第290話 少女、救う
『アイアンディーナ・ドラグーンコート』と『ザッハナイン』の双方から放たれた炎のブレスが激突し、それらは火の海と化して訓練場を焼いていく。
何事かとそばに来ていた兵たちが巻き込まれて一瞬で命を奪われていく様子にベラは舌打ちするが、勢いを止めることはしない。
『とはいえだ。ちょいと火力強すぎないかい?』
『ヘィロォォオオオ!』
両者の炎のブレスがほぼ同時に切れる。直後にアルキスが叫びながら『ザッハナイン』を『アイアンディーナ・ドラグーンコート』へと飛びかからせ、それを予測していたベラもすでに動き出していた。
『そんで、落ち着きがない。本当に獣だねえ』
『ヂィッ』
アルキスの中に目覚めた獣の本能が『ザッハナイン』を真横に跳び避けさせる。その次の瞬間には真横に振るわれた尾の回転歯剣が『ザッハナイン』の装甲を斬り裂き、内部の『肉』が千切れて鮮血が飛んだ。
『ヒャッヒャ、避けたかい。しかし随分と肉が増えたようじゃないか。こそいだほうがいいんじゃないかい?』
『グァアッ』
アルキスが苦痛の声を上げながら弾き飛ばされる。『アイアンディーナ・ドラグーンコート』が強化ウォーハンマーを振るって『ザッハナイン』の右腕を叩きつけたのだ。
『で、手癖が悪いねアンタ』
転げた『ザッハナイン』が融合した蛇腹大剣を鞭のように振るおうとするが、それは勢いが乗る前に『アイアンディーナ・ドラグーンコート』が腰から抜いたショートソードによって弾かれた。
『自在に動く蛇腹大剣は厄介だが、勢いに乗せて攻撃しようとすればさすがに弾けるさ。そんで』
竜尾が振り下ろされ、尾の先の回転歯剣が『ザッハナイン』の右腕を肩口から切り飛ばした。
『ギュァアアアア』
『騒ぐんじゃあないよ』
ベラが吠える。『アイアンディーナ・ドラグーンコート』がさらに踏み込み、左腕を伸ばすと手のひらから伸びた仕込み杭打機を『ザッハナイン』の胸部へと打ち込んだ。
『ちぃ、避けんのだけは上手いねアンタ』
『ガァアッ グウゥ、バケボノべ』
ベラの言葉の通り、アルキスは機体をわずかに逸らしたことで内部までは鉄芯を通さずに胸部ハッチが破壊されるだけに留まっていた。もっとも胸部ハッチの破壊は、操者の座をさらけ出すことでもある。そして『ザッハナイン』はとっさに後方へと跳び下がり、炎の灯りの中でその姿を露呈させた。
「あれは!?」
「敵の機体は……いや、もはや魔獣か巨獣じゃないのか?」
「しかし、なんなんだ。あの肉の塊は?」
周囲に残っていた兵たちが『ザッハナイン』の中にあるものを見て絶句した。
一言で言い表すのだとすればそこにあったのは『肉塊』。そう『ザッハナイン』の操者の座内にあったのは、みっちりと詰まった肉の塊であった。
さらにはおかしなことにその肉塊からは人のものとは思えぬ左右非対称の、獣や虫が混ざり合った頭部が生えていて、それは目の前の赤い機体を睨んでいた。
「べヴァ・ベイロォオ……」
その声にはもう知性は感じられない。もはや外見だけではなく、己が内すらも変質した哀れなる存在。その姿にベラは目を細めて一歩を踏み出そうとする。
ベラにはアルキスたちの心情は分からぬ。デュナンを奴隷に堕とし、死なせた原因と言われれば確かではあるが、デュナンの心が誰に向いていたかを彼らも知っているはずだった。何かが狂わされているとも感じてはいるのだが、それが何かがベラには分からない。
ただ、そんな疑問はベラがウォーハンマーを振り下ろすのを止める理由にはならないのだ。すでに数度ぶつかり合い、強化の四肢を用いた相手の動きも出力もおおよそ掴めた。
確かに相手の攻撃が直撃すれば『アイアンディーナ・ドラグーンコート』でもただでは済むまい。炎のブレスもガスで強化したことでドラゴンのソレにも匹敵している。性能だけを見れば脅威ではあるのだろう。けれども……とベラは考える。
元々乗り手の力量は低くはなかったが、決して高いとは言えなかった。
所詮は機体のコンセプトからして裏方。戦闘も本職に比べて秀でているわけでもなく、ましてや今のアルキスはリミッターを外して本能のままに動く獣と化してしまった。鉄機兵乗りは鋼鉄の獣を知性を持って操るが本領。ソレを手放した目の前の敵は恐るるに足らず。だが、わずかな一瞬……
『ディーナ?』
ベラは押し出そうとしたアームグリップに微かな負荷がかかっているのを察した。
(ディーナが躊躇した? 何に?)
それは、或いはかつての仲間であったアルキスの命を奪うことに抵抗を感じたのか。
(いや、この娘は『そういう』んじゃない)
己の半身が何を願ったのか。それをベラは理解する。救うべき存在がそこにある。であれば救うべきだと。
『なるほどねぇ。けど、デイドンもそろそろ限界さ。ディーナ、一回で決めるよ。できるかい?』
このドラグーンコートの状態はデイドンの『竜の心臓』を活性化させて一時的な高出力化させることで機能を維持している。もっともそれももう限界だ。相手の出方を見るのに遊びが過ぎた。
けれども、ォォォオオオオオオン……と『アイアンディーナ・ドラグーンコート』が吠えた。
何も問題はないと断じた咆哮にベラがニタリと笑うと『アイアンディーナ・ドラグーンコート』に竜翼の二対四枚の翼を広げさせる。
その翼は鳥と同じように飛ぶためのものではなく、翼という機能を魔術的に増幅させて機体を空へと飛ばすギミックウェポンの一種だ。その翼を広げて『アイアンディーナ・ドラグーンコート』は一気に『ザッハナイン』へと加速する。
「ブェラァ? ガァッ」
その速度にアルキスは反応できていない。次の瞬間に接触した衝撃が機体を襲い、アルキスが叫ぶが何が起きているのかは理解できた。鉄機兵乗りは水晶眼で外を見て戦うが、その視界は良好とは言い難い。経験による推測で埋めねば対処ができない。だからアルキスには分かった。『アイアンディーナ・ドラグーンコート』がこの『ザッハナイン』に突撃してきたのだと。であれば強化の四肢で押しのけようと機体を操作するが、それは無理な話であった。
「お、押ざえづけで?」
『そういうことさ。馬鹿力はあんただけの特権じゃあないんだよ』
最大出力で『アイアンディーナ・ドラグーンコート』が『ザッハナイン』の残りの腕と身体を掴んで、押さえ込んでいる。機体の背部のパイプから銀霧蒸気がここまでで一番強く噴き出していた。
「だぎゃ、ぞんなものいつまでも保づばずが!?」
「ちょいと保ちゃあぁいいのさ」
アルキスの耳に少女の『生の声』が響いた。その事実にアルキスが驚きの顔をしながら自らの目で、操者の座の外を見た。そして、そこには胸部ハッチを開けて出てきた褐色肌の少女、ベラ・ヘイローの姿があったのだ。
「おまべ?」
「デュナンに伝えな。部下は送ってやる。相棒はしばらくこっちで預かるってね」
「でゅなんだいじょ……にヅダエ?」
「あとはそうだね。いずれあちらで会おう……かねぇ。そんじゃ、頼んだよ」
ベラが気軽にそう言うと同時にウォーハンマーが振るわれ、巨大な心臓より生えていたアルキスの頭部がグシャリと潰されたのだった。
次回予告:『第291話 少女、従える』
甘い……と言われても仕方のないことかもしれません。
でもベラちゃんはお友達を見捨てることはできませんでした。
ベラちゃんは本当に心優しい女の子なのですから。




