第292話 少女、祀り上げられる
『さてぁ、連中は殺れたかねえ』『いやぁ、無理無理』『チョッピリ傷ぐらいはつけられたんじゃねえかい?』
間もなく日が昇ろうという刻、進軍を開始し始めたローウェン帝国獣機兵軍団の中心にいる三首の混機兵から同一人物のみっつの声が発せられていた。
その機体に乗っている男こそがローウェン帝国軍が誇る八機将がひとりにして、獣機兵軍団の大将である獣魔ドルガだ。
現在ドルガが率いる軍勢は己が陣地を出て、要塞アルガンナへと進み続けていた。そしてドルガの正面にはホワイトゴリディアタイプが、後方には城塞崩しであるクラッシュワームタイプの巨獣機兵が控えており、また彼の腹心であるロッグ将軍は左に離れた軍の中心に、ビッグサラマンダータイプの巨獣機兵を引き連れて進軍していた。
混機兵部隊のベラ・ヘイロー暗殺に合わせての最終決戦。
ドルガはこの一戦で全てを決するつもりであった。
すでに状況が醸成された……ということもあるが、これ以上引き延ばすのはドルガにとっても不利に傾く。
ようやくエルシャの首に届こうとしたところにヘイロー軍の邪魔が入ったこともそうだが、本国からの反応がここ最近鈍くなっているのだ。或いは父である獣神アルマが討たれたことで国との関係性が崩れつつあるのか、それとも何か別の問題が起きているのかは分からぬが、もはやドルガも前へと進むしか無くなっていた。
(ケッ、知ったことかよ)(しょせん、僕ちゃんらはゴロツキだ)(戦って価値を示さにゃ終わるだけじゃん)
結論はすでに出ている。父であるアルマが成せなかったエルシャ王国を奪い、ドルガが支配をする。それはローウェン帝国の属国ではあるがドルガの支配域でもある。ドルガはそこで獣血剤を大量に生産し仲間を産み出して、獣魔の国を造るつもりだった。そこにあるのは人を家畜とし、食い合い、殺し合いを是とした原初の理想郷。やがては獣の本能の前に国という垣根すらも破壊し、最終的にはローウェン帝国すらも残さぬ混沌の時代が生み出す。そして、そんな混沌の時代を強者を束ねるのが己だとドルガは夢想していた。
それが己が半獣人であり、犬と呼ばれたコンプレックスから湧き出たものであることはドルガ自身も重々承知しているが、だからこそ成して、蔑んだ者たちを屈服させたいという欲求も大きかった。
『大将、要塞内が燃えてますぜ』
ドルガがいっとき妄想にふけっているとロッグから通信が入った。
見れば確かに要塞の壁の内側から黒煙が立ち昇っているのが見えた。それも二箇所からだ。
『見りゃ分かる』『つーことぁやったか?』『マジかよ、あのゲテモノが?』
けれどもドルガが信じられぬという顔で、その黒煙を睨みつける。
ドルガも混機兵を用いた暗殺の成功率が高いことは理解している。己が実際に混機兵部隊の能力を知らずに狙われたとしたら生きていられる可能性は低いと見ていた。さすがの自信家も機体から降りてなお、自身が無敵であるとは思っていない。
しかし、あの混機兵たちがベラ・ヘイローを殺したとは認めたくないという想いもあった。その心情を悟ったロッグが苦笑しつつも『ベラ・ヘイローを仕留めたかはともかく』と前置いてから口を開く。
『少なくともあの混機兵の野郎が敵陣で炎のブレスを使ったのは間違いねえってことでしょ』
『はん、そりゃそうだな』『これであのメスガキ死んでりゃ最高』『僕ちゃんが殺すんだって言ってんだろうが』
思考が分裂し、それぞれが違う方向で話をしている。それは思考を三つに増やしたことで起こる弊害のひとつであった。戦闘時には意識がひとつに定まるが、特に物事を決めるときには本人同士で喧嘩をしてしまうために判断をする際には向かないのだ。
『相変わらずうるせえ大将だ。ともかくこのままでいいんですね?』
『ああ、いいじゃん』『あっちはどうせガンダル鳥の陣だろ。こっちは双蛇の陣だ』『両翼を食い潰し、飛べなくしてやれってんだ』
それは中央をエルシャ王国軍、左右をヘイロー・ルーイン混成軍が固めてくるいう推測によるもの。どうあれ、彼らにとっての脅威はエルシャ王国軍以外であり、双蛇の陣はそれぞれがヘイローとルーインに食らいつくために用意した布陣であった。
『ま、エルシャはあのマガツナに気ぃ付けときゃいいんじゃね?』『いやあの竜頭もどきもいるじゃんよ』『ああ、乗り手も頭おかしくなってそうなのな』
ドルガたちが口にしたのは、前回の戦いでいきなり登場した、機械竜の頭部そのもののような機体であった。噛み砕き、空を飛び、炎を吐く。ここまで見たことがなかったその機体に暴れられて昨日は想定以上の被害に見舞われた。
『ありゃ、なんだったんすかね?』
『時期的にヘイローが寄越した新型だろうが』『けど中身はパーだろ、ありゃ』『テキトーに止めておきゃいいさ』
ドルガがそう言って笑う。
軽薄な言葉とは裏腹に物事の本質を捉えた言葉。それは三頭による思考の並列化と加速によるものであり、同一種の掛け合わせによって生み出された混機兵『サーヴェラス』の真価だ。
戦場の中で戦闘に酔いながら、強敵に集中しながら、全体を俯瞰し戦いを見極める。それこそが一見してただのチンピラのような彼が八機将の一角である理由だった。
そして、相対するエルシャ混成軍だが……
『我ら、ベラ・ヘイロー総団長の遺志を継ぎ、敵を滅殺せん』
『何者をも生かして返すな』
『我らが光を奪った報いを受けさせよ』
卑劣にも暗殺という行為によって討ち取られたベラ・ヘイローの弔い合戦としての名目を得た『ヘイロー軍』と『ルーイン王国軍』がエルシャ王国軍の前に立って主導権を握り、今まさに要塞アルガンナより出陣し始めていた。
回予告:『第293話 少女、傍観する』
ベラちゃんがいない日々はまるで世界が色を失ったようにも感じます。
でも、私は下を向きません。だってあの子はいつも前を向いていたから。あの子に誇れる私であるためにも前を向き続けます。それがきっと空から見守ってくれているあの子にできる唯一のことだから……
ベラちゃん、私たちは元気ですよ。




