第267話 少女、求められる
『随分とやられたもんだねえ』
昨晩に機誕卵から出てきたばかりの『アイアンディーナ』に乗って城塞アルガンナの中に入ったベラがそう呟く。
アルガンナの前で戦闘が開始されていたことは分かっていたから彼女らも急ぎ進軍してきたのだが、獣機兵軍団は綺麗に退き、当てが外れて拍子抜けしていたところにこれである。
敵は撤退したのに、そこはまるで敗残者が落ち延びたような状況だった。
『やはりパワーで勝る獣機兵は数で押すことが最前ですからな。正面から殺り合うとどうしても被害が大きくなる。しかし、この歓待ぶりは少々大げさな気がしますが』
『アイアンディーナ』に続いて進んでいる『ダーティズム』の中にいるガイガンがそんなことを口にした。確かにベラたちが入ってきてからのエルシャ王国軍は極端に過ぎるほどにヘイロー混成軍をまるで救いの主が来たかのごとく歓迎していた。その様子にリンローが少しだけ笑う。
『そんだけ期待されてるってことだろガイガン。けど、さっきは惜しかったっすねえ。あのまま続けてくれりゃあ横っ腹から食い破れたのにヨォ』
『それが相手も分かっていたから退いたんだろう』
リンローの言葉にベラがそう返した。事前の魔鳥による航空偵察でエルシャ王国軍とローウェン帝国軍獣機兵軍団の戦闘は、獣機兵軍団の有利ではあるものの一方的な展開と言えるほどのものではなかった。何よりもドルガの隊が先行し過ぎていた感もあり、そこにヘイロー混成軍が参戦すれば、或いは短期決戦の形にも持ち込める可能性もあった。
だが彼らはヘイロー混成軍が到達する前に退いていった。結果としてベラたちはこうして戦果をあげられずに要塞アルガンナ内へと入ることとなっていたのである。
『ドルガかい。少々評価を改めないといけないかねえ』
獣魔ドルガ。獣機兵乗りとしての実力は父親の獣神アルマに匹敵するものの、本人の指揮官としての資質は下だとベラは聞いていた。父が死んだことで一皮向けたか、勘が鋭いのか。いずれにせよ、油断はできぬ相手だとベラの中に刻まれた。
『まあ、いい。次は正面から当たるさ』
『総団長、それで機体の方は問題ありませんか?』
『大丈夫だよ。まるで己の体の一部のようさね』
ベラがそう言って笑う。
ベラが現在乗っているのは『アイアンディーナ・フルフロンタル』。そのまだ機誕卵より産声をあげたばかりの機体をガイガンは心配していたが、対してベラはどこ吹く風である。
『ロクに試運転もしていないのですから、無茶はいけませんぞ』
『ハッ、ディーナが戦いに合わせて用意してくれたんだ。大丈夫さ。まあもっとも』
ベラが背後から付いてくる魔導輸送車を見た。
『あっちはまだ、ヨチヨチ歩きのようだけどねえ』
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「ようこそいらしてくださいましたベラ総団長、ガルド将軍」
「久方ぶりだねダイズ王子。四王剣も一人を除いて全員集まったのかい」
要塞アルガンナの謁見室ではベラと共にパラ、ガイガン、リンロー、ガルドが並び、対してエルシャ王国はダイズ王子と共に四王剣であるアルマス将軍、マガツナ将軍、マリア将軍が並んで挨拶を交わした。
ベラたちは以前に要塞でダイズ王子とアルマス将軍とは出会っているし、またガルドの方もアルマスとマガツナの古参の四王剣ふたりとは以前に交流があったようで、軽く再会の言葉を交わしていた。
中でもベラが少々気になったのはマリアだった。アルマスとマガツナ以外の四王剣は前任者がなくなったために代わりに据え置かれたお飾りだと聞いているが、それにしてもマリアの様子は落ち着きがなかった。あり得るとすれば先ほどの戦闘でよほど酷い目にあったのか……
「ところでベラ総団長、乗っている機体を換えられましたか?」
ベラが思案しているとダイズ王子が若干不安げな顔でそう尋ねてきた。
歴戦の勇士であろうと乗り換えた機体ではかつてのような活躍ができなくなるということは珍しくはない。けれども、ベラは笑って首を横に振った。
「いんや。あれはディーナだよ。ただちょっとだけ着飾るのをやめてね。大胆になっただろう。露出を増やして肌を見せるようにしたんだが、もしかして勃っちまったのかい?」
「残念ながら私にそちらの趣味はありません」
ダイズ王子が苦笑してそう返すが、実のところそうした嗜好の偏愛主義者は鉄機兵乗りには一定数存在している。己の延長線上の存在と捉えるか、恋人と捉えるか。竜心石によって心が繋がる関係性を鉄機兵と築き上げたと彼らはどちらにせよそうした認識を大小なり持っていたし、嘲る者がいれば代償を己が命で支払わされるケースも時折あった。
「ま、ちょいと前に派手に攻撃を受けてね。なんでディーナが余計なもん取っ払って、あたしの扱いやすいようにしてくれたってわけさ。ああ見えて反応速度は竜機兵並だ。ま、誰が来ようと負ける気はしないね」
そう言ってひゃっひゃっひゃと笑うベラを見て、ダイズ王子の表情から不安は消えていた。かつての『アイアンディーナ』も強くはあったが、過剰な装備を身に付けているようにダイズ王子は感じていた。だがデッドウェイトを落とすことで基本性能を向上させたうえに反応速度も鉄機兵よりも上の竜機兵並となれば、それだけで通常の打ち合いならば以前よりも強くはなっているのだろうとダイズ王子は考えた。
「それよりもだ。借りた騎士団を失っちまったのは申し訳なかったね」
特に申し訳なさそうでもない顔でベラがそう口にする。
ベラがこの要塞アルガンナを出て山岳都市バルグレイズを攻略する際に連れていったふたつの騎士団がローウェン帝国によって壊滅させられている。もっとも、どちらもベラたちから自ら離れて単独行動したうえでのことなのはダイズ王子も理解していた。
「事情は聞いております。そもそも町を守るために騎士が剣を取るのは当然のこと。彼らは己が務めに殉じたのですから本望でしょう」
実際に殺された彼らがどう思っていたかはさておき、ダイズ王子の肯定によって騎士団の壊滅がベラの失態とされる可能性は払拭された。
「それとフォルダム団長は生きているが、結構な怪我を負ってまだこっちも保たせているって状態でね。高位の治療師がいればすぐにでもお願いしたい。あれは有能な男だ。そっちにとっても死なせることも引退させることも望ましくはないんじゃないかい?」
「そうですね。王族専任の者がおりますのですぐに。しかし、赤い魔女に評価していただけるとはフォルダムも冥利に尽きるというものでしょう」
「どうだかね。それに随分と世話にはなったんだ。あたしは借りは返す主義でね」
そう口にしたベラに、ひとり前に出た者がいた。それは四王剣のひとりであるマリア・カロンドだ。その様子にガイガンが一歩前に出てベラの身を守ろうとし、ベラがそれを手振りで制止する。
「マリア将軍、どうした? 不躾であろう」
「いいよダイズ王子。それでマリア将軍、あたしなんかに何か用かい?」
ベラがそう言うと、マリアはわずかにリンローを見てから少しだけ躊躇した顔をして、それか意を決して口を開いた。
「ベラ総団長。私に竜血剤を譲ってはいただけないだろうか?」
次回予告:『第268話 少女、悩む』
フルフロンタル、つまりは裸になったディーナちゃんですね。
男性の方々には少々刺激が強いかもしれません。
何か羽織るものを出してあげたほうが良いのでしょうか?




