第281話 少女、血を渡す
「久しぶりだな。元気そうで何よりだ総団長副官」
「へっ、来たのはお前かよオルガン。歓迎するぜ兄弟」
深夜の城塞アルガンナの中庭。松明の灯りの中で言葉を交わし、腕を組みあっているふたりの男がいた。
それはヘイロー軍の総団長副官リンローとオルガン兵団の団長オルガン。そしてオルガンの背後には無数の獣機兵と自立移動する魔導輸送車や獣機兵に轢かれている鉄機兵用輸送車、また半獣人の兵たちが並んでいた。
ドラゴンに運ばれてここまでやってきたマギノから遅れて二日目の夜、傭兵国家ヘイローの増援が夜中に要塞アルガンナに到着したのであった。
「お前たち、急ぎの旅で疲れてはいるだろうが、休憩はもう一働きしてからだ。エルシャ王国の者たちが見ている。我らはローウェンの野良犬とは違うことをしかと連中に教えてやれ」
オルガンの言葉に兵たちが声をあげ、それから一斉に動き出していく。その動きはまさしく軍隊のソレであり、エルシャ王国領を荒らしている獣機兵軍団しか獣機兵乗りを知らぬエルシャ王国軍の兵たちを大いに驚かせていた。
「ハァ。すっかりいい子ちゃんに仕込まれたな」
「我々の相手は敵だけではなく、獣を恐れる味方もなのだからな。そうせざるを得ないだろう。それに今回は躾が行き届いている連中を連れてきたつもりだ。総団長のお手を煩わせるわけにもいかないからな」
ローウェン帝国がもたらした獣血剤による鉄機兵の獣機兵化技術。それは自軍だけではなく協力国や傭兵、盗賊などにまでばら撒かれた結果、ローウェンの近隣国では平和を脅かす忌むべき象徴ともなっていた。故に周囲の反応を気にして獣機兵兵団としていた獣機兵たちの団も今ではオルガン兵団と名を改めていた。
それからオルガンが「戦況は?」とリンローに尋ねた。
深夜とはいえ、増援が要塞に入ってきたことでエルシャ王国軍の兵たちも当然起きてオルガン兵団を見ていた。その様子にオルガンが気になったのは縋るように見てくるエルシャ王国軍の兵たちの視線であった。
そして、オルガンの反応の意味を理解したリンローが苦笑する。
「今日の昼前に一当てあったよ。ま、あっちも軽くぶつかってきただけの様子見だったな。つってもウチらは今回出なかったし、エルシャの弱腰な様子を見た連中なら次辺りは本格的に来るんじゃねえかな」
「そうか。間に合わなかったらどうしようかと思ったが杞憂だったな」
少しだけ安堵した様子のオルガンの言葉にリンローが笑う。
それからオルガンが再度エルシャ王国軍の兵たちへと視線を向けながら口を開く。
「それにしても俺らに対してはもっと拒絶感があると思ったんだが……何かあったのか?」
「三日前ならまだ分かんなかったんだが、もうそんな反応ができる余裕もねえってことさ。あっちのアルマス将軍が死んだのは聞いたな?」
「ああ。勇猛な将だったとはうかがっているが」
その言葉にリンローが苦い顔で頷いた。
「ウチで言や、総団長が死んだみてえなもんさ。四王剣はひとりは王のもとにいて、もうひとりはちょいとあってな。残っているマガツナ将軍はそれなりの武人で信頼はおけるんだが、ともかくあっちにゃ人材が足りねえ。だからああして他国の増援だけが救いみたいなツラになっちまう。笑えねえな」
「戦況は想像以上に悪いと?」
その問いにリンローは微妙な顔をした。
全く勝負にならないのであれば、そもそもベラが介入する以前に決着はついていた。鉄機兵乗りとは基本的には指揮よりも武勇を誇り自ら戦う者たちだ。ベラほど前線に出る指揮官は珍しくはあるが、特に戦闘能力の高い獣機兵たちとの長期の戦争においては有能な戦士の数は極端に減る傾向にあるようだった。
「戦力差は思ったほどは悪くねえから、やる気次第ってところもあるんだが。一応、目処もある……がなぁ」
「目処か。俺たちが運んできたものをエルシャの人間に使わせる……と聞いたが?」
「そう。マギノの爺さんの入れ知恵でな。爺さんが来てすぐに候補のエルシャの嬢ちゃんには竜血剤を投与してある」
その言葉にオルガンがなんとも言えない顔をする。獣血剤ではなく竜血剤であるにせよ、自分たちと同じように変異させること自体がオルガンにとっては忌避すべきことだった。そのことを理解しているリンローが肩をすくめて口を開いた。
「そういう顔するなオルガン。獣血剤も竜血剤も因子を埋め込んで肉体の変化を促す術式が込められた魔薬の一種だが、嬢ちゃんのは俺の時の二十分の一程度だ。マギノのジイさん曰く、定着するギリギリだったらしいが今日安定した」
「マギノ博士が来てから……だよな。たった二日で定着したのか?」
オルガンが驚いた顔をして尋ねた。本来であればその程度で目覚めることがないのは、変異した身であるオルガンがよく知っている。
「そういうことだ。根本的に俺らのケースとは違うんだよ……で、これが例のヤツか?」
そう言ってリンローがオルガンの後ろにある魔導輸送車の窓から中を覗き、その言葉にオルガンが頷いた。
「そうだ。総団長の予備機として用意されたものだ」
オルガンの返事を聞きながらも、リンローが呆れたような顔をして魔導輸送車の中を見ている。そこにあったのは彼の想像を超えた異形の機体だった。
「こんなものにうちの総団長を乗せる気だったのか? いやぁ、らしいっちゃーらしいかもしれねえが」
「その後のことはともあれ、動きが鈍くともすぐに使える機体を……ということを想定し組み上げたらしいな。動きはそれほど良くはないだろうが、即戦力にはなるだろうし、見栄えも……分かりやすい」
オルガンが少しばかり自信なさげにそう返し、そんな友の様子にリンローも苦笑する。
リンローが見たもの……それは『機械の竜の頭部』だった。そして、その頭部には手と足が生えていた。背部にはランドセルが背負われており、やや前傾姿勢で魔導輸送車に鎮座していたんである。
それこそがベラ・ヘイローの予備機として作られた異形の機体『ヘッズ』。それこそが竜の因子をその身に宿したマリア・カロンゾに与えられる竜機兵であった。
次回予告:『第282話 少女、竜の首と共に出る』
お話が始まる前にサブタイトルを回収しているとは、さすがベラちゃんですね。
そしてベラちゃんのものになるはずだった新しいちょっとお顔が大きいお人形も無事届いたようです。果たしてマリアちゃんはこのお人形さんを気に入ってくれるでしょうか?




