第27話 幼女、戦場に出る
『キェエエエエエエエエエエ』
『ヒッ!?』
敵の鉄機兵が迫りくる。それをルーイン王国の貴族であるジョン・モーディアスの鉄機兵『デトネイター』は腰を引けながらも応戦していた。
この『デトネイター』という鉄機兵は騎士団仕様の成熟期に入った鉄機兵で、回転歯剣というギミックウェポンを装備している高機能な機体だ。しかし、乗り手が未熟ではその能力が如何なく発揮できるわけもなく、ある程度の熟練した傭兵型鉄機兵に遅れをとってしまうようだった。
そして、回転剣は弾かれ、相手のライトシールドをたたきつけられて『デトネイター』はあっけなく尻餅をついた。
『ぐあっ!?』
目から火花が出たような衝撃を受ける。そして次に水晶眼を通して見えたのは、敵の鉄機兵が剣を振るおうとしている光景だった。もはや、ジョン・モーディアスの命は風前の灯火だった。
(何故、こんなことに)
そうジョンは思う。
ここはドロワ平野のルーイン王国の前線基地だった。テント造りの簡易な自陣ではあったが、守りは確かなはずだった。
しかし、ジョンは攻撃を受けていた。その理由はパロマ王国からの奇襲だ。どうやらドロワ平野を大きく迂回して、モルソンの街側から増援に見せかけて敵は強襲してきたらしい。
それは、ジリアード山脈の麓の砦で、兵たちが集結しつつあるのを斥候が目撃していて緊張が高まっていたときのことだった。自軍が正面に兵を固め始め、安全な場所へとジョンは後退していた。そこを突かれた。そして自分の配下はみな、殺された。
さらには砦の正面に集結しつつあった兵たちも今はこの前線基地に向かって進軍してきているようだった。このまま合流されれば、挟撃を食らうことになるだろう。
だが基地内は未だ混乱収まらず、状況は乱れに乱れている。このままいけば、ルーインは大きく痛手を受けることとなり、下手をせずとも壊走せざるをえない事態になるかもしれない。
何よりもジョン・モーディアスは、その事態を見届けることなく己の命を散らすこととなる運命にあった。この時点では。
『嫌だっ!』
ジョンはそう叫んだ。若干15歳。モーディアス家の長男として生まれ、いわゆる箔付けのために参加したのがこの戦だ。己が戦線に出ることもなく、後方で待機するだけのお勤めの筈が、ジョンは今まさに刃を向けられて、その命を終えようとしていた。
『騎士様、ゲットォォオッ!』
敵の傭兵型鉄機兵はそう叫んだ。そして、その剣をジョンの鉄機兵に突き立てようとして、
『ヒャッハァアッ!!』
『ギャプッ!?』
突然現れた赤い鉄機兵によって、その胸部をウォーハンマーのピックで貫かれた。
『なっ』
ジョンは驚いて、それを見る。
その赤い鉄機兵は唐突に現れると、そのまま胸部を貫いた鉄機兵を一気に地面に押し倒して、その勢いでウォーハンマーのピックを抜いた。その先からは赤い液体がこぼれ落ちている。
『やったのか……』
まさしく一撃必殺。ジョンを殺そうとした鉄機兵乗りは逆に殺されたようだった。そして周囲の鉄機兵が唐突に現れた赤い鉄機兵を警戒している中で、その鉄機兵から声が響いた。
『マイアー、そっちの騎士様を護っておきな。バル、好きに暴れていい。ここは騎士様の陣地だからね。汚らしい鉄機兵は全部敵だ。徹底的にぶち壊せ』
『あいよ。了解』
『承知した』
まるで子供のような声が赤い鉄機兵から響き、後から来た黒い騎士型鉄機兵と薄緑の傭兵型鉄機兵から返事が響いた。
『大丈夫ですか、貴族様』
『あ、ああ、そなたたちは何だ?』
そして薄緑色の鉄機兵に声をかけられてジョンは返事をする。
『ベラドンナ傭兵団です。デイドン様の命によりこの戦場に参上いたしました。ただいまより当戦線へ参加いたします』
マイアーが、なるべく丁寧な口調で、そうジョンに語りかける。対するジョンは『そ、そうか。助かる』と弱々しく返事を返す。それを見て、マイアーは声には出さずに、同情の視線を『デトネイター』に向けた。
(あーあー。こりゃ、随分とババ引いた坊ちゃんだねえ。大事にされて後ろにいた分、余計にやられたんだね)
そうマイアーは考える。お付きの者はみな死んでいるようだった。ジョンが生き残っていたことが不思議なくらいだろう。一方で他の状況は一進一退。しかし、砦からの戦力が合流すれば一気に危うくなるのは明白であった。
(タイミングが良かったのか。悪かったのか。まあ、出番に間に合ったのは間違いないか)
そうマイアーは思いながら自らの鉄機兵『ローゼン』でジョンの『デトネイター』を立たせながらも後方へと引き始める。
後方からはベラドンナ傭兵団の残りの戦力がやってきている筈である。そこに合流すれば、保護した貴族の安全は確保できる。
そして、退路には出会い頭にベラとバルが破壊した鉄機兵たちも転がっていた。
(まったく冗談じゃないよ。あんなの)
味方ながらにベラとバルの戦いを思い出してマイアーは身震いする。マイアーの知っている鉄機兵戦とは一対一で斬りつけあって、互いの技量を削りあってどうにか勝利するようなものだった。
あんな針の糸を通すような攻撃ですれ違いざまに破壊していくようなものではない筈だ。そんなことが出来るのは、それこそ大戦期を生き残った化け者共ぐらいな話なのだ。そして昨日の模擬戦を思い出してマイアーはゾワッとする。
(殺しを前提とした戦いだったならば、あんの小娘一機であたしらとジャカン傭兵団も皆殺しに出来たんだろうね。ああ、怖い怖い)
己の分を知り、強者には逆らわない。傭兵として生きていた己の勘がベラを逆らっては行けない人物と改めて定義づけていた。そして、マイアーは周囲を警戒しながらも、下がっていく。
ベラとバルが派手に動いているが、油断は出来ない。どうやら敵は鉄機兵だけで強襲をかけたようだが、こうした混戦では歩兵ですら驚異となる場合がある。
『一体、どうしてこんなことに……』
そしてマイアーの抱えている鉄機兵からはそんな声が聞こえてきた。その言葉にマイアーはひとり(まったくだね)と小さく呟いた。
そんな彼女たちが、こうした事態に遭遇したのは、わずか十分前のことだった。
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ベラドンナ傭兵団に与する戦闘員の数はベラドンナ傭兵団4名に、雇われているローゼン傭兵団51名、ジャカン傭兵団32名の計100名近い集団であった。さらには鉄機兵5機、精霊機4機も所有している。
その規模はといえば、このドロワ平野の戦場においてはドーン傭兵団に続く、7番目に大きい傭兵団ということになる。
一般的に見れば中規模の傭兵団といったところだろうか。
この戦場にはいないが、ところによっては千人規模の大規模傭兵団も存在している。もっともその段階まで行くと領地を得て貴族となる場合も多いのだが。
対して貴族や騎士団は大戦以降に日々大きくなりつつある傭兵団の存在を驚異に感じながら、それを如何に抑えるか取り込むかの問題に直面しつつあったのである。
ともあれ、現状のベラドンナ傭兵団の立ち位置というのは、そうして国としては取り込むほどではないが、戦力としては無視できないものというところだろう。
そのベラドンナ傭兵団がドロワ平野を進んでいた。三日後に予定されているジリアード山脈の麓の砦の攻略戦への参加のための補充戦闘員としてベラたちは前線基地へと向かっていたのだ。
「ほーれ、さっさと動くんだよボルド」
『畜生、こっちは昨日の鞭で未だに響くんだぞ』
「ヒヒ、そいつは自業自得でしょう」
「私たちも巻き込まれかけたのだからな。ハラを立てているのは主様だけではないぞ」
『クソッタレめ』
仲間の奴隷二人からの言葉にボルドは心から罵声を返す。奴隷として生きている以上は理不尽は常に己のそばにあるものだ。
ボルドは昨日のことで折れてしまうような柔い精神の持ち主ではない。そうした状況を生き抜いて今もここにいるのだから、あの程度で挫けることはなかった。
「そんで、ルーインの陣地ってのはもうすぐ見えるところなんだろう、マイアー?」
小さな丘がいくつもあるが、地図の上からはもうじき、ルーインの前線基地が見えてくる頃の筈だった。
『ああ、そうだけど』
ベラの乗っている荷車の横にはマイアーとガウロの機体が並んでいる。そして増幅音声器から響く声にベラが「ふーん」と返す。
『なんだい。その反応は?』
ベラの妙な返答にマイアーが首を傾げながら尋ねた。だがそれには答えずベラは立ち上がると右腕をあげて指示を出した。
「よーし、全隊止まれっ」
その言葉に、マイアーやゴリアスは自分の部下に指示を出してその場で停止した。無論、停止させた後にマイアーはベラに再度視線を向けた。指示は受けたが、その説明はされていない。
『それで、なんなんだよ、一体?』
「黙ってろマイアー」
そのマイアーの質問を遮ったのは、ベラではなく、その後ろの自分の鉄機兵用の荷車に乗っていたゴリアスだった。
「なるほどな。まあ、荷車やら鉄機兵の作動音やらが響いていたら分かんねえか」
ゴリアスが眉をひそめながら、正面の丘を越えた先を見る。そこから、わずかに土煙が上がっているようにも見えた。
『こりゃあ、戦の音ですね』
マイアーの横の鉄機兵の増幅音声器から、ガウロの声が響く。そして、そう言われてマイアーも気付いた。風に乗って、わずかにだが金属音のぶつかり合う音と声が聞こえてきていたのだ。確かにゴリアスの言うとおり、隊を動かしていては聞こえぬほどの小さな音だった。
『あの位置からだと、まさか前線基地が襲撃されてるってのかい?』
マイアーの言葉に返事をする者はいない。現時点においては、そうであろうという推測しか立たない。しかし、ベラはすぐさま、自分の鉄機兵に乗り込んでいく。そして、バルとジャダンにも指示を出した。
「よし。バル、鉄機兵を出すよ。ジャダンも休みは終わりだ。火精機を出しな」
「承知した」
「ヒヒ、了解しやした」
その返事を聞きながらベラは鉄機兵を起動させていく。魔力循環率のメーターを確認しながら、ベルトを締め、グリップを握って、左足のフットペダルを踏んで、荷車から鉄機兵を立たせる。そして、背中から出ているパイプから銀霧蒸気が噴き上がった。
(ふん。自然魔力はそこそこかい。ま、戦場だし、魔力の川の直下ってところだね)
自分の鉄機兵の調子を確かめながらベラは周囲に指示を出していく。
『よーし、そんじゃ、バルとマイアーはあたしについてきな。他は隊列を守りながら進軍。指揮はゴリアスに任せる』
『ちっ、俺を連れてってくれねえのかい?』
不満げなゴリアスにベラが笑う。
『どうせ、これからたらふく食らう機会もあるさ。今は速度を優先させたいし、敵がこちら側に逃げる可能性もある。油断するんじゃないよ』
『あいよ、大将』
そのゴリアスのふてくされた反応にベラが『ヒャッヒャ』と笑う。
そしてベラが走り出し、それにバルとマイアーが続いていく。移動速度でいうとマイアーの鉄機兵『ローゼン』は一歩抜きんでたモノがあるのだ。速度を考えるならば『ローゼン』の選択は正解だった。
『それで主様。どうします?』
『そうだね。マイアー。アンタは前線で戦ってたんだろう?』
仲間と認識された鉄機兵同士は音声増幅器を通じて、戦場内の距離であれば声が繋がる能力がある。それを通じてバルがベラに問いかけ、そして少し考えたベラがマイアーに声をかける。
『そうだけど、それがどうかしたかい?』
『貴族様の陣地の場所は分かってるかい?』
ベラの言葉にマイアーが首を傾げる。
『ああ、それで知ってどうするのさ?』
『運が良けりゃ、恩を売れる。ま、戦功を上げるんなら、評価できる人間の近くがいいだろうってことさね』
その言葉にマイアーも『なるほど』と頷いて、そしてマイアーを先頭に、前線基地へと向かっていく。そこでジョン・モーディアスはベラを目撃したのだ。
そして少年は、戦場をかける赤い鉄機兵、赤き悪魔と恐れられた恐怖の代名詞の初陣をその目に焼き付けることとなるのだった。
次回更新は3月31日(月)0:00。
次回予告:『第28話 幼女、ヒャッハーする』
すごくヒャッハーする。




