第265話 少女、到着する
『イヒヒッヒイイ』『ヒィッハッハ』『ヒャッヒャハァア』
戦場に三つの不気味な笑い声が響き渡っていた。
その声が響いているのは要塞アルガンナの前の草原だ。今や要塞アルガンナ周辺の状況はベラが来る以前と同様の状態にまで戻っているようだった。
押し寄せるローウェン帝国の獣機兵軍団と守勢に回るエルシャ王国軍。増援もあって数の上では以前よりも増したエルシャ王国軍であったが、獣機兵軍団も獣魔ドルガと獣神アルマの軍を統合して以前よりも数が多い。しかしシュミラ王子の戦死の報を受けたことで新王都は更なる増援を派遣したために彼らは今こそ攻勢に回った……はずだった。
『笑うな、我が父の仇。貴様を殺すべく私はここに来たのだ。おとなしくその首をよこせ!』
『首ィ、どの首だよ姉ちゃん?』『おいおい僕ちゃんに夢中ってわけか』『はっはぁ、犯し甲斐のありそうな姉ちゃんだねえ』
そして、両軍入り混じる戦場の中心で対峙している二機の鉄の巨人がいた。
『おっと、その槍にゃあ覚えがあんぞ』『そうそう確か前にぶっ刺してやったヤツだろ』『ワザワザケツ穴狙って慎重に貫いたおっさんのだわ』
一方は異形の機体であった。何しろ三頭の犬型の頭部が付いた獣機兵なのだ。それは獣魔ドルガの愛機『サーヴェラス』だ。種族の違うコボルト種を混ぜ合わせた獣血剤によって生み出された、厳密に言えば獣機兵ではなく混機兵に該当する怪物であった。
『黙れ。仲間たちが繋いできたこの機会、この父の形見で今日こそ貴様を討ってやる!』
もう一方の機体は流線型のフォルムをした鉄機兵『ディーアロンゼ』であった。ギミックウェポンであろう炎を噴射させる脚部を使って高速移動をしながら『サーヴェラス』へと槍で攻撃を仕掛けている。
この『ディーアロンゼ』の乗り手はエルシャ王国軍の四王剣がひとりマリア・カロンド、かつての四王剣ゼア・カロンドの娘だ。彼女は新王都より増援部隊と共にこの要塞アルガンナへとやってきて、今まさに敵の総大将に対して己が牙を向けていたのである。
『んー、形見つってもうんこ付いてんぞ』『間違いなくケツに刺したからヨォ』『アヘ顔晒しながら逝っちまったよ、おめえの親父』
『黙れぇえええ!』
猛るマリアが鉄機兵『ディーアロンゼ』の持つ槍の柄の先にある四つの杯から炎を噴かせて機体をさらに加速させていく。
一瞬で距離をとった後、脚部の加速と合わせて目にも留まらぬ速さで『サーヴェラス』へと突撃するが、対してドルガは機体をわずかにそらしてその突きを容易にかわした。
『おお、速ぇえ』『やっぱりアレ持って帰ればよかったか』『うわ、ウンコついてるの握っちまった』
また、かわしたと同時に『サーヴェラス』は『ディーアロンゼ』の槍をその歪な右腕で掴まえたのだ。
『今の突きを、馬鹿な!?』
驚愕をあらわにするマリアに『サーヴェラス』の三つの頭部がまるで笑うかのような形状に変わった。いや、事実としてその機体の頭部はドルガの感情に合わせて動いていた。ドルガと『サーヴェラス』はもはや人機一体化した存在であった。
対してマリアの方も相手が反応速度とパワーに秀でている獣機兵の中でも強力な部類であることは理解していたが、そこを加味しても『サーヴェラス』の精密な動きには目を見開かせざるを得なかった。
『しっかしさ。パパンに比べて遅いぜ嬢ちゃん』『ははは、悪いな嬢ちゃん』『思考速度も三倍、反射速度も三倍、出力も三倍、速さもパワーも三倍なのよ僕ちゃんってさぁ』
その言葉にマリアが『あり得ない』と呟く。ただ性能が高いだけではなく、乗り手の能力まで三倍にする機体など普通に考えれば確かにあり得ない。だが、マリアにはそのことを気にしていられる余裕はなかった。
『なんだ? 鉄機兵の動きが鈍く!?』
『ついでに言うと猛烈な魔力喰いでもある』『ギミックウェポンだけじゃねえ』『鉄機兵自体が重いだろう?』
その言葉を聞くまでもなく、マリアは動きの異常を察知した時点で各部のマナメーターが魔力不足を訴えているのを確認していた。それは魔力の川からの供給がほとんど無くなっているということだった。魔力がなければ鉄機兵などただの人の形をした鉄くずだ。そして、踏ん張りのきかない『ディーアロンゼ』の腕からギミックウェポンの槍が奪われた。
『貴様ぁ、返せっ』
マリアが怒りの形相で叫ぶが、先ほどまでの機敏な動きを見せていた『ディーアロンゼ』の勢いはもう見る影もない。それはまるで蜘蛛の糸に絡まったかのようにゆっくりと鉄の腕が伸ばされるが『サーヴェラス』には届かない。
『ええ、こんなウンコくっせぇの欲しいのかよ』『ほーら、パパンのガーメだよぉ』『こぉしたかったんだろファザコン娘ヨォ』
『グゥッ、ふざけるな!?』
吠えるマリアだが動けぬ『ディーアロンゼ』の下腹部に槍が突き刺さり、衝撃で操者の座が揺れてマリアが呻いた。
『おいおいおい、子供できちまうぜ』『ウンコ臭ぇのがなあ』『似た者親子の孫が加わるってわけさ』
『遊んでいるのか。誰か、これを私の代わりに殺せ』
バキバキと破壊される機体の下腹部の音を聞きながらマリアが叫ぶ。だが周囲から彼女の配下の声は聞こえない。気が付けば、周囲にいた彼女の部隊はすでに全員が殺されていた。戦力が拮抗し、彼女たちは敵の大将を捉えたはずだった。だが、事実から言えばマリアたちは誘い込まれたに過ぎなかった。
『おいおい僕ちゃん、お前に親近感湧いてんだぜ』『親父の仇を狙ってるんだろ』『僕ちゃんもおんなじ境遇なんだよねぇ』
『黙れ。くっ、殺せ。遊ぶなら殺せぇえ!』
マリアの言葉にドルガが笑う。
四王剣マリア・カロンド、その存在を最初から知っていたからこそドルガは出陣してきた彼女を誘い出したのだ。だが、状況のすべてがドルガの思い通りに進んでいるわけではなかった。
『ドルガ様、南から敵の増援です。おそらくは例の』
槍を刺している途中でドルガへと配下からの通信が入ってくる。
その報告にドルガが少しばかり口元を吊り上げて笑う。それは待ちに待っていた報告ではあり、同時に今は目の前の楽しみを邪魔されたことへの苛立ちも少しばかりあった。
『いかがします? 迎撃に部隊を分けますか?』
『思ったよりも早い。タイミング悪いなオイ』『下手に突っ込ませても被害がでけえしなぁ』『んじゃあ今回は一旦下がるぞ。本命が来たんだ。仕切り直す』
『なんだ? どういうことだ?』
状況の変化を感じたマリアに対して、ドルガが笑いながら口を開いた。
『すまねえなファザコン嬢ちゃん』『ベラ・ヘイローが来たみたいだからよぉ。ちょっと伝言頼まぁ』『な、俺が殺すって伝えておいてよ。ヒャッハヒャハハハハ。頼んだぜぇ』
そう言いながらドルガは『ディーアロンゼ』の機体に槍を貫き通して地面に突き刺して固定すると、それから全軍に指示を出し撤退を開始した。そして獣機兵軍団が要塞の前から去り、南より現れたヘイロー混成軍がアルガンナに到着したのはそれより少し経った後のことであった。
次回予告:『第266話 少女、伝言を受け取る』
クッコロがしたいだけの人生でした。
しかしドルガお兄さんは三倍しゃべる分、三倍うるさいようです。
ベラちゃんも到着したようですし、お静かにって注意してもらわないといけませんね。




