第261話 少女、頭を抱える
審判役を買って出たガイガンの鉄機兵『ダーティズム』がウォーハンマーを振り上げると、戦いの開始を告げる鐘がその場に鳴り響いた。そして兵たちの歓声の中で二機の巨大な鉄の巨人が中心の炎を前にして対峙する。
そして鉄機兵『トールハンマー』が 混機兵『レオルフ』の前で己の得物であるハルバードを地面に突き立てた。
その様子にベラが目を細め、モーディアス騎士団がおおっと声をあげる。
その意味するところを正確に理解できているのは闘技場内でもそう多くはない。ただ鉄機兵『トールハンマー』から湧き上がる闘気が、その行為が戦いを放棄したものではないということを物語っていた。
そしてリンローの方はといえば、ガルドの意図に気が付き、ニンマリと笑みを浮かべていた。
『ほほぉ。そりゃあ、つまり鉄拳魔人の本領を見せていただけるというわけですかい?』
その言葉にガルドが『ああ』と返して頷く。
ガルドの『トールハンマー』は通常戦闘ではハルバードという武器を使用している。このハルバードとは斧と槍、ピックを合わせたような武器であり、それ一本で斬る・突く・潰すといった多様な攻撃を繰り出すことが可能であった。もっともそれ故に扱いの難しい得物でもあるのだが、当然ガルドもハルバード使いとして一流の腕を持っている。
けれどもガルドの本来の戦闘スタイルはハルバードを使用してのものではない。何しろガルドの二つ名は『鉄拳魔人』だ。ガルド・モーディアスの本領、それは鉄拳飛弾と呼ばれるギミックを持つ両の拳を使った時にこそ発揮される。
『リンロー副官、そなたは我と『引き分けた』あのベラ・ヘイロー総団長の副官なのだろう。であれば敬意を示そう。ラーサの戦士リンロー。我が拳を味わってみるがいい』
その返しに周囲がざわめいた。
モーディアス騎士団は四年前のベラとガルドの手合わせのことを知っていたが、ヘイローやエルシャの兵たちでその事実を聞いたことがある者は少ない。
今や傭兵国家ヘイローの中でベラ・ヘイローは軍神の如き扱いを受けてはいるが、さすがに四年前のルーイン王国で活躍していた頃の詳細まではあまり伝わっていないのである。
だからこそ、その言葉が偽りであればベラの顔にも怒気が湧き上がるのではないかと兵たちがチラリとベラへと視線を向けたのだが、当の本人は笑みを浮かべながら果実を頬張っているだけだった。特に気にした風でもなく、激昂した様子もない。であればガルドの言葉は事実なのだろうと彼らも理解し、この後に起こるであろう激戦を予感してさらなる歓声があがった。
『チッ、こっちの気も知らねえで盛り上がっていやがる。こっちは気配だけで殺されそうだって感じてるってのにな』
リンローが目を細めて、そう口にする。
ハルバードを手放した瞬間から目の前の機体から発せられる重圧が一気に増したのをリンローは感じていた。それは並の兵であれば後ずさりしてしまうほどの、己の主人に近い気配であろうと。そして、その言葉にガルドがクスリと笑う。
『観客とはそういうものだ。けれどもリンロー副官、気持ちが盛り上がっているというのであれば、そなたとて同じであろうに』
その言葉にリンローの口元が吊りあがる。ガルドの言葉はまったくもってその通り。誰よりも期待しているのは、観衆ではなく己なのだと。そんなことをリンローは思いながら人が見れば凶相と言われるような笑顔を浮かべてアームグリップを握り締めた。
『とはいえだ。こちらも両拳を振り上げた以上は、下手も打てんのでな』
ガルドがそう言って『トールハンマー』の両腕を前に出すと、直後に二本の鉄拳が炎を吐き出しながら腕から飛び出していった。
『いきなり出してくるのかよ!?』
対してリンローは叫びながら『レオルフ』の腰を落として構えさせた。棘鉄球のメイスを振るってどちらも弾き、相手の懐まで一気に突撃する。そう判断しての動きであったが、けれどもその程度のことを簡単にさせられてしまうのであれば、ガルドという男はとうの昔に死んでいる。
『はっ?』
そして、直後に目の前で起こった状況を見てリンローが思わず叫んだ。
混機兵『レオルフ』とぶつかる直前にふたつの鉄拳が互いに激突して左右に弾かれたのだ。
『なんだそりゃ!?』
その様子に驚きの顔を見せながらもリンローはアームグリップを引いて『レオルフ』のメイスを振るう手を押し留める。もはや対象の軌道は大きくそれており、 当たらないメイスを振るう意味がない。もっともそれを見ていたベラは苦笑していた。
「馬鹿だねリンロー」
果実を頬張りながらベラがそう呟く。
ベラの見る限り、リンローの行動は悪手であった。この場でリンローはメイスを押さえるのではなく、手放すべきだった。そうでなければ次が凌げない。だがリンローにその事実を気付く余裕はない。
次の瞬間、宙を舞っていた左の拳が再度炎を噴射しながら無理やり止められたメイスを掴み、さらには右の拳も空中で軌道を変えて下方より『レオルフ』へと向かっていく。だがリンローとて一流の戦士だ。メイスを奪われたとしても、続いて右拳の攻撃まで喰らうほど甘くはない。
『させるかよ!』
リンローが叫びながら咄嗟に左腕のガントレットで拳を受け止める。衝撃で操者の座が揺れ、『レオルフ』は仰け反ったが倒れてはいなかった。けれども『それも』悪手であった。
『って、なんだこりゃ?』
リンローが悲鳴のような声をあげ、闘技場内もざわめいた。
拳を受け止めたはずの『レオルフ』の左腕は『トールハンマー』の右の鉄拳によって掴まれていた。ガルドは最初から殴りかかるのではなく『レオルフ』を捉えるために掌底でぶつけ、そのまま『レオルフ』の腕を掴んでいたのだ。
『さて、捕まえたぞ』
ガルドの声が響く。棘鉄球のメイスもすでに放り捨てられて闘技場の端に転がされており、また一瞬の隙をついて『レオルフ』の右腕も左の鉄拳によって掴まれた。そのどちらの鉄拳も炎こそもう出てはいないが『トールハンマー』から伸びた鎖と繋がっており、もはやリンローの乗る『レオルフ』は繋がれた獣も同然の形となっていた。
『しゃらくせえ。いくら同じサイズであったってなあ。パワー勝負なら鉄機兵にゃあ負けねえよ』
その状況に焦りながらもリンローが力任せに鎖を引っ張ろうと動き出す。実際リンローの言う通り、パワーにおいては鉄機兵である『トールハンマー』が混機兵の『レオルフ』に及ばないのは事実だ。
竜機兵と獣機兵の因子を持つ混機兵。それは決して侮って良い存在ではない。
けれども『トールハンマー』がこれまでにこのやり方で対峙してきた相手は主に巨獣なのだ。これは己よりもパワーのある相手に対して行う戦術なのであった。
『オラァッ…… くそ、鎖を伸ばした?』
『引こうとするなら伸ばせば良い。逆にこの状態であれば、そらっ』
『チィ』
伸びきった鎖を今度は『トールハンマー』が一気に引き、『レオルフ』が引っ張られて体勢を崩した。そしてすぐさま機体に鎖が絡まり、ガルドの為すがままにリンローの機体は縛られていく。
『こんなもの、俺の炎で引き千切れば』
『ふむ。そうなる前に終わりとしよう。どうかなリンロー副官』
リンローが己の機体の胸部にある竜頭からファイアブレスを吐き出させようとする前に、いつの間にか『トールハンマー』が地面から抜いて掴んでいたハルバードの先がスッと『レオルフ』へと向けられていた。
その状況にリンローはもはや声も出せない。全身が鎖で絡まって身動きは取れぬうえに、相手がその気になれば操者の座を串刺しにできる状況。それはもはや誰の目にも明らかな決着の形であった。
『そこまで。勝者、ガルド将軍!』
そして、審判をしていたガイガンの声が響き渡り、兵士たちの歓声がその場に響き渡る。終わってみればリンローはまるで子供扱いされたかのようにガルドに対して大敗を喫していた。そしてベラは……
「いやぁ、さすがに手玉に取られ過ぎだねえ」
そう口にし、想像以上の己の部下の不甲斐なさに頭を抱えるという珍しい姿を晒していたのである。
次回予告:『第262話 少女、睨みつける』
なんだ、あの機体性能に頼っただけのクソ雑魚なめく……いや、ガルドオジさんにしてやられたというところでしょうか。ベラちゃんもちょっと反省会を開きたくなっているようですよ。
※次週(4/16)は所用によりお休みします。
次の更新は4/23となります。




