第275話 少女、死合う
『滾るねぇ。けど、ちょいと引っ張られ過ぎるのはシャクだね』
ベラがそう言って眉をひそめながらアームグリップを握って振るう。強化された機体は確かに強力ではあったが、デイドンの『竜の心臓』から漏れる衝動はベラにとっては心地良いものではなかったのだ。
そして、そのベラの視界には水晶眼を通して『アイアンディーナ』の強化ウォーハンマーと獣機兵『キバク』のバルディッシュがギリギリと押し合い続けている光景が映っていた。
『出力は互角かい。こっちゃぁ、相当にパワーアップしてるってのに狡いよアンタ』
『よく言う。竜を纏って強化するなどデタラメなことをしておいて!?』
現在の『アイアンディーナ』は機械竜デイドンとの合体によって素の状態から竜を纏う姿へと変わっている。出力も防御力も、巨体でありながら速度も機敏さも『アイアンディーナ・ドラグーンコート』はフルフロンタルを上回っていたが、対してマザリガ・ディアマンテの5メートルはある大型獣機兵『キバク』もその出力は引けを取っていない。
また全長は『アイアンディーナ・ドラグーンコート』の方が高かったが、それは首が長いためであって体躯の差もほとんどなかった。
『ま、楽しめそうじゃあないか』
『ぬっ!?』
直後に『アイアンディーナ・ドラグーンコート』の力が緩められ『キバク』が勢いで踏み込んでしまったのに合わせ、ベラはフットペダルを強く踏んでその腹部に蹴りを見舞う。だが驚きの顔をしたのはマザリガではなくベラの方だ。
『硬い?』
『軽いなベラ・ヘイロー』
マザリガがそう言うと『キバク』の頭部の左右にある二本の牙が『アイアンディーナ』に向かって高速で伸びていく。それをベラは舌打ちしながらとっさに盾で受け止めたが、無理な体勢のためにそのまま弾き飛ばされて転げていく。
『やるねえ』
『クッ、立て直しが早いか』
もっともマザリガも追い討ちはかけられない。何故ならば『アイアンディーナ・ドラグーンコート』が体勢を崩したのは一瞬で、わずかな間の後に背中の翼が稼働してバネのように機体を跳ね上げ、立ち上がらせていた。同時に竜尾によって着地のサポートも行われており、そこに追撃を許す隙は無かった。
『翼と尾を器用に使う。この目で見ても信じられん』
マザリガが苦々しいという顔でそう呟いた。
本来、鉄機兵や獣機兵などは、乗り手が持つ竜心石から操者の座に存在している感応石へと流れる形で機体に意思を伝達し操作している。
アームグリップやフットペダルは補助器具であり、なくとも操作は可能だが、それは自身の肉体の延長線上であれば……という注釈が付く。
自身に備わっていない部位の操作はほとんどできないし、ギミックウェポンなどはスイッチなどを増設することで使用が可能となっていた。また獣機兵などにしても尾などの人間にはない部位の操作は乗り手の肉体が半獣人に変異し『取っ掛かり』が発生しているから可能だったのである。
『ベラ・ヘイロー。まさか尻尾や翼が生えているのか?』
『んなわきゃないだろうが。まぁ、あるなしを見たけりゃあたしに飼われな。そのうちにベッドに呼んでやるから、そんときなら見せてやっても構わないよ』
『戯言を』
マザリガの返しにベラが『ヒャッヒャ』と笑う。
『そっちも中々さ。パワー重視で硬いし重い。初めて見る獣機兵だね』
『このストーンエレファントの獣機兵は石の如く硬い外皮を持つ魔象の血によって生み出されている。これならば、竜の牙とて弾くだろう』
『べへモスとは違って防御に振り切れてるわけかい。けど、鈍いかと思えば牙なんて隠し球もある。なかなか厄介ではあるが……』
そう言いながらベラが『アイアンディーナ』を『キバク』に突撃させ、そして直前で機体を回転させて竜尾をギュルンッと『キバク』に向けて振るう。
『チィ!?』
とっさに『キバク』は避けようとしたが、逃げ切れない。尾の先にある回転歯剣が『キバク』を斬り裂き、肩部の装甲が弾け飛んだ。その様子にマザリガの顔が歪むが、戦意を失うことはなくフットペダルを踏み込んで機体を『アイアンディーナ・ドラグーンコート』へと進ませる。
『良い度胸だねぇ』
『近付かねばジリ貧だろうが』
そう言い合いながら接近した両者は激突し合い、繰り返されていく打ち合いは鋼鉄でできた竜巻同士がぶつかり合っているようだった。
『ハッ、いいねえアンタ』
強化ウォーハンマーとバルディッシュが幾度となく打ち合う中でベラが笑う。
ベラは己が戦闘狂であるとは思っていない。戦うよりも勝つことこそが彼女にとっては重要で、果てなき闘争に身を焦がそうという自殺願望もなかった。けれども歯ごたえのある相手との出逢いは彼女であっても嬉しいものだ。もっとも相手が同じ想いでいるかは別の話ではあるのだが。
『届かないか。小賢しい!』
火花が幾度となく散り、互いの背部のパイプからは銀霧蒸気が噴き荒れている。受け合い、弾き合い、それらは繰り返されたがどちらも手に持つ得物を互いに届かせられてはいない。けれども『アイアンディーナ・ドラグーンコート』は振り合うたびに尾の先の回転歯剣も使って『キバク』の装甲を削り続けていた。故に一見して互角な戦闘ではあったが損傷し続けているのは『キバク』のみなのだ。
また魔力喰いである大型同士での長期激闘は周囲の魔力不足を招くのだが、『竜の心臓』を持つ『アイアンディーナ・ドラグーンコート』にそのルールは適用されない。時間経過と共にマザリガに不利になっていくのは明白であり、その様子に痺れを切らしたのはマザリガではなく彼の配下だった。
『不味いぞ。マザリガ将軍を護れ!』
『赤い魔女の背に槍を突き刺してやれ!』
魔力喰いであるべへモスタイプの接近はマザリガをさらに窮地に追いやってしまうため、動き出したのはコボルトタイプの獣機兵たちであった。が、それもベラにとっては想定の内だ。
『ハッ、武器が到着したようだね』
『いかん、近付くな!』
ベラの喜色に満ちた声とマザリガの怒号が同時に響き、直後に接近したコボルトタイプたちの首が振るわれた尾の回転歯剣の一撃によって斬り飛ばされた。
『おっブ!?』
さらには『アイアンディーナ・ドラグーンコート』の錨投擲機から射出された鎖付きの錨がコボルトタイプの片方の操者の座を貫き、
『貴様ぁ!』
『ヒャッハァア』
ベラは『キバク』のバルディッシュの一撃を受け止めた勢いのままに機体を跳び下がらせると、伸びた鎖を掴んで持ちあげてコボルトタイプの機体を力任せに『キバク』へと放り投げた。
『クソッ』
マザリガが罵声を口にしながら『キバク』の両腕を交差させコボルトを受け止めたが、次の瞬間に目の前が真っ赤に染まる。
『ブレスを吐いた? だが威力は大したものじゃ……』
ノーモーションから吐き出したブレスの熱量であれば『ストーンエレファント』の装甲で十分に対処できる。そう判断したマザリガだったが、配下の悲鳴のような声に目を見開いた。
『上か!?』
吐き出された炎の轟音で周囲の音も声もろくに聞こえぬが、頭上から強化ウォーハンマーが降ってくるのは見えた。『アイアンディーナ・ドラグーンコート』は飛ぶのだ、そのことをマザリガは忘れてはいなかった。だからこそ、そこに勝機を見出していた。
『甘いぞベラ・ヘイローッ』
叫びながらマザリガが『キバク』の牙を上空に向けて射出する。
『ま、ちょいと策を弄し過ぎたかねえ。けど』
声が聞こえた。牙に弾かれた強化ウォーハンマーが宙を舞い、機械竜のデイドンがそれを避けて上昇していくのがマザリガには見えた。
『これで終わりだよ、マザリガ・ディアマンテ』
そしてデイドンとすでに『分離』していた『アイアンディーナ・フルフロンタル』が炎の消えた正面から飛び出すと、『キバク』の胸部に回転歯剣を突き刺したのだった。
次回予告:『第276話 少女、散らす』
ベラちゃんからのお誘いを断ってしまいましたか。
それでは仕方ありませんね。さようならマザリガお兄さん。




