第254話 少女、焦げる
『……やったか』
ベラたち第二竜撃隊のいる場所よりわずかに離れた森の中、その場で異形の機体に乗っている男がそう呟いた。
この男と、男の乗る混機兵の姿は森の中にいるから気付かれていない……というわけではない。ベラの鍛え上げた戦士たちがそこまで間抜けなわけはなく、それは恐らく相当な距離まで近付いたとしても認識するのは難しかったはずである。
ローウェン帝国軍デュナン隊のひとりであるダリアン。彼の乗る混機兵にはマッシブカメレオンなる魔獣の因子が込められており、その魔獣は光を魔法によって捻じ曲げて身を隠す能力を保有していた。同時に魔力反応の遮断性も高く、歴戦の戦士たちが保持するという魔力の流れで気配を察知する能力も防げるため、ある意味では見た目を隠す以上の効果を併せ持っていた。ダリアンの混機兵はその能力を機体に反映させることを可能としていた。
そもそもローウェン帝国で開発された獣機兵化は乗り手を通じて魔獣の因子を鉄機兵の竜心石へと送り込み、強制的な変異現象を機体に起こさせるものだ。混機兵化はさらに同時に複数の魔獣の因子を送り込むことで人の因子の比率を低下させ、竜と魔獣の側面をより強く押し出した機体へ変異させることを目的としており、結果としてソレは魔獣の能力をより顕在化させることに成功していた。
そして完成した混機兵に乗るダリアンはマッシブカメレオンの『光学迷彩』で身を隠し、その場で待機していたのだ。
もっとも彼の眼の前で起きた爆発は機体に由来するものではなく、この地域では希少とされている火薬と呼ばれる薬剤を用いた罠であった。費用対効果からすれば魔術やギミックに劣るうえに扱いも困難な火を付けると爆発を生み出す砂。けれども魔術と違って感知がされにくく、数や調合次第では威力が増大する特性を持っている。
新兵器の開発に躍起になっているローウェン帝国は火薬にも着目し、それは実験部隊であるダリアンたちにも実戦での実験のために渡されていた。結果は見ての通りである。
『暴発して全滅した部隊もあるというが末恐ろしい威力だな。まったく、今まで実用されなかったことが信じられないが……いや、分からなくもないか』
ダリアンが恐々とした声で呟く。実際威力も大きいが、運用の難しさは身を以て知っている。
なお、火薬を用いた爆弾は地面に埋められていた。バレなかったのは前衛の部隊であるフォルダム騎士団が気付かず、その場を踏み荒らしたためだ。鉄機兵たちの移動後ではいかに歴戦の戦士でも埋められた違和感は軽減されてしまう。或いは騎士団の左右を守っていたガイガンたちが通ったならば気付けたかもしれないが、その場を実際に進んでいたのはフォルダムたちだった。
ダリアンはマッシブカメレオンの光学迷彩で隠れてベラたちを見張りながら、もうひとつ保持している魔獣の因子を用いてミリタリーアントという虫型の魔獣を操作して火薬の点火をおこなっていた。
タイミングはシビアであったが、目論見通りにことは成った。あのベラ・ヘイローをこの手で仕留めた……それを確信したダリアンが暗い笑みを浮かべる。
『いや……なんだ?』
直後、ダリアンがゾクリと何かを感じた。
様子がおかしいと気が付いた。本能が警告を発し始めている。何かに狙われている感覚。危険が迫っていると。そして、爆発の中心で大きな影が動いたのが見えたのだ。
『見ぃつけた』
『何?』
声が聞こえた気がして、次の瞬間に炎の中から赤い機体が飛び出してきた。その相手を当然ダリアンは知っている。爆殺したはずのベラ・ヘイローの乗る『アイアンディーナ』だ。
『耐えきったというのか。今のを?』
ダリアンが思わず身を乗り出して叫んだ。見る限り、確かにダメージはある。あの赤い身体の半分が焼け焦げている。しかし、それも魂力の光と共に修復されていくのがダリアンの目に映った。
魂力による修復直後は本来脆くなるはずなのだが、竜機兵の特性を持つ『アイアンディーナ』にソレはない。破壊されても魂力がある限りは修復され、戦い続けられる。その事実に気付いたダリアンが戦慄し肩を震わせた。
『化け物か、アレは。しかし、こちらはまだ……いや気付いている!?』
『狙えディーナ』
ダリアンが己の位置がバレていることを理解したときにはもう遅かった。『アイアンディーナ』の腰に装着されている錨投擲機が放たれ、ダリアンの機体に突き刺さる。すぐさま内部で鉤爪が開き、フレームを歪めて動きを止めた。
『これは? 抜けない。チッ、来るなぁ』
恐怖に駆られたダリアンが地中に待機させていたミリタリーアントたちを使い、『アイアンディーナ』の進む先の地面を崩れさせて元々用意していた落とし穴を作り出した。もっともそんな小手先は『アイアンディーナ』には通用しない。
『悪いね。あたしゃ、飛んでる女の子でね』
『アイアンディーナ』が翼を広げて落とし穴の上を飛翔し、さらにはミリタリーアントの群れが蠢いている穴の中へと右腕の先の竜頭から炎のブレスを送り込んだ。
『おぉおお、馬鹿な!?』
ダリアンが吠える。
燃えて踊り狂うように穴から出てきて死んでいく巨大アリたちを尻目に、ダリアンの前には仁王立ちした『アイアンディーナ』の姿があった。そして『アイアンディーナ』がウォーハンマーを振り上げ、すぐさまダリアンの機体へと振り下ろしたのだ。
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『ハァ、疲れたね。被害はどうだい?』
混機兵の両腕を破壊し、両足を切断したベラは大きく息を吐きながらリンローへと通信を送る。爆発の中で生き延びたとはいえ、それはベラと『アイアンディーナ』に限った話だ。共にいた部隊の者たちが無事であるはずはなく……
『すんません総団長。中破三、被害は多数です。鉄機兵乗りのラインツと歩兵がふたり、三人も死にましたよ。畜生め』
返ってきたリンローの言葉にベラが目を細めた。
ベラの周囲にいた者たちは代えの利かない精鋭たちばかりだ。
このような場で死なせるにはあまりにも惜しい者たちだったが、ベラは怒りを吐き出すことはしなかった。怒りは戦いの中で力となることもあるが、今は目を曇らせるだけだとベラは理解していた。
『嘆くのは後だ。こっちは生け捕りにできた。貴重な情報源だ。殺させるんじゃないよ?』
『ッ……分かりましたよ。けど、ガイガンの方もヤバいみたいです』
『どうしたんだい?』
リンローの言葉にベラが眉をひそめる。
『フォルダムがやられました。死んじゃいないみたいですがね。つい今姿を隠す敵だとか連絡があって……いつの間にか取り囲まれていたらしい』
その言葉を聞いたベラが目の前の奇怪な機体へと視線を向ける。爆発の後にわずかな気配を感じて気付けたものの、ベラでさえもソレ以前は感知できなかった相手だ。フォルダムでは分からぬのも止むなしであろう。
『こいつと同類がそんなにいるのかい。困ったもんだね』
ベラが疲れた声でそう言う。
『総団長?』
『リンロー。ケフィンにガラティエを投入させな。あんたも前に出るんだ。油断すると不味いよ』
『え? ええ。分かりましたが、総団長は出んでくださいよ。アイアンディーナは治ったみたいですが』
『分かってる。悪いがあたしゃ今日はこれで打ち止めだ』
『総団長?』
『救援を頼むよ。ちょいと息を吐くのも億劫……なんでね』
『!? 不味い。誰か、総団長をお助けしろ』
ベラの言葉に異常を感じたリンローがすぐさま『アイアンディーナ』のもとへと救助を向かわせる。その声を聞きながらベラはゆっくりと操者の座の中で力なく倒れ込んでいった。
『最近ぬるかったからちょいと甘く見てたのかもしれないねぇ』
ベラは現在全身とはいかぬまでもその身に大きな火傷を負っていたのである。竜機兵の性質も持つ『アイアンディーナ』は火への耐性は強かったが、それでも直撃ではないものの正面からまともにダメージを受けていたのだから、中にいたベラが無事であるわけもなかったのだ。
『まったく。ザマァない』
そしてベラが機体の中で意識を失って倒れ、前線にいたフォルダムも死ななかったまでも機体は大破して重傷を負うこととなる。
その後の戦いは戦力こそ上回ってはいたがベラとフォルダムを欠いた竜撃隊と騎士団の動きは鈍り、最終的には混機兵部隊と傭兵部隊は劣勢となったと同時に退却し、部隊に損害を受けたリンローたちも追撃はできなかった。
その結果は竜撃隊にとって敗北に等しく、また連戦連勝であった彼らにとって初めての大きな痛手となった戦いだったのである。
次回予告:『第255話 少女、治す』
ちょっとビックリしましたがベラちゃん無事だったみたいです。
ただ火傷はちょっと怖いですね。可愛いお顔に痕が残らなければ良いのですが。




