第260話 少女、見守る
「本当によろしいのですかベラ様?」
山岳都市バルグレイズ内にある闘技場の中でパラが己の主人に疑問の声をあげた。
「出立前の余興だ。兵たちの退屈しのぎにもなるだろうよ」
対してベラは面白そうな顔をしてそう返す。
現在ベラたちの前では6メートルある二機の大型の機体同士が対峙しており、その周囲のすり鉢状の観客席には兵たちが興奮の声をあげて並んでいた。
そこにはヘイロー軍やエルシャの騎士たち、それにモーディアス騎士団の面々も並んでいて、四方には大盾を構えた鉄機兵が壁役として配置されている。
この場は山岳都市内にある闘技場であった。戦時下である現在では鉄機兵の駐留場や資材置き場となっていたのだが、数刻前のリンローの手合わせの申し出をガルドが受けたことですぐさま解放されることとなり、リンローとガルドの戦いの場として用意されたのである。
そんな状況の中で、パラはこの対決に対して納得できないという顔をしていた。その理由は主にふたつあった。
「そうではありません。出立の時間も既に押していますし、それにこの場でリンロー副官がガルド将軍に勝ってしまった場合にはしこりが残るのではありませんか?」
「ハァ、そんなことを気にしてるのかい?」
ベラが呆れたような顔でパラにそう返す。
「そんなことと言いましても……私はベラ様がリンロー副官を叱り飛ばすと思っておりました」
あの場でのリンローの態度は少なくとも救援に来てくれた他国の将に対するものではないとパラは感じていたし、それはベラも同じだろうとも。けれどもベラは「分かってないね」と返す。
「分かってない?」
「うちの連中はやっぱりラーサ族がメインだからね。外の人間の実力を下に見ちまうことが多い。ガイガンの世代ならともかくラーサ族の内乱で殺し合いをしてきた若い世代にゃあ外の戦争も大戦帰りってのも実感が持てていないだろうよ。エルシャの弱兵ぶりを見ては尚更さ」
ベラがそう断じる。ローウェン帝国の獣機兵軍団はともあれ、戦士の部族であるラーサ族は確かに他種族に比べても戦闘能力が高い。エルシャ王国軍に関しては上位の戦闘能力を持っていた者たちがすでに壊滅に近い状態にあることもあるのだが、少なくとも竜撃隊が遭遇したエルシャの騎士団は手応えのないと言える者たちばかりであった。しかし、ベラとしてはモーディアス騎士団を同様に過小評価されても困るのだ。だから戦場に向かう前に力を示してもらえるのであればベラにとっては歓迎だった。
「リンローはわざわざ恥をかくことを買って出てくれたんだから邪魔をするつもりもないさ。むしろ叩きのめしてやれとガルド将軍には言ってある。相手に華を持たせられるし、あいつにお灸をすえる意味でもちょうどいいだろう」
その言葉にパラがキョトンとした顔をする。リンローの混機兵『レオルフ』は獣機兵と竜機兵の因子を併せ持つ強力な機体だ。
同サイズとはいえ、出力は鉄機兵である『トールハンマー』を上回っているのはいうまでもなく、総合的なスペックも同様のはずである。竜撃隊でもベラを抜かせばリンローを止められるのはガイガンくらいだろう。けれどもベラはリンローが勝つとはまるで考えていないようだった。
「リンロー副官が負けるのは確定という言いようですね。そこまで差がありますか?」
「あるねえ。いまだに機体に遊ばれてるリンローじゃあ勝負にゃあならんのさ」
その言葉にパラは言葉を返せない。
「とはいえ、ガイガンじゃあまともにやり合えば殺し合いになるし、あたし以外に鼻っ柱を折れる人間がいるのはいいことだ。だからリンロー、あいつにとってもこれはいい経験になるだろうよ」
そう言ってベラは横に置かれたラガの実を口に入れた。
**********
『さて、手合わせ受けていただいて感謝しますよガルド将軍』
ベラとパラが話している一方で『レオルフ』の中ではリンローが舌舐めずりをしながら目の前にいる6メートルサイズの巨大な鉄機兵を見ていた。
それは鉄機兵『トールハンマー』。鷲獅子大戦の生き残りにして、ルーイン王国を奪還した英雄ガルド・モーディアスの愛機である。無骨で頑丈そうな全身と特徴的な巨大な拳を持つその機体はハルバードを握っていた。
『何。こちらとしても巨獣兵装といったか……その、敵の持つ力のほどを知りたい。貴殿の申し出はありがたいところだ』
ガルドの目当ては『レオルフ』の所持する巨獣兵装である。ここより先、恐らくは死闘となるであろう要塞アルガンナでの戦いを前にその能力を兵たちに見せておきたかったのである。
『オーケー。とはいえだ。約束とはいえ、あんたに撃つわけにもいかねえからな。まあ、一戦交える前の余興としてお見せしましょうかね』
リンローがそう言って 操者の座の中でアームグリップを大きく引き上げると『レオルフ』の肩部に設置された半球に近い形をした装甲が動き出し、それは両腕の先まで移動して左右のパーツが重なって繋がると壺のような大砲の形へと変わっていった。それを見てガルドが『ほぉ』と感嘆の声をあげる。
『それが巨獣兵装というものか?』
『ああ、そうだ。フレイムボールって呼んでる。ちょいと待ってくれ。中心に薪を積んでおいた。そこにこいつに……』
リンローが巨獣兵装『フレイムボール』を起動させる。そして砲身内部の魔法陣に魔力が流れて魔術式が構築され、巨大な炎の球体が生み出され、
『くれてやる!』
リンローがトリガーを引いたのに反応して『レオルフ』から火炎球が闘技場の中心へと放たれ、兵たちの目の前で爆発した。
「おぉおおお、これは凄まじい!?」
「さすがリンロー副官だ」
「こんなものが戦場で飛び交うと?」
そして、それを見た兵の中からいくつもの雄叫びのような声があがった。それは恐るべき力への畏怖と、それが味方であることの歓喜の混じったものだ。目の前でその様を見せつけられたガルドもまた兵たちと同様の想いだった。
『なるほど……これは凄まじいな』
『といっても、これで出力半分ってところだ』
背部のパイプから膨大な銀霧蒸気を噴き出しながら、リンローがそう言って笑う。その言葉は正しく、全力で放ってはガルドどころか飛び散った炎が観客席にいる兵たちに落ちかねない。
『全開で撃てば五、六機の鉄機兵は巻き込める。ま、俺のフレイムボールは巨獣兵装の中でも消費魔力が少ない方だし、発動時間が短いので取り回しがいい。けど、その分巨獣機兵の巨獣兵装の中じゃあそれほど威力があるわけでもない』
『今ので半分。さらにこれ以上のものもあるのか。それは本当に厄介だな』
さしものガルドも与えられた事実の前には唸らざるを得なかった。自身でも直撃すれば即死、距離を取っても近ければダメージを負うだろう。彼の配下にしてもそれは同様だ。そもそも戦場で避ける余裕があるのかという問題もある。
『ま、今んところ、ヤツラは数も少ないしデカいからすぐに分かる。10メートルクラスはあるから観測しやすいしな。まとまったところに撃たれるとキツいが、見つけたらやられる前に突っ込んで乱戦に持ち込みゃあ、なんとかなるんじゃないか。それと門も壁も破壊するだけのパワーがあるから攻城兵器としても使われるだろうな』
『なるほど。こちらもそれに応じた対策を考慮するとしよう』
ガルドがそう言って、それから持っているハルバードを構えた。
『では良いものを見せてもらった礼だ。望み通りの手合わせといこうか』
『乗り気だね将軍様。ありがたい。そんじゃあ始めましょうや』
対してリンローも野獣の笑みを浮かべて棘鉄球のメイスを振り被る。
そして、多くの兵たちの歓声を受けて全長6メートルある大型の機体同士のぶつかり合いが始まった。
次回予告:『第261話 少女、勝敗を告げる』
成長を望んでいるからこそベラちゃんは心を鬼にしてリンローお兄ちゃんを止めませんでした。良い女とは決して甘やかすばかりではない。ベラちゃんはそういう機微を分かっている女の子なんですね。




