第263話 少女、見守る
『団長、こりゃあ完全にやられましたねぇ』
団員の言葉に男が苦笑した。
男の名はモーディック・バストラ。彼が率いるバストラ傭兵団は、ローウェン帝国軍獣機兵軍団に雇われている傭兵団のひとつだ。もっともモーディックたちが獣血剤によって獣機兵乗りとなった時点で彼らはもはや自由に戦場を渡り歩く傭兵団ではなくなっており、事実上獣機兵軍団に属した兵隊となってはいるのだが。
『まったくだ。また混ざりモンにハメられたか?』
『あのごちゃ混ぜ野郎どもならあり得ますよ』
モーディックたちは以前に混機兵のデュナン隊に乗せられてベラたちを襲った傭兵団のひとつだ。その結果として、彼らは許可なくベラ・ヘイローへと挑んで逃げ帰ってきたと獣魔ドルガの怒りを買ったのだが、現在はドルガ自身からベラ・ヘイローと彼女の部隊の殲滅を命令されて動いているところであった。
ドルガが用意した兵力は以前の倍。ヘイロー軍には手痛い目を見たモーディックたちではあったが、さすがにそれならば……と考え、今作戦に参加していたのである。そして、彼らは獣機兵軍団の本隊とは分かれて山岳都市バルグレイズから要塞アルガンナの間にある森の中でヘイロー軍を待ち伏せていた。ヘイロー軍が要塞アルガンナに向かう途中の横腹を狙い、ベラ・ヘイローの首を取る……という算段で彼らは動いていたわけだが、その予定はすでに崩れている。
『しかし、本当に最近は貧乏くじばかりだな』
モーディックが眉をひそめてそう呟いた。
敵はモーディックたちの待ち伏せを事前に察知し、ルートを変えてまっすぐに森に向かって来たのだ。さらに悪いことにヘイロー軍の兵力は想定していた数の倍……つまりは今のモーディックたちとおおよそ同数。すでにモーディックたちはこの戦いに勝利がないことを理解していたが、ヘイロー軍の実力を知らぬ者たちにとってはそうではない。特に獣機兵に成ってから常勝であった傭兵団の団長たちは、同じ数の敵に負けるわけなどないと退くという選択を良しとはしなかった。
『相手がラーサ族だろうが数で挑めばなんとかとは思っていたんだがなぁ。まさか増援とは……うぉ、ありゃ敵さんの巨獣機兵が仕掛けてきたのか?』
モーディックは弧を描きながら巨大な火球が味方の部隊へと落ちて爆発した光景を目にして呻いた。
火球が落ちた先にいたのは真っ先に手柄を得ようと先陣を切った傭兵団のひとつだ。彼らは以前にヘイロー軍と対峙したことはなく、手に入れた獣機兵の力に心酔している者たちだった。
数にものを言わせて弱らせながら戦う予定であったモーディックにしてみれば、鼻息の荒い連中が前に出てくれるのはむしろありがたいとも感じていたし、今でも時間稼ぎとなってくれているのだから得難い存在でもある。けれども、あの様子では壊滅するのは時間の問題だろう。
『言わんこっちゃない。ま、こっちはこっちで好きにやらせてもらうけどな。幸いこちらの相手は雑魚だ』
モーディックがそう言って、正面に迫る敵を見た。
勢い任せに先行した連中とは違い、モーディックたちはまだ相手と接触していない。また当たる相手はヘイロー軍の竜撃隊ではない。陣形の片翼を担っている増援の軍であり、その相手はラーサ族でもエルシャの騎士でもない国の旗を掲げていた。そして、その旗を見てモーディックが笑う。
『旧ルーイン王国の亡霊。滅びた国を捨ててヘイローに亡命でもしたのかね。いや、本当に助かったぜ』
モーディックは新生パロマ王国が危ういとは噂で聞いていたが、すでに国が奪還されているとまでは知らない。獣機兵が台頭した当初にローウェン帝国の標的にされた国のひとつというぐらいの認識でしかない。
『どうしますか団長?』
『どうするもこうするもヘイロー軍の殲滅はドルガ様直々のご指示だぞ。とはいえこっちの戦力じゃあそりゃ無理だ。となれば、最悪でも何かしら成果を残せないと俺らの未来はねえんだが……まあ、幸いなことにその成果が俺らの目の前にやってきてくれている』
モーディックの言葉に彼の配下から笑いが漏れる。
どうするべきかは決まっていた。味方がヘイロー軍と当たっている間に自分たちはルーイン王国軍の指揮官を討ち取り、それを成果として持ち帰るのだ。それがここでの最善であるとモーディックも彼の配下も信じて疑っていなかった。逃げた亡国の弱兵が諸処の事情によりやむなく他国の軍事に協力させられている……その程度の状況なのだと『見誤っていた』のである。
**********
『ほぉ、あれが本来の巨獣兵装の威力というわけか。恐ろしいものだな』
ガルドが戦列の後方で鎮座している『トールハンマー』の中でそう呟く。
数刻前にベラの部隊が発見したローウェン軍に対して、すでに戦いの火蓋は切られていた。
森に隠れて機会をうかがっていたローウェン軍はすでに気付かれて進軍してくる様子に慌ててはいたようだが、ともあれ森を抜ければ障害物のない草原だ。相手も足場の悪い森の中よりも草原で戦うことを選択したようであった。
そして両軍は正面より激突したのだが、中央の竜撃隊と当たったローウェン軍が無残にやられていく様は遠目からでも凄惨で、ガルドですらも見ていて笑いがこみ上げてくるほどのものだった。混機兵『レオルフ』の巨獣兵装と槍尾竜ガラティエの炎のブレスという複数の敵を同時に葬る兵器の存在と、それらを守る竜撃隊の見事な陣形には感嘆と同時に空恐ろしさを感じさせられた。
『あれは敵には回したくはないな』
ガルドの言葉に配下の騎士が頷く。
『レオルフ』やガラティエの範囲攻撃は一度発動すれば、歩兵なら数十、鉄機兵であっても十に及ぶ機体に被害を及ぼすことができるのだ。さらには『レオルフ』とガラティエを護る竜撃隊が厄介だ。彼らがいては『レオルフ』たちに近付くこともできない。そこに『アイアンディーナ』が復帰してしまえばそれはさらに強固なものとなるのだろう。
当然ベラたちは味方であり戦うべき相手ではないが、ローウェン帝国とて同様の戦術をとってくる可能性は高い。ガルドにしても現時点において考え得る効果的な対抗手段は数で押して殺しきる物量戦ぐらいしか浮かばないし、今後の戦いのことを思えば巨獣機兵や巨獣兵装を攻略する手段を何か見出さねばならないとガルドは強く感じていた。
『まあ、ともかく今はあてがわれた敵の対処だ。我は待機しているが問題はないな?』
『はっ。獣機兵が多少混じっていますが、隊列を見る限り練度は低いようです。将軍が出るまでもない相手でしょう』
配下の言葉にガルドが笑う。ガルドがいることをまだ相手には悟らせたくはないと判断したベラとガルドは、今回『トールハンマー』を戦闘に出す予定はなかった。
『巨獣機兵どころかべへモスタイプもおらぬのではな。まあ、所詮はゴロツキだ。我などおらずともこの程度、ものともせぬと見せてみよ。我が精鋭、我が剣たちよ』
後方に控えている『トールハンマー』より届けられたガルドの言葉にモーディアス騎士団が応と返して一糸乱れぬ動きで敵の掃討を開始した。そして結果は言うまでもなくヘイロー混成軍の勝利であった。日も落ちぬうちに戦いは終わり、潰走する傭兵たちを尻目に彼らは要塞アルガンナへの進軍を再開することとなった。
なお、特にモーディアス騎士団と刃を交えた傭兵団はひとりも生き残ってはいなかった。成果を焦り過ぎたのか、前に出過ぎたことですぐさま取り囲まれ、呆気なく壊滅していたのである。
次回予告:『第264話 少女、睨みつける』
今回のベラちゃんは見守っているだけでした。




