第258話 少女、婚約破棄をする
「来たぞぉぉお」
街の中で声があがる。もっともそれは来訪者を歓迎するものであった。
山岳都市バルグレイズの門をとある騎士団が潜り、市中を行軍していたのである。それを町の住人たちが歓声をもって出迎えている。そして、その騎士団が掲げている旗印はエルシャ王国のものでも、傭兵国家ヘイローのものでも、ましてやローウェン帝国のものでもない。描かれていたのはルーイン王国と、ルーインの武門としても名高いモーディアス家の紋章だ。
『へぇ。あれが鉄拳魔人ガルドの機体トールハンマーか。俺のレオルフと同じ大きさかよ』
『鉄機兵でありながら、べへモスタイプと同サイズ。機体バランスを崩さず、あの大きさまで育て上げたことを考えれば、それだけあの家が心血を注いで生み出したものということなのだろう。しかし、自国を取り戻してすぐにこちらに来るとはな』
配下とともに己が機体に乗ってモーディアス騎士団の護衛についているガイガンとリンローがそんなことを話しあっていた。
今回の彼らの来訪は突然であった。
ルーイン王国軍がザッカバラン山脈の麓にある城塞都市ラミアスまで攻め入り、ついには新生パロマ王国を完全に滅ぼしたとの報告は実はすでにこの山岳都市バルグレイズにも届いている。もっとも、現時点においてエーデル女王の名の下にルーイン王国は復活し、傭兵国家ヘイローに協力する形でエルシャ王国奪還のための兵を送る……という情報がベラのもとに到達したのは昨日のことだった。
それはルーイン王国から傭兵国家ヘイロー、エルシャ王国へと経由して届けられたものであり、ルーイン王国からザッカバラン山脈を経由して直接やってきたモーディアス騎士団の速度と大差がなかったのである。
『ま、うちからも結構な兵を送っての奪還だろ。返す金がないから、身体で払うってわけじゃないのか?』
『そう考えるのが妥当であろう。もっともガルド将軍はうちの総大将と知己らしい。ローウェンへの怒りもあろうが、国政とは関係なく協力したいという想いがあるのも事実なのかもしれんな』
『大戦帰りの猛者直々に来たとなれば、そうかもしれないな。あの人と知り合いってんならなおさらか』
鷲獅子大戦の生き残りでもあるルーイン王国の将軍ガルド・モーディアス。その名はエルシャ王国にも響き渡っており、ルーイン王国を取り戻した英雄ガルドの到来はローウェン帝国への深い怒りを抱くエルシャの民の胸に新たな期待を生んでいた。そして、ガルド将軍とモーディアス騎士団は領主の館へと招かれ、久方ぶりにガルド・モーディアスとベラ・ヘイローは再会したのであった。
**********
「よく来たねガルド将軍。城塞都市ラミアスを落として、そのまま山を越えてくるたぁ、そんなに早くあたしに会いたかったのかい?」
「はっはっは、久しいなベラ総団長。我をフッた女と会うのは少々勇気がいったが、王城に戻るのも億劫でな。何、そういう気分の兵のみを連れてきた。役には立てるだろう」
領主の館内で再び出会った二人がそう声を掛け合う。
新生パロマ王国は滅びたのであれば、その次はルーイン王国の復興が待っているはずだが、ガルド将軍はそこには参加せずにザッカバラン山脈を越えて、このバルグレイズまでやってきていた。すべてはローウェン帝国を討つために。
「まあ、ありがたいことだよ。しかしジグモンドは一緒じゃあないのかい? ああいう男こそ、あたしには必要なんだけどね」
「アレは王都に帰らせた。あの男はルーインに必要な人間だ。悪いが我で我慢してくれ」
ガルドが肩をすくめて笑う。
ジグモンド・フェリーデン。それはガルド将軍の副官であり、ベラの知己でもあるが、何よりも頭の回る男であった。参謀のいない竜撃隊にとってはそうした男の協力こそが必要だとベラは考えていたのだが、あの男を必要としているのはルーイン王国も同様であったのである。
「ハッ、何を言ってんのかね。必要というならあんたこそそうだろう、将軍閣下?」
「ふん。我が武はあの国ではもうしばらくは必要とされまい。隣国とは協力体制にある。パロマ王国やビアーマ共和国、連中は一度は裏切った国だが、今すぐに動くということはない。傭兵国家ヘイローという後ろ盾は小さくはないからな」
かつてはローウェン帝国に唆されてルーイン王国を襲った二国だが、パロマ王国は新生パロマ王国の離反により、ビアーマ共和国は戦後の扱いを蔑ろにされたことで、共に現時点では表明こそしていないが反ローウェンに属している。加えて、新生パロマ王国となった軍の離反によって戦力が少ないパロマ王国と元々軍の弱いビアーマ共和国が傭兵国家ヘイローの後ろ盾があるルーイン王国へと攻め込むことなどできるわけもなく、それどころか周辺国に狙われる立場に落ちてもいるため、ルーイン王国との協力国であることを堅持しなければならない状態にあった。
「それよりもより多くのローウェンの兵の首を落とし、それを本国に届けることこそ、我が武を国に貢献することができるというものだ」
そう返したガルドの目には憎悪の光が宿っていた。
直接的に国を奪ったパロマの者たちの制裁はすでにガルド自身が直接行なっている。ビアーマ共和国も結果を出せなかった主戦派は責任を取らされて政治的にも直接的にもすでに亡き者となっており、さらには主戦派の一族郎党の首が勝利目前のルーイン王国へと差し出されてもいた。
しかし、それらを操っていたローウェン帝国への落とし前はまったくついていない。また隣国であるエルシャ王国の侵略はルーイン王国の防衛にも直結するし、何よりもガルドには息子を殺された直接的な怨恨もあった。
「それに我が国には我以外にも英雄がいる。女王の剣マルスと我が息子ヴァーラもそうだ」
「話には聞いていたが、あのヴァーラがねぇ」
「アレはまだ若い。しかし、苦難があいつを男に変えた」
ヴァーラ・モーディアス。ガルドの息子であり、今やガルドと並ぶルーイン王国の将軍であり、ルーイン王国の王城を取り戻した際の立役者でもある。もっともベラの頭に浮かぶのは、かつてのヴァーラの姿だけだ。
「あんたの仕込みではないのかい?」
「民は新たな英雄を欲している。新しい酒は新しい皮袋にとも言うが……とはいえ味を偽った覚えもない」
ガルドの言葉にベラが「そいつはすまなかったね」と素直に謝った。
「あの跳ねっ返りがそんなに立派になったなんて想像もつかなくてね」
「若い若いと思っていたが、背とともに気が付けば横に並んでいた。お前の影響もあるのだろう。親の欲目かもしれんが、マルスと並び、あの国を担うだけの器には仕上げたつもりだ」
「そうかい。若さってのはそういうもんさね。気が付けば伸びている。ん……パラ、どうしたんだい?」
ベラの横で頭を抱えていたパラが「いえ、なんでもございません」とだけ返し、その様子には未だ幼女の背格好であるベラが首を傾げていた。
「しかし、お前も変わらんなベラ総団長。婚約は解消されたが、あのとき何が何でもお前を取り込んでおくべきだったと今でも思うぞ」
この場の何人かがガルドの言葉に目を見開き、あんぐりと口を開いていたが、すでに解消されているがベラはガルドと婚約を結んだ関係であった。
「昔の話さ。没落した王国の将軍の嫁なんざごめんだよ」
「すでに復興はした……が、あの頃とは立場が違いすぎるな」
「別にそういうのはいいさ。あたしはあんたのガーメにゃあ興味がある。予約はしておく。女になったらあんたのソレを食わせな」
「楽しみにしておく……が、その姿、以前と変わっていないように見える。体質が変わったと聞くが成長はするのか?」
「竜の血を浴びた影響でね。少々遅れてはいるが一応背は伸びてる。ま、いずれを楽しみにしておいておくれよ」
ベラがそう言い、ガルドも頷いてからわずかに視線を窓の外を向けながら口を開いた。
「それで久方ぶりの再会ではあるが、外の様子を見る限り、またどこかに出かけるように見えたが……戦があるのか?」
今も領主の館の周辺ではヘイロー軍の鉄機兵が動いているし、市中を移動している間もガルドは軍が動きを見せる兆候のようなものをいくつか目にしていた。そして、その認識は正しく、ベラが「目ざといね」と笑って返した。
「タイミングとしてはギリギリだったんじゃないかい。実は獣機兵軍団が要塞アルガンナに向かって動いているようなのさ。で、これから傭兵としてそこに参加する予定なんだが……どうだいガルド将軍。あんたも一緒に行ってみるかい?」
次回予告:『第259話 少女、移動する』
正確には婚約破棄をしていた……ですね。
国と国との争いによって求め合うふたりが引き離される。悲しい話です。けれどもベラちゃんは大切なものが何かを見失ったりはしていませんでした。さすがですねベラちゃん。




