第274話 少女、暴れる
『アレはいったい……なんの冗談だ?』
愛機『キバク』の中でマザリガがパチパチと瞬きしながらそう呟いた。
見えていたのは6メートルもある、べへモスタイプと同サイズの機体だ。背部から伸びたパイプからは膨大な量の銀霧蒸気が噴き上げており、機体の出力の高さを物語っていた。
見る限りは竜機兵にも似た流線型のボディラインではあるが、当然のことながらその場にいた『アイアンディーナ』が変化したものだろうとマザリガも理解していた。おそらくはベラが赤い鉄機兵を何らしかの方法で竜機兵に変えたのだろうと。
『あんな姿になるのか。完全に見誤ったぞ。それにあれはまさか『合体』なのか?』
またそうなった原因もおおよその予想はついている。何しろ『アイアンディーナ』を運んできた機械竜の姿がその場にないのだ。その上に今目の前にいる巨大な機体は、消えた機械竜の特徴を持っていた。
先ほどの『アイアンディーナ』にふた回り分装甲を増設したような形状に右腕のウォーハンマーは竜の尾が巻き付き強化され、左腕の盾も左右の装甲を増して広くなっていた。また、胸部に埋まった赤く輝く宝玉から赤い魔力光のラインが伸びて、その力を全身に行き渡らせている様子が見て取れている。
(合体する鉄機兵……話には聞いたことがあったが。それにあの宝玉は機械竜や竜機兵と同じものか。アレから魔力が流れている……となれば弱点ともなろうが)
マザリガがその機体の胸部に注意を向けたが、剥き出しに見えているだけで、実際には網のような金属フレームに囲まれており破壊は困難そうであった。何より近付こうにもその宝玉の上には竜の顎がある。
(頭部は先ほどの機械竜のものだな。となれば近付かれた時点で噛みつかれ、ブレスを吐かれる恐れもある)
実のところ伸びた角の角度や配置、本数に若干の変動があるのだが、頭部の形状は機械竜の頃のものとほとんど同じだ。首も長く、周囲三百六十度すべてに届かせられそうでもあった。そして、赤い機体が動き出しそうな気配を感じたマザリガの顔が強張る。
『我が兵たちよ。いますぐあの機体を取り囲め。距離を取ればブレスを吐くぞ。頭部を警戒しながら手数で攻めよ』
そのマザリガの指示に周囲の獣機兵たちが咆哮しながら一斉に動き出した。先ほどのオーガタイプの部隊とは違い、この場に恐怖で退がるような弱兵はいない。また、こちらはべへモスタイプがコボルトタイプの獣機兵を引き連れる形で編成された部隊がメインだ。コボルトタイプは決して強力な獣機兵とは言えないが、魔力消費が少なく、魔力消費の激しいべへモスタイプとは相性が良い。編成としてバランスが取れており獣機兵の用兵の基本のひとつとも言えるのだが、それが目の前の敵に通用するかは別の話であった。
『賢しいねぇ!』
赤い機体から声が響く。厄介であろうという意味合いの言葉の裏で、その声は喜色に満ちている。手応えのある相手だと笑っていた。そして持っていた強化ウォーハンマーが振るわれ、迫るコボルトタイプを蹴散らしていく。
『膂力の差があり過ぎる……が、ベヘモスタイプは圧倒できんぞ。いや、何?』
マザリガの目が見開かれた。正面より迫ったべへモスタイプの首が、『アイアンディーナ』が振り返った途端に謎の咆哮とともに宙を舞ったのだ。
いったい何があったのかとマザリガが思った瞬間に、頭部がなくなったことで露出した操者の座に『アイアンディーナ』の腕の先に伸びた爪が吸い込まれて、乗り手が絶命した。
『チィッ、何が起きた? あの尾が原因か!?』
地面に火花が散ったのが見えたのだ。そしてその火花は赤い機体の尾の先で起きていた。そこにあったものを見てマザリガがゾッとした顔をする。
尾の先にはベラ・ヘイローの代名詞であり象徴とも言える、ドラゴン殺しと呼ばれる回転歯剣があったのだ。
『振りかぶったのは遠心力をつけるためか。尾の一撃が必殺ともなると』
冷や汗がマザリガの頬を伝う。それからマザリガは気付いた。胸部の赤い宝玉から伸びた魔力光のラインがドラゴンの長い首に集中しているのを。
『あれは……不味い!?』
次に何が起こるのかは誰の目にも明らかだ。竜が吐き出すブレスは本来喉袋で一度溜めてから放出される。それと同じ現象が起きているのだと誰もが理解できていた。そして、カシャカシャと赤竜の機体の首の装甲が次々と開いていき、反射板が露出し赤々とした光とモヤが内側から漏れる。
『退がれぇええ!』
それはマザリガの口から、周囲の獣機兵たちの口から、逃げ惑う者たちの口から一斉に放たれた。本能が逃げることを肯定した。だが、すべては遅い。間に合わない。
直後に赤い機体の頭部がグルリと回転しながら全周囲に真っ赤な炎をまき散らしていき、獣機兵たちが炎に包まれる。
『犬に豚の丸焼きか。あまり食欲がそそらないのは何故だろうねえ?』
『ヒッ、来るな!?』
転げて逃げ遅れたべへモスタイプの前に炎の中から赤竜の機体が現れた。
『今だ。まとわりつけ。炎はもう出ん』
倒れた機体へトドメを刺そうとした赤竜の機体に対し、マザリガが咆哮するかのごとく叫んだ。炎を浴びた。被害は多数。であれば今はピンチか? 否だとマザリガは考える。
魔力の川のみならず『竜の心臓』と呼ばれる宝玉によっても竜機兵は魔力を得ていることをマザリガも知っていた。故に魔力の川の流れが薄い場所でも竜機兵は移動可能なのだとも。けれども膨大な魔力量のブレスを一度吐けば、続けてすぐには放てない。であれば今がチャンスなのだ。
その出力も技量も厄介だが、確かに犠牲は多く出るだろうが、それでも中にいるのは人間だ。己が兵の犠牲をもって敵を討つ。マザリガはそれができる将であり、彼の配下は将の意志を実行する忠義があった。そして、数で押すという判断は確かに有効な手段ではある。とある一点の事実を考慮しなければ……だが。
『おお、怖い。ま、そりゃあ普通に考えて『まともな軍隊も』いるのは当然だろうねぇ』
そう言って笑うベラの乗る『アイアンディーナ』に四組のべへモスタイプの部隊が一斉に近付こうとした。
『で、まともな軍隊ってのはこういうのはどう対処するってんだい?』
そう言ってベラは竜心石に意思を飛ばし『アイアンディーナ』に翼を広げさせる。迫る獣機兵がその様子に『飛ばせるか』と叫びながら加速するが、もう間に合わない。
風の魔法がその場に広がり巨大な機体がフワリと翔び上がると、迫る獣機兵たちの頭上を飛び越して、『アイアンディーナ・ドラグーンコート』は兵たちの消えたマザリガの機体『キバク』の前へと降りていった。
『あんたがこの場の頭か。混機兵は逃げたね』
気が付けばアルキスの『ザッハナイン』がその場から消えていたが、その事実にマザリガは動じない。そもそも前回の失態からアルキスたちデュナン隊はベラへの直接戦闘を禁じられていたために元より戦力には数えていなかった。
『……ふ、ふふ』
そして、マザリガは笑っていた。この状況は短い時間でマザリガが構築した数少ない勝機であった。最初の賭けには勝った。あの状況ならば飛んで一時撤退する可能性もあった。けれどもこうして配下を一斉に向かわせて自分を無防備にさらすことで、彼はベラ・ヘイローを自らの前へと誘い出すことに成功していた。
『ローウェン帝国獣機兵軍団、八機将『獣魔ドルガ』配下の二将がひとり、マザリガ・ディアマンテ!』
そして、ふたつめの賭けはここからだ。
『いい名乗りだマザリガ・ディアマンテ。あたしは傭兵国家ヘイロー、ヘイロー軍総団長ベラ・ヘイロー』
あとは己が『そこにいる敵を』殺せばいい。
『赤き魔女、その命貰い受ける!』
『ハッ、首ぃ貰うよ。駄犬の飼い犬!』
次の瞬間に駆け出した両者の距離は限りなくゼロに近付き、それから互いの得物が激突して戦場に火花が散った。
次回予告:『第275話 少女、死合う』
さすがはベラちゃんです。
有象無象を物ともせず意中の殿方の胸に飛び込むとは、レディとしてまた一歩成長しましたね。けれども、本番はここからです。交際を申し込んできた殿方を前にベラちゃんがどう動くのか。ここまで培ってきた女子力が試されるときがきたようです。




