第269話 少女、振るう
要塞アルガンナへの三度目の襲撃の翌日、ローウェン帝国獣機兵軍団は再び要塞へと進軍を開始していた。一度目と二度目は様子見だった。三度目は本気ではあったが、予期せぬ敵の増援を警戒し撤退することとなった。
そして四度目の今日、戦場を駆けるケダモノたちは意気揚々と突き進んでいく。
『ハッハァ。今日も今日とて騎士狩りだぁ』
『昨日は連中、ビビってたからな。それが二日続けてじゃあチビっちまうんじゃあねえかい?』
『かもなぁ。もはやエルシャにロクな兵はいない。所詮は俺たちの餌に過ぎないってわけだ』
『さあ、今日はアレを落とすぞ。今夜はヤツラの髑髏を杯に酔い狂ってやる』
下品な会話とゲラゲラという笑い声をあげながら、彼らは要塞へと進んでいく。
そして戦列の一番前にいるのは獣機兵の中でもオーガタイプをメインとしたヤーザン隊だ。彼らの乗るオーガタイプは鉄機兵を大きく凌駕するほどの巨軀を誇る獣機兵であった。その巨体を生かして敵を蹂躙するのを得意としており、その隊を率いているヤーザン・ライノエルはビッグホーンオーガというオーガの上位種の獣血剤で変異した獣機兵に乗っていた。
『まったく、うちの連中は元気でいいねえ。昨日の今日で疲れも取れてないだろうにな』
そう言いながらヤーザンは己の獣機兵『ホーンド』の歩みを速めていく。
このヤーザンはかつてノーマルのオーガタイプのビーストに乗っていたが、イシュタリアの賢人ロイの手により上位種の魔獣の血を投与され直し、さらなる力を得た半獣人だ。
それは未だにローウェン帝国内でしか知らされていない上位変異と呼ばれる技術によるものであり、強力になる反面、拒絶反応によって死を迎えたり、一生動けぬ身体になる者も少なくはない。だが、そのリスクを乗り越えたヤーザンの機体は通常のオーガタイプよりもさらに一回り大きく、また出力を上昇させることに成功していた。
故にヤーザンは獣魔ドルガよりも……とまでは言わないにせよエルシャの騎士などには負ける気はしなかった。もっとも今の彼は若干慎重になっている。それは昨日、唐突に現れた敵の増援を知っていたが故である。
(竜機兵擬きの赤い鉄機兵……あの獣神を殺した怪物がいる)
エルシャ王国の騎士など物の数ではない。そう考えているヤーザンであっても獣神殺しの存在は無視できない。そう、増援とはヘイロー軍であり、それを率いているのはベラ・ヘイローなのだ。
(正直なところ、アレと当たるのだけはゴメンだ。数で押すにせよ、殺るなら最後の最後くらいに混ざらせろってんだよ)
ヤーザンの隊は元々獣神アルマの軍にいて、アルマが殺されたのち獣魔ドルガの軍に再編されていた。そして彼は知っている。直接殺り合いこそしなかったが、遠目から翼の生えた赤い機体を彼は見ていた。同胞の亡骸の道を作りながら化け物が戦場を闊歩していく様を記憶に焼き付けていた。殺し合いになれば確実に殺される、戦いたくはない相手だと。
そう改めて考えていた矢先である。ヤーザンは通信機から『赤い鉄機兵がいますぜ?』と部下の声がいきなり届いてきたことに肩を震わせた。
『まさかベラ・ヘイローか?』
『いいや。アレは竜機兵の特徴もない『ただの鉄機兵』だ』
部下達の会話にヤーザンが軽く安堵の息を吐いた。
水晶眼を通して確認もした。正面にいたのは確かに赤い機体ではあったが鉄機兵だ。竜機兵の特徴もない『ただの』鉄機兵だった。
『馬鹿野郎。驚かせるな。ドラゴンのいる部隊が別なのは分かっているにせよそういうのは心臓に悪い。さっさと殺せ。英雄に憧れた馬鹿が勢いづいて単身前に出ただけだ』
ヤーザンがそう指示を飛ばす。戦場に単独で前に出ているという時点で奇妙ではあったが、けれどもヤーザン隊の隊員たちにとってそれは美味しいボーナスとしか感じなかった。後ろの部隊とは距離が離れている。助けに行くことは当然無理だ。だが、ヤーザンはその背後の部隊の旗印を見て、少しばかり眉をひそめた。
(あの旗は……?)
直後にヤーザンはゾクリと己の身体が再び震えたのを感じた。先ほどの震えとは違う、何かとてつもなく嫌な予感がしたのだ。だが、誰も止まらない。ここは戦場だ。誰が見ても美味しい獲物を狙わぬ道理はなかった。けれども赤い機体の後ろの隊にある旗印はまさしく……
『ヘイロー? しかし、まさか』
あの化け物の乗っていたのは別の機体のはずだ。
相手は普通の鉄機兵で、けれどもヤーザンはその機体から漏れる闘気に覚えがあった。
そして、次の瞬間にオーガタイプの獣機兵が駒のように回転して地面に激突した。何が起きたのかは単純明快だ。勢いに任せて攻撃を仕掛けた獣機兵に対して赤い鉄機兵は持っている『ウォーハンマー』を振るってカウンターを打ち込んだのだ。胸部が大きくヘコんでおり、中の人間は即死であったろう。機械の腕がガクリと地面に落ちた。
そして、次の瞬間に一斉に獣機兵たちが吠えて赤い機体に飛びかかる。対してヤーザンは己の機体を静止させて『待て』と叫んだ。
『アヴァンをよくもやったなテメェ!』
だがヤーザンの部下は止まらない。彼らはまるで焚き火に引き寄せられる羽虫のごとく鋼鉄の嵐の如き存在に向かって突撃していく。
『ヒャッヒャッヒャッヒャッ』
『なんだ、足が!?』
そして最初に飛びかかった機体が何かに足を絡められて転んだ。
それが赤い鉄機兵の臀部から伸びた鋼鉄の尾であることを視認性の低い機体の中からでは確認できない。また次に迫る機体は転んだ獣機兵に引っかかって横転し、そこにウォーハンマーのピックが振り下ろされて乗り手が即死した。さらに赤い鉄機兵は流れるように倒した機体の剣を奪うと、最初の転ばした獣機兵にトドメを刺した。
『気を付けろ。こいつ、動きがおかしい』
『普通の相手じゃねえぞ。同時にかかれ』
続けて二機の機体が左右から突撃する。
『おお、怖いねえ』
だが赤い鉄機兵は突き刺さったウォーハンマーを手放してわずかに下がって距離を取ると、さらに踏み込んだ二機に対して今度は一瞬で距離を詰めて懐に飛び込んだ。
『いきなり前に!?』
半獣人の乗り手が叫ぶのも無理はない。
それは赤い鉄機兵の第三の足とも言える尾をバネにして一気に飛びかかった結果であったが、その挙動に獣機兵は虚をつかれていた。そして、赤い鉄機兵の左腕から伸びた鉄芯が右の機体の操者の座に突き刺さり、左の獣機兵に対しては腰の鞘から抜いたショートソードを装甲の薄い首筋から刃を入れる形で乗り手を突き刺した。
『は?』
全てが終わった後、ヤーザンが間の抜けた声をあげる。それは一瞬のことだった。三十秒にも満たぬ時間の間に彼の配下である獣機兵五機が大破したのだ。であれば呆気にも取られよう。けれども、ヤーザンはすぐさま『とある事実』の方に意識を集中する。
(鉄機兵から尾が伸びている? 竜機兵擬き。騙された。つまりアレは……)
『ベラだ。ベラ・ヘイローがいたぞぉぉおお』
ヤーザンより早く事実に気付いた誰かが叫んだ。
そして獣機兵たちが色めきだって動き出し、また赤い鉄機兵の背後より迫るヘイロー軍も追いついたことで戦場は一気に燃え上がったのである。
次回予告:『第270話 少女、笑う』
上着を脱いで少々大胆な格好になったディーナちゃんにお兄ちゃん達も大興奮。イメチェン大成功ですね。




