼む』
「グルァアアアア」
『逃げんのか!?』『クソザコが』『爬虫類に任せて恥ずかしくないのか?』
吠えるドルガを無視して『レオルフ』が戦場を駆けていく。
『大将から逃げるかトカゲもどき』
『うっせぇ。邪魔だぁ!』
親衛隊らしき獣機兵が近付いてきたが機竜形態の『レオルフ』は構わず弾き飛ばす。すでに『サーヴェラス』の魔力喰いの影響範囲からは逃れている。『レオルフ』の全身には力が漲り、背部のパイプからは銀霧蒸気が噴き出していた。
『離れりゃ、魔力だって回復する。おらぁあああ!』
吐き出した炎で身を包んだ『レオルフ』がUターンをして『サーヴェラス』へと突き進む。前面に炎を纏った『レオルフ』の突撃はさながら地を這う流星の如く戦場を横切っていく。それにはドルガも眉をひそめた。
『チッ』『ドラゴンがうぜえ』『邪魔すんじゃねえよ』
ドルガがとっさに出力を全開にしてガラティエの槍尾を弾き、そして迫る『レオルフ』の攻撃を盾で受け止めた。その勢いに『サーヴェラス』の足元の地面が抉れたが、機体の体勢は崩れることはなかった。
『ハッ』『距離を取れば確かに魔力は回復するがなぁ』『ここに留めちまえば』
この膠着状態が続けば、再び出力が落ちた『レオルフ』が押し負ける形で両者の均衡は崩れてしまうだろう。それはリンローにも分かっていた。だからこそ、次の一手をすぐさま口にする。
『ケフィン、俺ごとこいつを燃やしちまえ』
『『『バカなッ』』』
驚くドルガの前でガラティエは翼をはためかせて距離を取り、喉袋に魔力を集中させて溜め込んでいく。
『テメェも死ぬぞ』『そもそもブレスは吐けねえだろ』『馬鹿がッ』
『馬鹿はテメエだ。ガラティエは俺と同じように火球を出せんだよ」
『『『!?』』』
『それになぁ。俺の『レオルフ』に炎はほとんど効かねえんだよ。チッ、こっちのはもう切れちまったがな』
『レオルフ』の前面に張られていた魔力消費の激しいブレスはすでに消えているが、確かにリンローの言う通りに『レオルフ』の炎の耐性は高い。その事実にドルガの顔にこれまでにない危機感が浮かんでいた。
『ざっけんな』『おいゴリラ止めろ』『誰かあのクソ竜を』
ドルガが叫ぶが、ホワイトゴリディアの巨獣機兵はガイガンに止められ、他の獣機兵たちはもう一体の槍角竜リギスと竜撃隊によって押さえられている。そもそもが『サーヴェラス』の魔力喰いは敵味方関係なく影響を及ぼす上に、これまでもドルガはひとりで敵を屠ってきたために、戦いの最中は味方を寄せ付けなかった。そうしたこれまでの積み重ねが獣機兵たちの迅速な対応を遅らせた。
『さあ、一緒に燃えようぜ犬っころ。ホットドッグってヤツだ!』
『『『うっせぇ。テメエ、どけ!!』』』
出力の弱くなった『レオルフ』を弾いた『サーヴェラス』が逃げ出し、同時に巨獣兵装のフレイムボールと同質の火球がガラティエから吐き出された。
次回予告:『第296話 少女、そろそろ生き返ってほしい』
ベラちゃんもいないと毎日が灰色ですね。
あ、ホットドッグ食べたいです。




