第253話 少女、燃える
『この先にいるローウェンの手勢こそ我らが同胞の仇である。私に続け団員たちよ』
フォルダムの言葉に続いてフォルダム騎士団の面々からオォォオオオオという咆哮がその場に響き渡る。
仲間の仇討ちをベラより提案された彼らは廃墟となったマカイラの町より北に向かって進軍していた。また竜撃隊も左右と後方に並び立って並走している。今回主導するのはフォルダム騎士団であり、竜撃隊はそのフォローに回っている。
そして彼らの進む先にいるのは戦力の多くが傭兵であるローウェン帝国の非正規軍と思わしき軍隊だ。
一般的に鉄機兵というものは、騎士型と傭兵型の二系統に分類されることが多い。
鉄機兵とは成長する機械であり、一般的に騎士型と言われている機体は古くからの試行錯誤に倣って成長した鉄機兵を指す。それは結果的に同等の機体を生み出すこととなり、高い戦闘力を維持したうえでパーツの共有も可能としている。なおラーサ族には本来騎士という制度は存在していなかったのだが、所持する機体は部族ごとに成長のレシピを有しており、分類すればそれらも騎士型に該当していた。
対して傭兵型というのはたまたま鉄機兵を手に入れたゴロツキが奔放に成長させるために規格の統一性もなく、機体バランスも悪く、当然騎士型に比べて性能も低いのが一般的だ。ベラの『アイアンディーナ』のような一部例外を除けば騎士型に比べて弱いとされるのは事実でもあった。
だからフォルダム騎士団の面々は今、仲間を殺された怒りや竜撃隊に守られているという安心と共に、敵の多くが傭兵型であるということで気が大きくなっている面もあった。
『まあ、勢いがあるのは悪くないね』
『そうですかい。気負い過ぎている感じもありますがね』
後方でフォルダム騎士団の様子を見て満足そうな顔をしているベラに対し、並んで進んでいるリンローは少しばかり不満そうであった。彼の認識からして団長であるフォルダムはともかくとして、フォルダム騎士団の戦士としての練度は低く、子供が刃物を握って戦士を気取っているようにしか感じられない。
ある程度親身になっているガイガンとの認識の違いはここまでの経験の差なのだろうが、ともあれ温い相手と共にいるというのはリンローにとっては面白くないことのようだった。
『臆病風に吹かれて腰が引けてるよりゃいいさ。それで死なずに帰ってこれりゃあそのうち良い男になれる』
その言葉にリンローは『レオルフ』の操者の座の中で肩をすくめて苦笑した。
『ハッ、なれますかね。ガキばかりだ』
『なれなきゃいずれ死ぬだけさ。ただ、今は死なれるのはよろしくない。だから相手がどう出るかはよく見ておきなリンロー』
『分かってますよ』
『ならいいがね。一太刀浴びさせるのは任せるにせよ最悪フォルダムは殺らせられない。あれまで失うのはこっちも痛手だ』
ベラの言葉にはリンローも頷く。ベラたちの直接的な非はなくとも預かった戦力をすべて失うというのはベラたちも避けたいところだった。
『下手をすりゃわざと殺させたと思われかねない。依頼主の心証も悪くなりますね』
『そういうことさ』
『ま、そこら辺はガイガンに任せますよ。どうも同情して気にかけてますから』
『アレは若手に甘いからねぇ。で、問題の混機兵だったかい。あんたの同類がどう出るかだが』
敵側の異形の機体をベラたちは混機兵と呼称していた。それは最初にその存在を報告したケフィンに反応したリンローが口にしたものだ。
『同類っつーか、俺の場合はドラゴンと魔獣の因子の混合ですがね。マギノの爺さんがそういう研究をしてたのを見てたらしいんですよ』
『ローウェンでだね』
『ええ、そういうです。混機兵は元々複数の魔獣の因子を混ぜた機体を指したものって話です』
マギノが見たというローウェン帝国での研究であればイシュタリアの賢人ロイのものであるはずで、それは決して捨て置けない情報であった。
『どうもレオルフはドラゴンの因子が強過ぎてあまり混機兵としての特性は薄いらしいんですが、組み合わせ次第では結構な強さにもなるんじゃないかってことです』
『その組み合わせってのがクセモンだねえ。面倒なことにならなきゃあいいんだが』
『総団長、ローウェンの軍もこちらに進軍してきました』
リンローとの会話の途中で、先頭を進むガイガンから通信が入ってきた。そしてそれを聞いたベラが目を細めて笑う。
『へぇ、逃げずに来るかい。いい度胸だ。ま、逃す気もないけどね。ガイガン、混機兵部隊への一太刀はフォルダムに任せてもいいが、ヤバいようなら横から入れ』
『承知しました』
ガイガンがそう答えて通信を切り、そのまま彼が率いる第一竜撃隊とフォルダム騎士団が歩みを早め、その後ろをベラたち第二竜撃隊が続く。
敵は混機兵部隊と、獣機兵を頭とした鉄機兵と対鉄機兵兵装を装備している歩兵を主とした傭兵部隊の混成。相手側も動き出したのであれば接敵までそう時間はないはずであった。
『総団長、数の上ではあっちの方に分があるにせよ、まあ問題はないでしょう。というわけで今回はおとなしくしててくださいよ』
そのリンローの言葉は出撃するなというわけではなく、たったひとりで突っ込むなという意味である。もちろん上であるベラにそう命令することはできないが、ガイガンを含めて周囲から強い要望があったのは事実だ。
もっともベラとしても今回の戦いで無駄にひとり突撃しようというつもりもない。
『ま、分かってるさ。今はひとりで出張るつもりはない。けど気をつけな。どうにもピリピリ来てる感じがある』
『そいつは……やっぱりそうですかね?』
リンローもベラほどにではないが何かを感じていた。ただ、それが何を意味するのかが未だに分からない。
『ケフィンからの報告はないですが』
『魔獣使いの目と鼻を抜けられているとすれば……そちらの方が厄介さ』
ベラのもっともな言葉にリンローが眉をひそめた。そして、次の瞬間さらに後方からの通信が『アイアンディーナ』のもとに届く。
『ご主人様、聞こえてますかい』
『あん、ジャダン? あんたからってのは珍しいね』
ベラが訝しげな声をあげた。今のジャダンは第二竜撃隊のさらに後方の獣人部隊のもとにいる。奴隷である以前に通常の戦闘員ではないジャダンから戦闘中にベラへと声をかけることなど通常あり得ない。
『すんません。時間がねえんでパラさんに頼んで繋げてもらったんすよ』
『そうかい。用件だけ先に言いな』
ベラがジャダンにそう促した。どうしようもなく屑な蜥蜴男だが、ジャダンの嗅覚に関してはベラも一目置いている。ならば、何かがあるのだと。
『地図っす』
『地図?』
『はい。あっしもここらの地図を見たんですがヤツらの動きからして……もしかするとその場所を狙っているんじゃあ』
ベラの脳裏にマカイラの町周辺の地図が浮かぶ。
『!? ……位置。そうか、今奴らが動き出したのは』
敵が駐屯していた場所までのルートはひとつで、この場に来てから感じ始めた狙い澄ます視線。ベラの中でパズルのピースがカチリとはまっていく。そして導き出される答えは……
『まさか、誘い込まれたっていうのかい?』
その直後である。立ち止まった『アイアンディーナ』の正面の足元が光り、凄まじい轟音と共にその場に巨大な火柱が立ち上がったのだ。
次回予告:『第254話 少女、焦げる』
サァアプラィィイイズ! ドッキリ成功です!
どうですかベラちゃん? ビックリした? ビックリしましたか?
あれ……ベラちゃん?




