第282話 少女、狙われる
「ヘイロー本国からの増援ねえ。合流前に潰す……てのはさすがに無理か。まあ、仕方ないねえか。シャクだけど」
要塞アルガンナに傭兵国家ヘイローのオルガン兵団が入城したことは、当然すぐさまにローウェン帝国軍獣機兵軍団の獣魔ドルガの耳にも入っていた。真夜中に叩き起こされたことで不機嫌ではあったドルガだが、報告の内容自体は今後の戦局を左右するものであったのだから聞かぬという選択肢はない。
「暗がりでしたのでハッキリとはしませんでしたが、増援の部隊は獣機兵のようだとのことです。5メートル級であったことから恐らくはオーガタイプかと思われます」
オーガタイプは大型の獣機兵だ。その巨体と出力の高さが特徴で、それ以外の部分は原型である鉄機兵との差異が少なく、また乗り手である半獣人の精神も安定していることが多かった。それはつまり他の獣機兵に比べて鉄機兵との連携が取りやすいということを示していた。
「傭兵国家ヘイローねえ。ベラ・ヘイローはムハルドの獣機兵を軍に組み込んだってのは聞いていたが、使いこなしてるってぇわけか」
ドルガの横にいる猫顔の半獣人、ドルガの配下の将軍であるロッグがそう口にした。
「獣機兵をドラゴンと掛け合わせたり、巨獣機兵の武器を獣機兵に繋げたりな。あのロイのジジイと非道さじゃ良い勝負してるって聞いてるが案外従ってるもんじゃあないか?」
「ま、その結果があのリンローとかいう竜機兵モドキなら、力が欲しい連中なら従うんじゃないかいドルガの大将」
前々回の戦いでもベラに次いで獣機兵軍団の損害を与えていたのはリンロー率いる第二竜撃隊であった。ドラゴンと共に行動しているという点だけでも厄介極まりないうえに、リンローの混機兵『レオルフ』は6メートルの体躯と巨獣兵装も装備した……ある意味ではベラ以上に彼らにとっては危険な敵だった。
「あん? ビビってんじゃねえかロッグ。所詮は飼い犬ちゃんだろ。躾けられたワンちゃんが野生の狼に勝てるとでも思ってんのかよ?」
そう言って笑みを浮かべるドルガに対して、配下たちもゲラゲラと笑う。もっとも以前にドルガが狼ではなく犬だと指摘した部下がその場で首を刎ねられたこともあり、心の底から笑えている者はいなかった。何しろドルガの機体は魔獣の中でも下に見られがちのコボルトベースだ。三頭コボルトの混機兵であるためにその性能こそは馬鹿にはできぬが、ドルガに対しては犬やコボルトなどと揶揄することは禁句となっていた。
ともあれ笑い飛ばしたドルガに対してロッグが真剣な顔を見せる。
「分かってんだろ大将。来た連中はエルシャの雑魚とは違うぜ」
「マジ面すんじゃねえよロッグ。噛み応えがある連中なのは理解してるってんだよ」
ドルガがそう返すが、ロッグの表情は変わらない。それにドルガが舌打ちしながら口を開く。
「チッ、何が言いたいんだロッグ?」
「噛み応えがあり過ぎるんじゃねえのかってことだよ大将」
「臆病風に吹かれたか?」
苦い顔をしたドルガにロッグが笑う。
「ちょっとな。マザリガが殺されたんだ。大将ならともかく、俺はタイマンでやれる気はしねえな」
「じゃあ、どうする? 勝てませぇえんって泣いて、みんなで尻尾巻いて逃げろってのか?」
「馬鹿言うなよ。けど、メンツに拘って綺麗に戦争してる場合じゃあねえとは思ってるぜ?」
「つまり、どういうことだよ。ハッキリ言えロッグ」
その言葉にロッグが意を決した顔で口を開く。
「あの混ざりモン、使っちまえよ大将?」
その言葉にドルガが立ち上がってロッグを睨みつけ、周囲がざわめいた。
「なあロッグ。親父を殺したアレを僕ちゃんが殺す。ボクちゃんが殺すんだよぉ?」
「だからよ。拘わんの止めようぜ。あんたがアレに挑んで殺せねえとは言わねえよ。けど殺されねえとも言わねえ。んなこたぁアンタだって分かってんだろ?」
ロッグの言葉にドルガが目を細めて唸る。それから少しだけ口元を釣り上げてから笑って、再び自分の席に乱暴に座った。
「痛いところを突くねえ。ロッグ、テメェ相変わらずムカつくわ。けど、そういう状況だってこったな」
「そういうこった。ま、駄目なら諦めて総力戦でいくしかねえが、それに連中も望んでんだろ。別に片道切符でも喜んでやってくれるさ。使えるもんはちゃんと使い潰せよ大将」
その言葉にドルガが肩をすくめながらも頷いた。
「仕方ねえ。お前の言葉に乗せられてやるよ。仕事はさせねえとな。僕ちゃん、いい上司だしねぇ」
そう言ってゲラゲラとドルガが笑い、それからデュナン隊のアルマスが天幕に呼ばれたのは少し後のことだった。またそこで行われた会話ののち、日の昇るわずか前にアルマスによってデュナン隊は集められることとなったのである。
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「八機将ドルガ様よりベラ・ヘイロー『暗殺』の許可が下りた」
集合したデュナン隊の前でアルマスがそう告げ、隊の全員からオォォオオオオオオという声が上がる。彼らはかつてベラの奴隷であったデュナンの元傭兵団の配下たちであり、のちにベラドンナ傭兵団に吸収され、さらにはローウェン帝国に囚われの身となった後にイシュタリアの賢人ロイの実験隊にされた挙句、ついには醜い化け物となってローウェン帝国の戦士にさせられている。
その間に死んでいた仲間も多く、だからこそ生き残った彼らは結束されている。
「デュナンの名を刻むために」
「刻むために」
彼らは口々に言う。すべてはデュナンのために。
理性的であるように見えて彼らは冷静に狂っていた。
たしかにデュナンを奴隷に落としたのはベラだが、命を拾ったのもベラだ。それにデュナンはローウェン帝国に捕まり死んだが、それも彼がベラへの忠義を示し続けたが故のこと。普通に考えれば恨むべきはローウェン帝国だろうが、彼らの思考はそちらに向けられぬように操作されている。
故に彼らは気付かない。思考の歯車が欠けた彼らはその判断を間違いだとは気付けない。
だからこそ、デュナンの名を刻むのだと……そんな強迫観念に突き動かされている彼らは、ベラ・ヘイローにその名を刻み付けることこそが正しいことだと信じて、自らの終焉へと向かって歩き始めた。
次回予告:『第283話 少女、竜の首と共に出る』
あんなに思い焦がれていたドルガお兄ちゃんがアルマス兄ちゃんにベラちゃんへのアタックを譲りました。障害がない今、もうアルマスお兄ちゃんの溢れる想いは止まりません。もしかすると、これが青春ってやつなのかもしれないですね。




