第256話 少女、あやす
「おら、どけどけ」
ボルドの野太い声が山岳都市内のガレージに木霊する。そしてその声を聞いて、周囲の整備兵たちがざわついた。それは彼の後ろにいる少女の存在に気付いたが故だ。
また少女が包帯塗れなうえにその顔に、前にはなかった火傷の痕がついていることも彼らの動揺を誘った。何しろそこにいるのは彼らを統べるヘイロー軍の総団長ベラ・ヘイローなのだ。
目が覚めたベラは唐突にやってきたボルドに促されるままに、このガレージへと足を運んでいたのである。
「整備長、それに総団長も……そのお顔は?」
「ハッ、気にすんじゃないよ。それよりもディーナだ。あれかい?」
驚く彼らの前をベラは特に気にもせず進み、それから視界に入ったとあるものに目を向けた。
「ああ、そうだ」
「繭?」
ベラが呟く。本来『アイアンディーナ』がいるべき位置に丸い繭のような、卵のようなものが置かれていた。その横にはボルドが降りた地精機も立っており、その地精機から伸びたコードが繭に繋がっていた。
「アレが今のディーナだ。鉄機兵が次代の鉄機兵を生む際に造る機誕卵に似ているが、サイズは見ての通りだ。ディーナ全体を覆っている。あんたを操者の座から引きずり出した後にディーナ自身が魂力を消費してこうなっちまった」
「そりゃあ、どういうことだい?」
眉をひそめるベラに、ボルドが「アンタのためだろ」と返す。
「今のディーナはご主人様がそうであれと育てた結果、野良鉄機兵に近くてな。自我を他の鉄機兵に比べて強く持っている。だからご主人様を傷付けられたことで、己を変えようと思いたち、繭を形成して全身を変異させるほどの成長を望んだ……ってことなんだろう」
「なるほどね。ディーナは良い子だからね」
そう口にしたベラにボルドは「まあ……な」と言いながら自分の地精機に近付いていく。
「しかし、ボルド。確か昨日まではこのように強く脈打つような感じではなかったと思いましたが」
ベラと共にこの場に来ていたパラがそう口にし、その言葉にボルドも頷いた。この『アイアンディーナ』を覆う繭は混機兵部隊との戦闘後にベラを回収した後この形へと変わっていったのだが、パラの言う通り、今のように心臓の鼓動の如き強い輝きは放っていなかった。
「そうさ、パラ。こいつはさっきこうなったんだからな。だから俺はこりゃご主人様が目を覚ましたんじゃねえかと思ってよとすぐさまご主人様の部屋に向かったら実際起きてやがったってわけだ」
「これはどういう状態なのですかボルド?」
「ご主人様が動き出したのを感じて活動が活発になったってことだろう。鉄機兵は竜心石を通じて乗り手と繋がってるからな」
「しかし……これは竜機兵や獣機兵の末期のようにはならないでしょうね?」
竜機兵にせよ、獣機兵にせよ、機体と乗り手の繋がりが深くなり過ぎることで機体に乗り手が取り込まれてしまう現象が確認されている。竜機兵はドラゴンへと変わり、獣機兵は姿こそあまり変わらぬものの人間性が消失し魔獣と変わらぬ動きをすることになってしまう。どちらになってももはや人としては終わっている。
獣機兵に関しては人の血液を取り込むことで抑えることはできるが、竜機兵に関してはまだドラゴンに変わる条件自体が不明であった。
どうであるにせよベラが末期状態になってしまうことはパラにとっても、ヘイロー軍にとってもベラを失うのに等しいことだ。
「ディーナは、機体自体は竜機兵に片足突っ込んじゃいるが、デイドンハートと竜心石が分かれて存在しているから問題はねえよ。それにご主人様自体が今は竜の血を取り込んだ体だ。マギノの爺さんの話じゃあ一度は耐えた身だし、場合によってはドラゴンになっても意識は残るんじゃないかってことだぜ?」
「ヒャッヒャ、そうなったらなったで楽しそうだね」
「笑えませんよベラ様。だからこそ、あのイシュタリアの賢人にも狙われているんじゃないですか」
そのやり取りにボルドが肩をすくめながら『アイアンディーナ』の繭と繋がっている己の地精機の腕を掴み、それから空中に魔法陣を出現させた。
「問題はこれなんだよ」
「それは?」
魔法陣の中に『アイアンディーナ』に似てはいるが、妙にゴテゴテとした機体のシルエットが映し出されている。その姿にベラが眉をひそめた。
「今の中にいるディーナの様子を出したもんだ。まだそれで確定したわけじゃあないが、今あいつは現状のメインフレームを再構築して、こうしようって動き始めていやがる」
「随分と護り重視じゃないか」
ベラの指摘にボルドが頷いた。
「それが問題だ。おそらくご主人様を護るために、ディーナは己を変えようとしているんだろう。これまで組み上げてきたものを押しつぶす形でな」
「ああ、理解した。そいつはいけないね」
「どういうことです?」
首を傾げるパラにボルドが「つまりよ」と口にして、繭を見た。
「鉄機兵ってのは倒した相手から魂力を奪い、それを使って己を成長させていく種族だ。基本的に乗り手の意思に応じて変わっていくし、ある程度の成長のレシピに沿って作られているのが騎士型ってわけだな。ご主人様は己のスタイルに機動力を重視してここまで成長させてきている特化型だ」
攻撃でも防御でも高速でもなく、己の技量を最大限に生かすことができる高機動。『アイアンディーナ』はベラの望む動きを実現するためにここまで丹念に成長させられていた。
「ええ、それは理解していますが」
「で、今ディーナはその方向性を捻じ曲げようとしているってわけだ。傭兵型を見てりゃぁ分かると思うが、ブレた機体なんぞロクなもんじゃねえ。鈍重なご主人様が前線に出てみろ。どうなるよ?」
「それは……袋叩き?」
「そんなヘマはするつもりはないよ」
ベラがパラを睨みつける。それから面白くなさそうに頭をかきながら「けど、やり辛くはなるわな」と口にした。
「まあ、そういうことだな。機動力重視のご主人さまの機体を防御重視の硬く重いモンに急に変えたらバランスが崩れて今までのようには戦えなくなるだろう」
「で、説得してくれってわけかい?」
その問いにボルドが頷いたのを見て、ベラは胸に下げている竜心石を手に持って繭の前に進んでいく。すると繭の光がさらに強まり、同時に竜心石も光り始めた。
「ディーナ。聞こえてるのかい?」
その言葉に反応して繭の光が強く輝く。
「うん。あんたにも心配かけちまったみたいだねえ。けど、私は大丈夫さ。見ての通り、五体満足。ま、ちょいとお顔が凛々しくはなっちまったがね。箔がついたと思えば悪かぁないだろ」
ベラがそう言って両手を広げる。それからベラは少しだけ苦い顔をして繭に語りかける。
「けど、ボルドから聞いたよ。アンタ、デブになるんだって? そいつはちょっといただけない。あたしは賛成できないね」
その言葉に繭の光が弱まった。
「ディーナ、あのときゃ私にも油断があった。反省はすべきだが、だが護りに逃げるのは悪手なのさ。どれだけ硬くしようが重きゃあ避けきれないし、当たりゃあ死ぬ。アンタがしていることはあたしを殺そうとしている。分かるかい?」
そう言ってベラが繭に手を当てると、光がその場に集中してベラ自身と繋がった。
「ベラ様?」
「パラ、黙って見てろ。口出すんじゃねえ」
不可思議な様子にパラが一歩前に出ようとして、それをボルドが止める。この状況を邪魔されるとそれこそ致命傷にもなりかねない。そして、そうしている間にもベラと『アイアンディーナ』は光でやり取りをしているようで、それからベラは繭から手を離した。
「そうだ。いい子だね、ディーナ。私を生かすなら間違うんじゃないよ。ああ、分かってる。ちょいとかかるのは仕方ない。待っててやるさ」
ベラの言葉に繭の色が変わり、それから少しだけ光が弱まって落ち着いた感じを出していた。その様子にボルドは笑みを浮かべて頷く。
「どうやら、なんとかなったようだな」
「ボルド、そうなのですか?」
「多分な。繭の中はまだ確定していない状態だし、多少時間はかかるにせよ、ご主人様の要求に沿ったものに仕上がるだろうよ」
そう言って頷くボルドにベラが近付いてポンと肩を叩いた。
「ボルド。呼んでくれて助かったよ。下手すると取り返しがつかないことになっていたからね」
「俺はディーナの専属だからな」
ボルドの言葉にベラが「ヒャッヒャ」と笑う。
「褒美をやりたいがあいにくとまだ身体が出来上がってなくてね。もうちょい待っておくれ」
「できあが? 待て。アレ、まだ有効だったのかよ」
ボルドが口元を引きつらせてそう口にした。
「当たり前だろう。病気のないのを選んで回してんだ。ちゃんと使い込んでおくんだよ。まったく」
そう言って去っていくべラの背中を見ながらボルドが呟く。
「気前がいいと思ったんだが……アレ、そういう意図だったのかよ」
奴隷相手に出張売春宿が常に回ってくるからヘイロー軍ってのは随分と待遇が良いんだなとは思っていたのだが……今更ながらにボルドはベラの意図に気付き、戦慄したのであった。
次回予告:『第257話 少女、狙われる』
ボルドのお爺ちゃんも末永く元気でいてほしいというベラちゃんの気遣いを感じます。
それにしてもディーナちゃんが自棄になる前に止められてベラちゃんも一安心。おめかししなおされたディーナちゃんが早く戻ってきてくれるといいですね。




