第262話 少女、発見をする
「見たか、あのリンロー総団長副官の姿をさ?」
「ああ、恐ろしいな。あの副官が実家のミーゴが叱られた時みたいになってやがったぞ」
「あそこまで見事にやられた後にあの総団長の殺気を受けたんじゃあ仕方ないさ」
「総団長はあのガルド将軍と引き分けたらしいからな。ヤバイって」
「けど、そりゃあ四年前の話だって聞いたぞ。となれば今なら」
「おお、そうだな。総大将は成長期だ。今やり合えば将軍とて敵ではないはず」
「って、おい。ちょっと待て。総団長の四年前って、まだ赤ん坊じゃないのか?」
「さすがにそりゃぁ違うだろ……けど、あの人いくつだったっけか?」
道中にそんな兵たちの会話を響かせながら、ヘイロー・ルーイン・エルシャの混成軍は要塞アルガンナへと向けて進軍を開始していた。
現在のヘイロー軍は竜撃隊の他に本国より増援として派遣された部隊が増えている。またそこにモーディアス騎士団とフォルダム騎士団もいるのだから、ベラたちがこの国に来た当初に比べると随分と戦力は拡充されていた。
そして彼らはすでに城塞都市バルグレイズより出立しており、その間の道中での兵たちの話題の多くはリンローの混機兵『レオルフ』をガルドの鉄機兵『トールハンマー』が討ち破ったことやその後のベラの反応についてのことだった。
模擬戦後、ベラはガルド将軍を褒め称える一方で、これでもかというくらいにリンローを殺気を込めながら糞味噌に罵っていたのだ。であればリンローが怯えてしまうのは無理もないことだったし、その様子は勇猛果敢で知られるラーサの戦士たちでさえも心胆寒からしめるほどのものであった。
ともあれ、ベラの当初の目論見通りにガルド将軍と彼が率いるモーディアス騎士団を侮る者はもはやヘイロー軍にはおらず、順調に進軍は行われていた。
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「ハァ、負けることは分かってたさ。分かってはいたが、全力で遊ばれて、一矢報いることすらもできなかったってのが不甲斐ない。ディーナが起きていれば、あたしが秒殺していたところなんだが」
進軍する混成軍の中心で移動している魔導輸送車の中で、ベラがそう口にする。無論ベラが秒殺するつもりなのは『トールハンマー』ではなく『レオルフ』の方であった。そして、ベラの言葉にその場で護衛についていたガイガンが苦笑する。
「リンローと『レオルフ』は我が軍でも随一の火力を誇るのですから殺されては作戦に支障が出ますがね」
「分かってる。だが、それで満足されても困るのさ」
ベラの言葉にはガイガンも頷いた。
なお、話題の中心であるリンローはケフィンと共に周囲の哨戒を自ら買って外に出ていた。
何しろ混機兵『レオルフ』の機竜形態は四脚で鉄機獣に近い運用も可能なのだ。鉄機兵を大型化した機人形態の戦闘力は元より、機竜形態の竜頭より放たれたブレスを前面に出した突撃や、巨獣兵装『フレイムボール』による遠距離の範囲攻撃など運用性の幅では『レオルフ』は『アイアンディーナ』や槍尾竜ガラティエすらも大きく上回っている。ガルドにしてやられたからといって当然『レオルフ』の有用性が損なわれたわけではなかった。
「『レオルフ』の使い勝手が良いのは分かるんだけどねえ。あたしはアレを甘やかし過ぎたのかもしれないね」
「リンローとガルド将軍の力量や経験差を考えれば、仕方のないことでもありましょう。同サイズの機体との戦闘などリンロー副官にも経験がほとんどないことですし」
ガイガンの言葉を聞いてベラが眉をひそめながら舌打ちする。
「そこは分かってるさ。リンローは今のレオルフを扱いきれていない。追い込まれるほど必要とされる事態もなかったからね。こうなると無理にでもオルガンのオーガ部隊と合同で訓練させるべきだったかね」
オルガンが主に率いているオーガタイプの獣機兵の平均全長は5メートルあり、本国では現在べへモスタイプに対する仮装敵として訓練に参加していたりもしていた。
とはいえ、リンローは獣機兵兵団を抜けた負い目から獣機兵兵団とは距離を取っていたために、そうした訓練は今まで行われてはいなかったのである。
「ベラ様、ガルド将軍も訓練の相手の不足を補うために巨獣を相手に戦闘経験を積んでいたそうですが……」
パラが伝え聞いた話を口にすると、ベラもそれには頷いた。
「ああ、それに倣えというのは良い意見さパラ。しかし、今リンローに山籠りをさせるわけにもいかないしねぇ」
そう言ってベラが肩をすくめた。実際、ガルドが人型の巨獣を選んで戦闘訓練を行っているとはベラも聞いていたのだが、それも戦争がない、平和な時代のお話だ。今のベラたちにリンローを遊ばせておく余裕はなかった。
「であれば総団長。差し当たってはケフィンに話を通し、ガラティエと組ませるのがよろしいかと。アレも憑依術が慣れた頃合い。細かな動作の訓練を希望しておりました」
「なるほどねえ。じゃあそいつはガイガン、あんたに任せるよ」
「承知いたしました総団長」
ガイガンがそう返し、この話題が終わろうとした次の瞬間だった。通信機からリンローの声が響いてきたのだ。
『総団長、報告だ。敵の姿が確認できた』
「なんだいリンロー、まさかこっちの話を盗み聞きでもしてたのかい?」
突然挟み込まれた通信機からの声に思わずベラがそう口にしたが、リンローからは『なんです?』と訝しげな返事が返ってきた。その返答にベラが少しだけため息をついた後で通信機を見た。
「なんでもないよ負け犬。それで何の用だい?」
『ひでえ言い草だ。いや、そもそも敵の姿が確認できたって言ったでしょう』
「ああ、そうだったね。パラ、地図を」
「ハッ!」
ベラの指示に反応してパラが周辺の地図をその場に広げる。それは要塞アルガンナからエルシャ王国領の南部の地域が描かれているもので、現在のベラたちの進攻ルートと記されていた。それを目でなぞりながらベラが口を開く。
「その先にあるのは森かい?」
『ええ、そうです。そん中にローウェンの部隊がいます。ケフィンの魔鳥偵察部隊からの報告じゃあ、現在のウチと大体同じくらいの数だそうで』
その言葉にベラが眉をひそめた。現在のベラたちと同数の敵。それはおよそ竜撃隊の倍近い戦力だ。本国からの増援やモーディアス騎士団なしでも負けるつもりはベラにはないが、それでも少なからず被害は出ていたかもしれない。
「タイミングからしてあたしらを狙った待ち伏せだろうが……それも以前のこっちの兵力を把握している相手ってことは混機兵部隊かねぇ?」
『確認した限りでは混機兵の姿は見当たりませんでしたよ。獣機兵と鉄機兵の混成のようですが、どうします?』
その言葉を受けてベラは考える。無論背を向けて逃げ出すという選択肢はないが、であればどう対応するべきか。それから地図の上を指でなぞりながらベラは思考し、少ししてからガイガンに視線を向けて口を開いた。
「まあ、いいかい。ガイガン、一旦移動を停止させな」
「承知しました」
それからベラの視線は通信機へと向けられる。
「リンロー、こっちのことはまだ気付かれてはいないかい」
『動きはねえっすよ。どうしますか?』
そのリンローの問いにベラが少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。
「なーに。相手が以前のこちらに対抗して用意された連中だとするなら……ちょっとからかってやろうかと思ってね。まあ、何にせよあんたも戻ってきなリンロー。名誉挽回の機会をくれてやる。モーディアス騎士団にあんたの力を見せつけてやるんだ」
次回予告:『第263話 少女、睨みつける』
どうやらベラちゃんたちをお出迎えするための準備はすでに整っていたようです。さあ、みんなで仲良く遊びましょうか。




