第278話 少女、婆になる
「まるで状況がベラ様のもとに収束されているような……今私はそんな気すらしています。少し怖いですね」
エルシャ王国側との対談も終え、与えられた部屋に戻ったベラの横でパラがボソッとそう呟いた。ベラ・ヘイローをクィーン・ベラドンナの生まれ変わりとし、クィーンの再来として祭り上げる。先ほどのダイズ王子との会話の内容を噛み砕いて簡単に説明すればそうなる。そして、それはベラとパラが以前より推し進めていた計画に近い内容だった。
「ヒャッヒャ、ビビってんじゃないよ。今と昔じゃ事情が違う。当時のあたしらのお粗末な未来予想図と比べたところでね。占い師の予言をいいように解釈してんのと変わらないだろうさ」
そう言ってからベラはソファーに腰を掛けて大きく息を吐いた。
戦闘の疲れがようやく興奮状態を上回り、身体が重さを感じ始めていたのである。それからベラはパラへと視線を向けてから口を開く。
「けれどねパラ。それでもこれはあんたの蒔いた種のどれかが芽吹いた結果ではあるんだろうよ」
「であればよろしいのですが」
かつてベラがデイドンとの一騎打ちを制したのち、竜の血を浴びたことで体の変異が起き、身動きが取れなくなった状態が二年半近く続いていた。その間はジャダンがベラの看病を行い、ローウェン帝国から解放されたパラも途中で合流し、けれどもパラはその後すぐにベラの指示でモーリアン王国へと足を運んでいた。
それはベラがいずれ復帰した際に活動する場をモーリアンに定めていたためであり、故にベラは実地の調査をパラにさせていたのだが、同時にパラには『ベラ・ヘイローがクィーン・ベラドンナの生まれ変わり』であるという噂を仕掛けさせてもいた。
活動中であればただの売名行為ともとられただろうが、当時ベラドンナ傭兵団は崩壊し、団長であるベラも死んでいると思われていた。だからこそかつてのドーバー同盟国のひとつであるルーイン王国を救うべくクィーンの生まれ変わりが戦ったというその噂は遠き国の美談のひとつとして、吟遊詩人の間でも大きく広まっていた。
そして今、命を賭して救った王女は今やルーイン王国の女王であり、死んだと思われたベラは再び戦場に舞い戻り、『傭兵国家』を興してローウェン帝国へと刃を突きつけている。
それが現在内乱とローウェン帝国の侵略に苦しむモーリアン王国にとって、どれほどセンセーショナルな話題であるかは想像に難くない。さらには今や滅亡の危機に瀕しているとはいえ、モーリアン王国の協力国であった騎士の国エルシャがクィーンの生まれ変わりを事実として認めるのだ。
クィーン・ベラドンナの再来。
それはエルシャを越えてローウェン帝国と戦うすべての国に強力な嵐を呼び起こすだろうし、モーリアンの王族たちにとってもそれは間違いなかった。それは場合によってはモーリアン王国にとって危険な話にもなろうが『ジェネラル・ベラドンナ』などという『まがい物』の脅威に晒されている今ならば、彼らも認めざるを得ないだろうとベラは予測していた。
対してベラにとって、かの老婆……クィーン・ベラドンナを敬うような気持ちは持ち合わせてはいない。
かつて周辺国を纏め上げて鷲獅子大戦を引き起こし、巨大なローウェン帝国の脅威を退けた大戦の英雄。過去の例に漏れず、死後に祭り上げられて大英雄として反ローウェンの象徴となった老婆のことを、ベラは大局の最後でドジを踏んだマヌケなババアとしか見ていない。
だが利用できるのであれば利用するのもまたベラなのだ。そこに忌避感はまったくない。むしろ失敗した存在を奪って塗り潰し、下らぬ負け犬の恥を『己で上書き』したいという欲求が彼女にはあった。
「いずれはモーリアンも手に入れる……なんてところまでいければいいんだけどねぇ」
具体的にそこまでの見通しがあるわけではないが、ベラはいけるところまではいくつもりだ。それが新興国を興して権力こそ握ったものの己がトップにならなかった理由でもある。彼女は国の平定などに足を止める気などなかった。戦うことでしか勝利を得る方法を知らぬ少女は、ただそれ故に戦い続ける道を選択していた。
「ベラ様……それは」
「ま、ただの戯言さねパラ。それにあたしは別に、ん?」
ベラがわずかに眉をひそめて窓際に視線を送る。一瞬空に影が横切ったような気がして……
『総団長。来客です』
直後にドアの外から竜撃隊の護衛の声が響いた。
「ダイズ王子と四王剣のマリア将軍がいらしています」
そして、つい先ほど顔を合わせたばかりの予期せぬ来客にベラは目を細めた。
**********
「申し訳ございません。戦場のご活躍でお疲れのうえに、先ほど顔を合わせたばかりだというのに」
「まあ、確かに……悪いが少々眠くてね。早めに話を済ませてくれると助かるよ」
部屋へと通されたダイズにベラが明け透けな言葉を返す。
現状の力関係を鑑みても他国の王族への態度としては褒められたものではないベラの言葉であったが、ベラの体力がそろそろ尽きようとしているのも事実であった。戦闘部族であるラーサの血を引き、竜の血を受けたベラだが、まだ十歳の幼子でもある。
力があろうと苛烈すぎる戦闘は成長過程の未成熟な肉体には強く負担をかけているし、以前にも過酷な戦闘の後で数日の睡眠を必要としていた。
だが、それを押しても話を伝えたいという気配をダイズ……というよりは、連れ添われているマリアからベラは感じていた。そして、ベラが何かを口にする前にマリアが頭を下げ「お願いいたします」と口を開いた。
その言葉にベラが目を細める。言葉の意味するところは竜血剤だろう。投与による死の危険性と、たとえ成ったとしても血を与えた竜に隷属化するリスク。竜血剤を欲したマリアにそれらを説明したうえで、ベラは話がなかったことになったと考えていた。
けれどもマリアの表情からは引くという気配を感じられず、つまりは……
「覚悟を決めたということかい四王剣のお嬢ちゃん?」
試すような視線を向けるベラに、マリアは顔を強張らせながらも頷いた。
「はい。もはや戦えぬ私の価値は四王剣であることぐらいしかありません。使えぬ剣であれば贈呈するぐらいにしか使い道はないかと」
「あたしゃ別に欲しくはないんだがね。それにだ。機体が破壊されたとはいえ、乗り手のいない鉄機兵を充てがえば見栄えぐらいはなんとかなるんじゃないのかい?」
いきなり乗った鉄機兵を乗りこなすことは難しく、普通に動かすだけでも時間はかかるものだ。以前の鉄機兵と同様に動かせるようになるにはさらに長き時を必要とするだろう。けれども御輿として担ぐだけであれば十分。戦わず指揮をしていれば良い。だが、マリアは首を横に振った。
「四王剣はエルシャの象徴。アルマス将軍が敗れた今、もはや戦えぬ者が将であることは許されないでしょう」
その言葉にベラがダイズを見るが、ダイズも苦笑こそするもののマリアの言葉を否定しなかった。
ベラがそうであるように鉄機兵は操縦技術によって大きく戦力が変わる。結果として上に立つ者は力を誇示しなければならず、それ故に鉄機兵乗りは常に強くあらねばならなかったし、騎士の家系は勝つための技術を代々受け継ぎ続けていた。
けれども長期に渡る戦乱の中で強者が矢面に立つことを強いられ、歴戦の勇士の命は奪われ続けてきた。結果、今のエルシャには指揮が執れるだけの者たちが不足し実績も実力もないマリアが御輿として四王剣になっていたりもしたのだが、実力を肩代わりしていた部下もいなくなり、軍の支柱とも呼べる者が討たれたことでマリアの立場はさらに傾いた。ただ、負けるしかない四王剣に意味はないのだ。
「アルマス将軍がいない今、四王剣の権威はマガツナ将軍にかかっていますが……軍とはひとりで動かすものではないですからね」
「ま、そうだけどね」
そうダイズが言うこと自体がエルシャの本格的な人員不足を物語っている。なお、ベラの見立てでもマリアは歳の割には腕が立つし、いずれはひとかどの人物となる可能性はあるだろう……と予想していた。とはいえ、それは今ではない。そして獣機兵になろうとする鉄機兵乗りが後を立たないのも当然か、と……ベラが皮肉げに笑ったところで外が騒がしくなったことに気付いた。
「ベラ総団長、なんでしょうか?」
「さて……」
ベラが眉をひそめながらも状況の目処はついていた。おそらくは先ほどの……と思いながら視線を入口へと向けると、唐突にドアが開き、そして困惑した顔のガイガンと共に……
「やぁ、ベラちゃん。元気だったかぁい?」
「は、マギノかい?」
ヘイローで鉄機兵の研究に明け暮れているはずの魚人のマギノが部屋に入ってきたのである。
次回予告:『第279話 少女、血を渡す』
おや、マギノおじいちゃんがなぜかいますね。
これにはベラちゃんもびっくりです。
一体なぜこのおじいちゃんはここにいるのでしょうか?




