第287話 少女、夜這いをされる
もう間も無く朝日が昇る頃合い。東が僅かに明るくなってはいるものの未だ暗い要塞アルガンナの壁を四機の混機兵が静かに登っていた。けれども壁の上にいる見張りたちも、周囲を巡回している兵たちも、4メートルの巨人たちのその姿に気付いた様子はない。それは彼らの機体は光を歪ませて姿を隠す能力を持っているからだ。
光学迷彩と呼ばれるその能力は、昼間であれば移動している際には若干の揺らぎがあるのだが、篝火の僅かな光しかないこの状況で気付けた兵はいなかった。
『オーグと俺はベラだ。ふたりはガレージを』
四機は内部へと容易に侵入を果たすと、アルキスが予め決めていた役回りを口にし、二機ずつに分かれてその場を後にする。
「なんだ、今のは……ッギャ!?」
姿を隠そうとも要塞内を移動していれば違和感を感じる者もいたが、後続のオーグの機体が気付いた兵を斬り飛ばした。死体の処理など気にすることもない。今の彼らは敵の腹の中に入り込んだも同然。多少不審がられたとしても、行動を阻害される前にケリを付ければ良いだけなのだ。
(アレか。ならば)
そして、先頭を走るアルキスが目的の建物を発見し、視線を鋭くしてフットペダルを強く踏み込んだ。隠密のために排出を抑えていた背部のパイプから一気に銀霧蒸気が噴き出し、『ザッハナイン』の両腕に魔力が集中する。
元々デュナンの機体である『ザッハナイン』はギミックウェポンの強化の四肢が装着されていて、それは混機兵になった後も引き継がれ、それどころか魔獣の能力を発現させるギミックまでその機構内に生まれていた。
実のところ、現在の『ザッハナイン』にはマッシブカメレオンの『光学迷彩』と『壁伝い』以外にもファイアバードという炎を吐く魔獣とミデラバグと呼ばれる高熱ガスを噴き出す甲虫の魔獣の能力が発現していたのである。
ローウェン帝国製の混機兵は十程度におよぶ複数の魔獣の因子を詰め込んだ獣血剤を打つことで変異させて生まれるものだ。結果として混機兵の乗り手は大きく歪んだ姿へと変わるが、複数の能力を発現させる場合が多い。そして、その中でも『ザッハナイン』の発現した能力の組み合わせは非常に強力なものであった。
『さあ、燃やし尽くせ。デュナンの名と共に!』
アルキスの声と共に正面へと向けられた両腕から高熱のガスが噴射され、直後に頭部のノズルから出た炎が引火し、それは凄まじい勢いで火力を上げてベラの部屋のある建物へと直撃する。その光景はまるで炎の波であり、周囲を巡回していた兵が燃えて転げまわり、また建物からは火達磨の人間が何人も窓から飛び出して身を外に投げ出していた。
『やったな』
オーグの言葉にアルキスが頷く。
逃げ出させる暇もなく『ザッハナイン』の炎は確かにベラのいた部屋を燃やし尽くしていた。内部で魔術師が待機していようが、一瞬で魔法防壁を構築することもできぬだろうし、たとえできていたとしても熱量に耐えきれるものではない。これで後はベラ・ヘイローを殺したのがデュナンの名を継ぐ者たちだと伝えられればいい。デュナンの名はベラ・ヘイローと共に語り継がれる。それを夢想し、ふたりは炎を瞳に映しながら笑みを浮かべた。
もっともそれはわずかな時間の間であり、彼らはこの場より離れた場所が騒がしくなったのを感じた。それはヘイロー軍のガレージのある方からであった。
『……あちらは失敗したのか?』
状況からすれば、それはヘイロー軍のガレージを襲いにいった部隊が戦闘に入ったためであろうとアルキスは考える。であれば、救援に駆けつけるか、それとも……
**********
(ああ、失敗したねぇ)
燃え盛る炎に包まれた建物とその場にいる二機の混機兵。
それらをわずかに離れた建物の上から眺めているベラが心の中で舌打ちしている。
それと同時に感心もしていた。なるほど……と舌を巻いてもいた。
(混機兵で暗殺。そういう手段もあるわけかい。面白い)
昨日にベラは一瞬ではあったが誰かに見られている気配を感じていたのである。それは本当にわずかな、普通であれば気のせいで済ませられるようなもの。窓の外を覗いても誰の姿もなく、気配も消えていた。
それが引っかかったベラは暗殺の可能性を感じて兵を待機させ、自分は離れた場所で監視をしていたわけだが、まさか相手が混機兵に乗ってやってくるとまでは思わなかった。
以前の戦いで彼らが光学迷彩を使うことまでは把握していたのだが、気付かれずに壁をよじ登る能力まで備わっていたことは完全に予想外だったのである。おかげで建物ひとつ犠牲にする羽目となり、内部はエルシャの兵だけだったとはいえ人的被害も馬鹿にはならないはずだ。
もっとも場合によっては致命的な一撃にもなり得た敵の切り札のひとつが分かったことはベラにとっても大きい。この結果に安堵しているといっても良かった。
「で、あっちは問題はなさそうだね」
それからベラが見たのはヘイロー軍の機体の収容されているガレージだ。
すでに戦闘が開始されているようであり、戦いの音がこの夜明け前の闇の中で響き渡っている。
ベラも混機兵の襲撃こそ予想はできなかったものの、内部に敵が侵入している可能性を考慮し、工作に備えて自軍のガレージの警備を強化していた。鉄機兵乗りとて人間。乗っていない時こそが機体にとっても乗り手にとっても最も致命的な隙なのだから。
あまりにも根拠に欠けていたため、エルシャ王国軍やモーディアス騎士団にまでは連絡が浸透していなかったが、相手の狙いはヘイロー軍だったようである。
そしてベラがアルキスとオーグの乗る混機兵へと視線を戻す。よく見れば機体の片方には覚えがあった。それは彼女の愛機と共に戦ってきた仲間の機体だ。
(ザッハナイン……変わっちまったねえ)
ベラにとってデュナンの元配下に対して思うところはあまりない。デュナンの部下だったから引き入れたが、アレらはデュナンに従っていたし、思い入れがあるほどに長く共に戦ったわけではなかった。無論、デュナンのことを考えれば積極的に無下にしようとは思わなかったが。
けれどもデュナンと共に苦楽を共にしてきた『ザッハナイン』は別だ。鉄機兵などは戦場で朽ちることも、主人が変わることも珍しくはない。だからこれはそういうことで、ただの感傷であるとはベラも理解はしている。それでも想うところはあったのだ。
それからベラは少しばかり目を細めて逡巡した後、己が竜心石を手にとって強く念じた。
(じゃあ、ちょっと遊んでみようかねザッハナイン)
そして、ベラの思念が飛び、ヘイロー軍のガレージから『アイアンディーナ』と『デイドン』の二機が飛び出してきたのである。
次回予告:『第288話 少女、囲う』
アルキスくんの熱い想いをぶつけられたものの、華麗にスルーしたベラちゃんはさすがですね。それにベラちゃんには別に気になるお相手がいるみたいです。
複雑な関係の中で揺れる想いの終着点は果たしてどこなのでしょうか?




