第273話 少女、纏う
ォォォォオオオン!
鋼鉄の獣の咆哮が戦場に木霊する。
その音の出元を唖然とした顔で見ているのは、ローウェン帝国の兵たちだ。『アイアンディーナ』を両足で掴みながら空を飛ぶ機械の竜に対して彼らは声こそあげるもののその刃を届かせることはできない。
剣や槍しか持たぬ彼らはそれに抗する手段がないのだ。何しろギミックウェポンや巨獣兵装などの魔力を用いた一部兵器を除き、弓矢などといった遠距離を攻撃する鉄機兵用の兵器はほとんど存在していない。
鉄機兵に内蔵されている神造筋肉を傷めるうえに大して飛距離もでないことからこれまであまり作られてはこなかったのだ。
『いいねえ。デイドン、あんたのデビュー戦だ。思う存分目立つんだよ』
掴まれた状態であるとはいえ久方ぶりに空を飛んで上機嫌のベラの言葉にデイドンと呼ばれた機械の竜が『ォォオオオオン』と鳴いた。
竜頭に翼と足、それに『アイアンディーナ』と同じく、長い尾を装備したソレは、機誕卵内で『アイアンディーナ』と分離してデイドンハートをコアに新生した機械竜だ。
翼が両腕となっていてワイバーンに形状が似ているデイドンは『アイアンディーナ』の肩を両足で掴んで固定し戦場を飛んでいた。
戦おうと接近していたホワイトゴリディアタイプの巨獣機兵を尻目にし、『レオルフ』と同じ巨獣兵装『フレイムボール』を持つビッグサラマンダータイプの巨獣機兵へとデイドンが向かっていく。
『道を空けなデイドン!』
ビッグサラマンダータイプの間近になったところでベラの指示を出し、デイドンが降下しながら炎のブレスを吐き出した。
『ブレスだ』
『チィ、逃げろ。直撃すれば操者の座の中で炭になるぞ』
獣機兵たちが悲鳴をあげて離れる中、ブレスでできた炎の道はビッグサラマンダーまで続き、その場を滑走路にして『アイアンディーナ』が着地していく。
『炎の中を!?』
『熱くはないのか?』
獣機兵の中の半獣人たちがわめいているが、現在の『アイアンディーナ』はベラを火傷顔にした反省から機体の耐熱性能はかつての頃を大きく上回っていた。そして、炎の中に降り立った『アイアンディーナ』がビッグサラマンダーに向けて駆け出していく。
『ちぃ、こんな簡単に近付かれたか』
『まずい。赤い魔女を押さえろ。巨獣機兵を破壊させるな!』
『ですが、あの飛んでいる機械竜の炎で壁が作られています』
怒号が飛び交う中、デイドンが近付く獣機兵たちを炎のブレスで牽制し、その間にもベラはデイドンが持っていた捻れ角の槍を握って突撃する。
『グゥォオオオオオオオオン』
『悪いねえ。やらせないよ』
ビッグサラマンダーの口元が開く。それはまるでワームの如き、壺のような口であり、その内からは炎が溢れ出ていた。それこそが『レオルフ』の巨獣兵装の原型。ベラはその口の横へと捻れ角の槍を突き刺す。
『グガッ!?』
次の瞬間、ベラが距離をとったのと同時にギミックウェポンが発動し、掘り進んだ捻れ角の槍が口内の魔術式と接触したことでビッグサラマンダーの頭部が爆発した。
『ザマぁないね。屁ぇブッこく前に中で爆発しちまったかい!』
『貴様ぁあああ!』
『ええい。まだだ。コアは破壊されていない』
『炎など一斉にかかればどうとでもなる。ベラ・ヘイローを殺せ』
咆哮する獣機兵たちがいよいよデイドンの炎をも堪えて突撃しようと気勢をあげたとき、その様子に笑みを浮かべていたベラは、ふとゾクリとした何かを感じて空を見上げた。
『なん……だい?』
感じ取れたことは驚嘆に値する。けれども逃げることは不可能だ。
ベラがビッグサラマンダーに取り付いた時点で敵の策は完了していた。そして、上空より無数の鋼鉄の槍が『アイアンディーナ』たちのいる地へと降り注いだ。
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『かかりましたなマザリガ将軍』
『そのようだな。まったく手間をかけさせてくれる』
鋼鉄の雨が降り注ぐ戦場よりわずかに後方では、獣機兵軍団の将軍マザリガと、マザリガの愛機『キバク』の横にはデュナン隊の隊長である混機兵『ザッハナイン』に乗っているアルキスがいた。
彼らの背後にはリンローたちが針鼠と呼んでいた巨獣機兵も立っていた。それはヘッジホッグボアと呼ばれる猪の巨獣の獣血剤から生み出された巨獣機兵だ。
魂力を用いて鉄の針を生み出し射出する巨獣機兵。それは、獣機兵軍団に与えられた『六機目』の巨獣機兵だった。
彼らはベラたちが魔鳥による偵察を行っていることも考慮したうえで、上空からの監視を誤魔化すべくエルシャ王国軍には知られていないヘッジホッグボアタイプの巨獣機兵の姿勢を低くさせ、獣機兵をまとわりつかせて存在を隠蔽していた。
そして、このヘッジホッグボアタイプが射出した鉄の針は、先ほどリンローたちを襲ったものとは違い、火薬を搭載した爆裂針だ。
故に彼らの前では今、連続して爆発が起きていた。
『味方もろともとは、中々の決断です。さすがは八機将、獣魔ドルガ様ですな』
『恐るべきお方よ。しかし、あの化け物を殺すにはそのぐらいは……』
そう言いかけたところでマザリガが眉をひそめた。爆発も落ち着き、土煙が舞う戦場の中で、マザリガは何かを目撃したのだ。
『なんだ……アレが?』
その言葉にアルキスも眉をひそめて、土煙が舞う戦場を睨み付けた。鉄針が突き刺さった獣機兵が転げまわり、悲鳴と咆哮が木霊しているその戦場に何かの気配があった。
最大の脅威を排除するために、ベラ・ヘイローの打倒のため、彼らは味方を巻き込んで倒すための策を練っていた。ここまでやったのだ。であれば、さすがにあのベラ・ヘイローでもどうすることもできまい……と、そう、己を納得させたばかりのマザリガには、その光景が信じられなかった。
『なるほどねえ。正直に言って胆が冷えたよ』
だが現実に土煙の中では巨大な何かの影が浮かび、少女の声が彼らの耳にまで届いてきている。マザリガが目を見開きながら『生きているだと?』と口元を震わせながら呟いた。
『巨獣機兵二機は囮かい。あたしを殺すために盛大に命と戦力を投入した。ああ、評価してくれていたのは嬉しいことさ』
そして土煙が晴れ、ビッグサラマンダータイプの巨獣機兵が浮いている姿が確認できた。もっとも浮遊しているわけではなかった。まるで柱のようにその巨体を支えている存在が下にあったのだ。
『巨獣機兵を持ち上げて盾にしただと? なんだ、アレは?』
ドサリと無数の鉄の針が突き刺さった巨獣機兵『ビッグサラマンダー』が地面に落とされると、巨獣機兵を盾にしていた存在の全貌があらわになり、マザリガたちの顔に動揺が広がっていく。
『機械竜を纏った鉄機兵なのか?』
アルキスがそう口にした。
ソレの胸部には赤い宝玉が炎のように輝いていた。
また先ほど飛び回っていた機械竜の身体は『アイアンディーナ』を覆うように重なって、分厚い装甲となり、また頭部は竜のものとなっていた。それはさながら武器を持ったドラゴンそのもの。
そして、それこそが『アイアンディーナ・ドラグーンコート』。竜の心臓により強化された出力と重装甲による鉄壁の防御を誇る魔神が戦場に姿を現したのである。
次回予告:『第274話 少女、暴れる』
ディーナちゃんが勝負服で挑むようですよ。
この出会いはきっと、忘れられない思い出になりそうです。




