第264話 少女、報告を受ける
『やはり傭兵程度では相手にならないようね』
傭兵たちとの戦闘も終わり、その場を去っていくヘイロー混成軍を眺めている存在が森の中にいた。それは鳥と蜥蜴の特徴を持つ異形の機体、つまりは混機兵であった。もっとも光学迷彩で姿を隠しているために、敵味方の誰一人としてその機体の存在には気付いていない。ケフィン率いる獣人部隊の魔獣の感覚ですらも欺くほどの隠密能力がその混機兵にはあったのである。
そしてその機体に乗っているのはデュナン隊に所属しているマキュリという女戦士だ。彼女は隠密能力と航空能力を持つ混機兵を所持しているが故に、獣魔ドルガの指示を受けてこの戦いを監視していた。
今回傭兵団をかき集めて作った即席のヘイロー討伐軍は獣魔ドルガの指示によるものではあるが、そもそも命じたドルガも彼らがベラを討てるとは思ってはいなかった。端的に言えば傭兵たちは捨て石だ。ひと当てすることで戦力を測ると共にヘイロー混成軍を消耗させたいという意図があったのだが、前者はともあれ後者はほとんど意味を為していない。多少の被害はあっただろうが、大きく消耗させられるような戦いにはならなかった。ただの正規軍ではなく精鋭揃いが相手だったとはいえ、傭兵団は数の上では互角で獣機兵までいたのだ。そのうえにベラの乗る『アイアンディーナ』も出陣してはいないのにこのザマである。
『ともかくあの傭兵たちも戦力を把握するのには役に立った。そう思うしかないわね。それよりもさっきの片翼はヘイローの、恐らくラーサ族の増援の部隊だろうけど……もう片翼は……』
マキュリがそう口にして目を細めながら去っていくヘイロー混成軍を改めて観察する。先ほどの戦闘でヘイロー混成軍が展開していたのは中央の部隊と左右の翼に該当する部隊とで正面から包み込むように攻め込むという、典型的なガンダル鳥の陣だ。中央は竜撃隊、左翼は竜撃隊ではないがヘイロー軍であり、本国より送り込まれた増援であろうことはマキュリにも分かった。
問題なのは右翼だ。旗印からそれがルーイン王国軍であることはパロマ出身であるマキュリにはすぐに分かった。いや、それ以上に彼女はその騎士団を知っていたのだ。何しろパロマの傭兵時代には遭遇すれば絶対に逃げろと言われていた相手だった。
『あいも変わらずの恐るべき練度。ラーサ族の荒々しさとは対照的ね』
その騎士団は鉄機兵と歩兵による典型的な編成であったが、歩兵が使用していたのは対鉄機兵兵装ではなく、対巨獣用狩猟具だった。
対鉄機兵兵装は元々巨獣を捕縛するための対巨獣用狩猟具をダウンサイジングして鉄機兵相手に使い易くしたものだ。
ベラの異名のひとつである赤い魔女は、彼女が戦いの場において鉄機兵よりも先に歩兵潰しを行って大地を血で赤く染め上げることからも来ているのだが、ベラとて己の趣向でそうしているわけではなく、ただ対鉄機兵兵装が恐ろしいから真っ先に潰しているだけのことであった。何しろ糸、色水、鎖などといったそれらは基本的に鉄機兵を倒すのではなく、動きを止めるために存在している。その場は逃れられても鈍った機体を動かし続けるのは戦場では命取りになるし、機動力を生かして戦うベラにとっては死に直結する。それほど鉄機兵にとって対鉄機兵兵装は鬼門であり、ベラのように真っ先に歩兵潰しを実行できなければ、鉄機兵と歩兵の編成で運用して使用されぬように立ち回るしかない。
対して対巨獣用狩猟具の基本設計は対鉄機兵兵装と変わらないが、より大掛かりで、幅が広く、鉄機兵よりも重量があり、力が強く動きの素早い巨獣を相手取るのに使用するものだ。それは獣機兵を相手取る際には対鉄機兵兵装よりも効力を発揮すると言われていて、実際戦場で運用する部隊も増えてきていたのだが、マキュリの目にはルーインの騎士たちがまるで手慣れた対巨獣用狩猟具を完全に使いこなしているように見えた。
『あれは間違いなくモーディアス騎士団だわ。となればあの男がいないはずがない』
確信を持ってマキュリはそう口にする。あの男とはすなわちモーディアス騎士団の団長であるガルド将軍。鷲獅子対戦を生き抜いた英雄のひとりだ。
『しかし新生パロマがいる状況でここまで彼らが抜けてくるのは……いや、もしかして戦争が終わったということ?』
そう言いながらマキュリがハッとした顔をする。
新生パロマ王国がルーイン王国軍に劣勢を強いられていることはマキュリの耳にも入っていたが、ザッカバラン山脈を迂回して得た情報であるためにいくぶんか古い。だが自国を取り戻す戦争に参加しているはずの軍がこの場にいるというのであれば、すでに戦争は終わったのだろうと考える方が自然だろうとマキュリは頷いた。
『そして山岳都市バルグレイズを落としたのは……すでに戦争を終えたルーインからエルシャへの経路を繋ぐため? それはあまり良い傾向ではないわね』
傭兵国家ヘイローがルーイン王国軍に手を貸しているのはマキュリも知っている。その見返りがあの場にいたルーイン王国軍だとすれば山岳都市の重要性が随分と変わってくる。このまま戦況が長引けば、エルシャ王国を奪還するための戦力の中継都市としてあの都市は機能していくだろう。そのことを頭の中で思い描きながらマキュリは頷いた。
『結局はヘイローをろくに消耗させられなかったが、ルーイン王国軍については良い土産話となる。であれば、ここらが潮時か』
この場での目的は果たした。そう判断したマキュリは操者の座内で握っているアームグリップを広げると、光学迷彩を解き、混機兵の両腕から刃のような翼を伸ばしていく。
すでにヘイロー軍からもそれなりに距離を取っており、ヘイロー軍の獣人部隊の魔獣を使ってもマキュリの混機兵『アブレス』には追いつけない。マキュリは己の機体を浮かび上がらせると、一気に空へと飛んで己が部隊がいるであろう要塞アルガンナの方角へと向かったのである。
**********
『総団長。一機、森の中から飛び出て空を飛んで離れていったぞ』
ローウェン帝国軍の傭兵部隊を壊滅させ、早々にその場を離れ始めたヘイロー混成軍の中心で移動している魔導輸送車。その中にいるベラは通信機からそんな報告を受けていた。通信機から出ている声は彼女の配下のひとりである獣人部隊を率いているケフィンのものだった。
「飛行型……航空型の精霊機……いや、鳥型の獣機兵かい?」
数は少ないが鳥型の獣機兵というのも存在してはいる。もっともマギノ曰く、鳥型は獣機兵化してもそのほとんどが飛べず、鉄機兵よりも弱体化してしまうのだという。成功率の低さから研究もあまり進んでいないという話であった。
『確かに獣機兵にも見えたが、あの混ぜ物のような形は混機兵だろう』
ケフィンの言葉にベラが目を細める。であればそれはデュナン隊のひとりだろうとベラは考えた。
「そうかい。今から飛んで追いつけるかい?」
『魔獣では無理だ。ガラティエなら……ただ、単独では』
「ああ、まさか待ち伏せているとは思えないが……ガラティエを危険にさらすのは悪手だね。だったらひとまずそいつは捨て置きな」
『分かった。引き続き警戒に当たる』
ケフィンからそう返答が返ってくるとすぐさま通信が切れた。
「ご主人様、また敵か?」
「まあね。森の中で隠れてたのが逃げていったらしい。まあトールハンマーは出していないし、連中が分かるのはルーイン王国軍が一緒にいるってことぐらいだろうさ。それよりも」
そう言ってベラが目の前の巨大な卵のようなものを見た。
現在ベラがいるのは魔導輸送車内のガレージであり、そこにあるのは機誕卵と呼ばれている物体だ。中にはベラの愛機である『アイアンディーナ』が今もまだ眠っている。
「ディーナの方はどうなんだい?」
「順調だよ。なあ、ディーナ」
ボルドの問いに卵が淡く光った。現在『アイアンディーナ』は魔導輸送車の中に収容されて運ばれている。そしてその中で連日調整し続けているボルドは、ベラ以上にこの機誕卵の中を理解している。だからこそボルドにはベラ以上に今の『アイアンディーナ』の状態が分かるのだ。
「到着までには仕上げる。まあ見てなよご主人様。あんたにとっての最高の相棒を用意してやるよ?」
次回予告:『第265話 少女、睨みつける』
途中のささやかなサプライズパーティも終わり、ベラちゃんたちは先へと進みます。ボルドお爺ちゃんは自信たっぷりのようですが、果たしてお人形さんのおめかしが到着までに間に合うのか……ちょっと気になりますね。




