第268話 少女、覚悟を尋ねる
「竜血剤を……ねえ?」
唐突に告げられた要求にベラが目を細めて目の前にいる人物へと視線を向ける。
マリア・カロンド。そこにいたのはどこぞの貴族の令嬢……とは言えぬ程度に戦士としての雰囲気を纏っていたが、それでもこの場に連なるに足るとは正直思えない女だった。御輿代わりとして担がれたと聞いていたが、そんな相手が竜血剤を求めたことにベラは少々興味が湧いていた。
もっとも、それはエルシャ王国側にしてみれば全くもっての不意打ちだったのだろう。血相を変えたダイズ王子が「控えろマリア将軍」とすぐさま声を張り上げたが、マリアは顔を歪めながらダイズ王子の言葉を拒絶するように首を横に振る。
「いいえダイズ王子。もはやこうするしかありません。そうでなければ私はもう」
「ふん。つまりは失点を取り戻すために竜血剤を……ねえ」
ベラの横にいたリンローが面白くなさそうに言う。
「で、アンタは竜血剤を誰に使うんだ? テメエか、テメエの部下か?」
「部下などもういない。私にだ。しかし獣機兵になったところでたかが知れている。であれば、私は国のために竜にとてなる覚悟だ」
「ふざけんじゃねえぞ」
獅子と竜を合わせたような顔のリンローが吠え、マリアがビクリと震えた。マリアも獣人を見たことがないわけではなかったが、リンローの迫力はドラゴニュートなどとは比べものにならない獰猛さを秘めていた。
そしてリンローに怯えていた顔のマリアに苦笑しながら、ベラがリンローを見る。
「抑えなリンロー。しかし、部下がいない? 曲がりなりにもそっちは将軍だろう」
「私はゼナ・カロンドの娘というだけでこの地位にあげられたお飾りに過ぎないし、父から引き継いだ部下も先の戦いで全滅した。我が機体ディーアロンゼは中破し、修理できても以前のようには動けない。もう、本当に私の価値はお飾り以上のものがない」
その言葉にベラが視線をダイズ王子へと向けると、ダイズ王子の方も何も言い返さなかった。その沈黙こそがマリアの言葉を肯定しているのだと理解したベラが肩をすくめて、少しばかりため息をついた。
「なるほどね。そうかい。確かに戦力外なのは辛いだろう。けど、竜血剤は出せない」
「なぜ?」
「まあ、理由は色々とあるがね。そもそも獣血剤に比べても成功率が低い。というか、ウチじゃあそっちの睨んでるケダモノと何人かだけでね。ぶっちゃけ、変異に人間だと体がついてこれないのさ」
獣血剤によっても獣機兵化せず魔獣になり果ててしまう者や拒絶反応で死ぬ者も少なくはない。だが竜血剤はさらに成功率が低い。元々は強心器を過剰発動させ、竜心石内部の竜の因子を引き出すことが竜機兵化させる唯一の道だった。現在では獣の因子を混ぜ込んで繋ぎにすることで成功率は以前よりも上がってはいる。それはリンローや何人かの志願者によって実証されているが、ヘイローでは未だにそれ以上は踏み込めていなかった。
獣機兵乗りの半獣人を多く抱える傭兵国家ヘイローにとって、その手の技術を率先して軍事利用化するのはアキレス腱となり得る。そのため、竜機兵も巨獣機兵も積極的に生み出そうとはせず、回収した巨獣機兵から巨獣兵装を取り出して再利用する程度に留めていた。
「そっちのリンローも元々半獣人だったからどうにかなったようなもんさ。それでも生死の境はさまよっているし、あたしについても知っているね?」
「竜人であるとの噂くらいは」
マリアの言葉にベラが金色の瞳を輝かせながら頷いた。
「あたしは竜血剤ではなくてドラゴンを殺した際に血を直接浴びちまった。そんでこんなんなったが、やっぱり死にかけてる。ついでに言えば、よしんば竜血剤を投与して成功したとしても竜の性質が問題になるんだよ」
「性質?」
「ドラゴンってのは同族間で繋がりが生まれる。あたしは殺した相手のものだったから問題なかったが、こっちのリンローはあたしからの血で成った結果、あたしの眷属となった。だからこいつはあたしのために死ねるし、裏切ることもないツマンナイヤツになっちまった」
その言葉にマリアが目を見開き、リンローがなんとも言えない顔をした。
「国家ではなく、あたしに忠実なあたしの眷属だ。生きるか死ぬか。仮に生き残ってもアンタは国を捨て、あたしか、ほれ一緒に来ていたドラゴンの血を使ってもいいが、どちらかの奴隷になるってわけだ。そんなもんに果たしてあんたはなりたいのかい?」
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「それにしても総団長。竜血剤のこと、あそこまで教えて良かったんですかい?」
ダイズ王子たちとの会合も終わり、『アイアンディーナ』の格納されているガレージに向かう途中でリンローがベラにそう尋ねてきた。
ダイズ王子との話し合いで決まったのは今後ヘイロー混成軍をどこに配置するかの確認程度であった。現在もガイガンとパラ、四王剣が細かい調整を行なっているが、ベラの現在の一番の関心どころは機誕卵から目覚めた『アイアンディーナ』にあった。
「別に竜機兵化は教えてもそこまで問題じゃないからね。こっちも下手に人体実験もできないし、現状だとローウェンの独占だ。ムハルドじゃあるまいし、エルシャが獣機兵や竜機兵の研究を積極的に行うとは思えないが、連中が関心を持って調べてくれるならこっちにもメリットはあるってわけさ」
ベラがそう言いながら、ガレージの中へと入っていく。
そこはヘイロー混成軍のために用意されたガレージであり、すでに『レオルフ』や『ダーティズム』、その他竜撃隊の機体が並んでいて、中央には『アイアンディーナ・フルフロンタル』が立っていた。
整備兵たちがベラたちの姿を見て頭を下げる中、ベラは『アイアンディーナ』の前へと進み、そしてその場にいたボルドに声をかけた。
「ボルド、具合はどうなんだい?」
「ああ、ご主人様か。ディーナはご機嫌だよ」
「んなもん、さっきまで乗ってたあたしが一番分かってるんだよ。『デイドン』の方さ」
ベラの言葉にボルドが頭をかきながら視線を『アイアンディーナ』の横にいるものに向ける。そこには翼を折り畳んだ『小型の機械でできたドラゴン』がいた。
「そっちは静かなもんだ。勝手が分からねえからケフィンところから魔獣使いも借りてんだがな。まあ悪くはないんじゃねえの?」
それこそは『アイアンディーナ』から分離した、竜の心臓を核とした存在。デイドンの心臓を使っていることから『デイドン』と名付けられた機械竜であった。
「よぉ、お仲間」
『ギィイイ』
リンローの言葉に『デイドン』と呼ばれた機械竜が唸り声で返す。
お仲間、すなわち同じ眷属。ベラに敗れたデイドンと、ベラに救われたリンローは竜に属した存在としては同じ立ち位置にいる。人の理とは違う、竜の理によって彼らは繋がっていた。
「へぇへぇ、副官殿はデイドンと仲がよろしいようで。それでご主人様、こいつらの出番はいつになりそうなんだ?」
ボルドの問いにベラが目を細めて、少しだけ考え込む。
「そうだね。今日すぐにまた来るってこたぁないはずさ。明日か明後日か。エルシャも随分とやられたようだが、あっちも実際のところは相当だろうしね」
「そうですねえ。獣機兵は前に出過ぎますからねえ」
リンローがそう口にする。獣機兵は鉄機兵よりも出力は高いが、行動が直線的で負荷を無視しても動けてしまうため、実際の動き以上にダメージが溜まりやすいというデメリットもあった。
「ま、あっちには混機兵もいる。リンロー、特にお前は気を付けるんだね。巨獣兵装を所有しているアンタは狙われやすい。不意打ちにズブリといかれると面倒だ」
「承知してますよ総団長。少なくとも次はガイガンと組んで数を減らすことを前提に動きますわ。大人しくね」
「それでいい。あたしのディーナがおめかしし直しての最初の戦いだ。ケチが付くような真似したらただじゃあおかないよ」
ベラの言葉にリンローが頷き、さらには『デイドン』と『アイアンディーナ』からも咆哮が響いた。それに周囲にいた整備兵たちが一瞬目を向けたが、すぐさま彼らも元の作業に戻っていく。
そして戦の支度は夜通し行われ、敵の陣地で動きがあったのは翌日の昼を過ぎた頃であった。
次回予告:『第269話 少女、進む』
失敗を恐れないでチャレンジする勇気、それが自分を変える一歩になるんです。
ベラちゃんは頑張る女の子を応援します。




