第280話 少女、ウンチクを聞く
「奴隷印……って言うと、あの奴隷印かい?」
ベラが懐疑的な顔をして得意顔なマギノに尋ねる。
現時点でのベラの奴隷はボルドとジャダンのみだが、別にベラが竜人となったからといって何か特別な繋がりができたという感じはなかった。
「リンローと同じような繋がりを、うちの奴隷どもと感じたこたぁないんだけどね」
「ま、そりゃあそうだよ。薄めでも竜血剤を打つ必要があるのはそのためさ。双方に繋がる因子があって初めて可能となるわけだしね」
「それで、奴隷印と眷属化にどういう関連があるんでしょうか?」
訝しげな顔をしてたダイズがマギノに尋ねる。
「王子様。そもそも奴隷印ってのはですねぇ。ありゃあ、元々魔獣の眷属化を模して作られたものなんですよ」
「魔獣の?」
「んなこたぁ、あたしも初めて聞いたよ。パラ、あんたはどうだい?」
「そうですね。以前に酒場で北地方の蟻の魔獣を参考にした……などという与太話を聞いたことはありますが」
「そりゃあ、ずいぶんと真に迫った話だねえ。ほとんど正解だよ」
マギノが目をギョロギョロとさせながら笑う。
とはいえ、返ってきた言葉は聞き捨てならないものがあった。
「奴隷印が魔獣を参考にした?」
「そうだね。参考って言うのかパクったっていうのか。ほら、魔獣ってのはリーダー格を中心とした群れで動くだろう」
「ああ、変異種がリーダーに治まることが多いんだったね」
「そうだね。野生の動物以上の統率力は眷属化による指揮系統の確定によるものだって言われてる。ついでに言えば、時折同種ではない魔獣同士が群れになってることもあるだろう」
マギノの言葉にベラが頷く。そう多い現象ではないのだが、複数種の魔獣が集まった群れも存在している。
「咆哮による精神干渉を軸に眷属化をするのではないか……というのが定説でね。実は魔獣使い も似たようなことをしているし、鉄機兵の操縦とも若干関連している。だから僕もそれなりに奴隷印には詳しいんだよ」
「マギノ。それで、結局どういうことなんだい?」
「つまりだねベラちゃん。そうした現象を解析し魔術式で組んだのが奴隷印だ。使ったのはスレイブアント属という魔獣でさ。蟻の魔獣を使ったのは、彼らの生態が眷属としては分かりやすいからなんだよ。彼らは意図的に変異種を生み出して階級制度を設ける。特に制約が強力で……ああ、ゴメン。話が脱線したね。そんな目をしないでよベラちゃん。簡単に言えば、奴隷印を用いることで眷属としての関係性を作ることはできるってことなんだよ。その上に君の血を媒介にした竜血剤を打つことで、竜属としての眷属化も恐らく行われるだろう」
「で?」
「すでに君の血を受けた改造竜機兵は、眷属化した彼女と同胞だ。従えるというよりは協力関係に近いだろうが、操縦も可能となる……はずさ?」
「はずさ? って頼りないねえ」
眉をひそめたベラの言葉にマギノが肩をすくめた。
「ま、何分やったことがないからねえ。机上の空論でしかないわけだけども、ただ無駄に死なれるよりはずいぶんとましな手法なんじゃないかな?」
「アンタ。思い付いた案を単に実行したいだけなんじゃないかい?」
「まあねえ。けどベラちゃん。それが成功すればリンローくんほどのものじゃないし限定的なものではあるけれども竜機兵の量産体制も整うんだよ?」
その言葉にはベラだけではなく、この場の全員の目が見開かれる。それからベラがマギノを睨みながら口を開いた。
「というかマギノ。竜機兵の量産ってあたしゃ聞いてないんだけど」
そもそもが竜機兵というものは強心器という魔道具を用いることで竜心石に刺激を与え、鉄機兵を変異させて生まれるものだ。それは竜の因子を増幅させることで為すため、竜血剤でも同様のことが行えるのはベラも把握しているが、どちらにせよ成功率は低く量産は難しい。それはローウェン帝国でも同様で、竜機兵よりもドラゴンに近い機械竜などとなったものも存在していた。
「機械竜や、ルーイン経由で持ち込まれたローウェンの竜機兵を分解して組み立て直してね。なかなかのゲテモノができたんだよ」
「そのゲテモノにあたしを乗せる気だったんかい?」
ベラの言葉に「ベラちゃんは気にいると思うけどなあ」とマギノが返す。どうやら造り出した機体に自信があるらしい。
「ベラちゃんがデイドンハートを従わせたのをヒントにしてね。色々と遊んだんだけど……あ、細かいことは今置いておくよ。 で、どうするの?」
「そっちのお嬢ちゃんは乗り気みたいだが、外聞が悪いんだよ。なんであたしが助けに来た国の将軍捕まえて奴隷にしなきゃいけないんだい? どんだけ蛮族なんだいあたしゃあ」
「いや、今更……あ、うん。なんでもないよぉ」
睨まれたマギノが一歩退いた。
そのマギノにため息を吐いてからベラがマリアを見る。
「てぇことだけどお嬢ちゃん。将軍様が奴隷に堕ちるなんてどうなんだろうね。家名も地に堕ちるし、お父上もお許しにはならないんじゃないかい?」
「国の存亡がかかっているのであれば、我が身を憂いる意味などありません」
「余裕がないねえ」
そう返すベラに、ダイズが口を挟む。
「ベラ総団長。現状においてマリア将軍が戦力となるのであれば戦況はより有利になります」
「確かにね。アルマス将軍が抜けたのは相当に痛いって
のは理解しているさ。ふむ」
ベラが唸りながら、頭の中で状況の計算をする。ただでさえエルシャ王国軍は弱っている。獣機兵軍団との戦いで軍の腕利きをことごとくなくし、精神的支柱であるアルマス将軍を殺されたことで戦意がくじけ、期待は完全に外部の協力者であるベラたちに向けられているだろう。それではローウェン帝国獣機兵軍団の勢いには勝てない。前回のように崩されていく未来しかベラには見えなかった。
(ここでエルシャが負けたらウチはボウズじゃあ済まないしねえ……かと言って状況に流されていくのも癪だし)
戦場でのマリア将軍による活躍。それは確かに士気を上げることはできるだろう。対して自分たちの益、今後のエルシャ王国との関係、それらをどうするか……頭をかきながら少し考えた後にベラはこう口にした。
「……ま、条件次第かねえ」
次回予告:『第281話 少女、血を渡す』
マギノのお爺ちゃんは思いついたことをついつい口にしてしまう困ったお爺ちゃんですね。人に話す前に相談ぐらいはして欲しいなーと珍しく愚痴りたくなっているベラちゃんでした。




