第250話 少女、軽く運動をする
『ベラ・ヘイローだ! 壁を飛び越えてきやがったぞ!』
『獣神殺しを殺せば俺たちゃ英雄だ! ローウェンに栄光あれぇ』
咆哮のような叫び声が木霊する、ログレスと呼ばれる今はローウェン帝国の支配している町の中を三体の獣が走っていた。
一体は空を飛ぶ機械の竜、一体は地を駆ける機械の竜、さらにはその後ろに続いた生身の竜が一体、町の中央を走り続けていたのだ。
対して向かい合うのはローウェン帝国の獣機兵軍団のザイガ部隊。それは獣機兵六体と獣機兵軍団所属とはいえ人間の兵で構成されている隊である。
獣機兵軍団の主軸となる部隊は基本的に獣機兵のみでの編成となっているのだが、末端となるとそうはいかず、人間の兵も動員されていて、彼らは戦績をあげて次代の獣機兵乗りを目指している者たちでもあった。
そんな彼らをベラの『アイアンディーナ』、リンローの『レオルフ』、ケフィンの憑依した槍尾竜ガラティエが突撃していく。
「ヒャッハー。殺せぇええ!」
『いや総団長。まずは門を……いや、もういいや。面倒だし』
前に出たベラを追いながら、リンローがそう口にする。
そのまま空中で機竜から機人形態へと変形した『アイアンディーナ』が正面に待ち構えていた獣機兵に飛びかかると『レオルフ』が右手で構えている機体に炎のたてがみを燃やしながら突撃し、ガラティエが近辺の建物の中から対鉄機兵兵装を使用しようとしていた兵たちへと炎のブレスを吐いた。
『バカな。俺たちは獣機兵だぞ。鉄機兵を超えた力を持つ選ばれし我らがこんなッ』
『はっ、面白いこと言うねえ』
そう口にしたベラが竜の心臓を起動させて、獣機兵の中にいるオーガタイプの指揮官機へと突き進んでいく。オーガタイプは並みの鉄機兵を凌駕するパワーを誇る全長5メートルの機体だ。その巨大な機体に対してベラはウォーハンマーを振り下ろしてぶつけ、そのままにじり寄った。
『赤い魔女。確かに空を飛び、炎を吐くのは厄介だが、そんな軟弱そうな鉄機兵で正面から挑むなど……グッ、何!?』
オーガタイプの乗り手が驚愕の声をあげる。頭ふたつ分は小さい機体に対して押し返せないどころか、勢いを止められずに押し付けられているという理不尽な現実がそこにあったのだ。
『ヒャッヒャ、選ばれたヤツのお力ってのはこんなもんなのかい?』
そう言ってベラが笑いながらさらに一歩を踏み込み、そのままオーガタイプの両腕を弾いて、ウォーハンマーを振り下ろす。悲鳴がその場に響いた。だが止められる者はいない。
オーガタイプの機体へは『レオルフ』とガラティエに阻まれて近付くことができず、ローウェン帝国軍は己らを指揮していた男の一方的な終わりを目撃させられることとなったのだ。そして絶叫と共にその場にただのガラクタとなった機械の塊がその場で崩れ落ちた頃にはローウェン帝国軍は白旗をあげていた。
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「ご苦労様です総団長」
戦闘終了後、自陣に戻ってきたベラに対してガイガンがそう口にした。
「ハッ、あんま無愛想な顔で言うんじゃないよガイガン。あたしだって年頃のお子さんだからね。そういう大人の反応は傷付くんだよ」
そう言ってヒャッヒャと笑うベラの言葉にガイガンがため息をつきながらも頭を下げた。その後、あとからやってきたリンローがガイガンに愚痴愚痴と小言を言われることになるのだが、それもやむを得ないことだ。
本来であれば機竜形態となった『アイアンディーナ』と槍尾竜ガラティエ、それに両者に掴まれて運ばれた混機兵『レオルフ』の三体が空中から町の中へと潜入したのは城門を内側から開けるためのはずであった。
であるにもかかわらず扉が開いてみれば、彼らを出迎えたのは降参したローウェン帝国軍獣機兵軍団の半獣人たちであった。
「ガイガン隊長が心配になるのも分かります。ベラ様、今のあなた様は以前とは違うのですから」
「今だってあたしは傭兵団の団長さ。なーんも変わっちゃいない」
ガイガンと会った後、己の天幕へと向かう途中での従者であるパラの言葉にもベラはそう返しながら歩いていく。
周囲では今も兵たちが走り回っている。これより町内部の制圧に動き出すのだが、その間ベラは安全が確保されている町の外に用意された天幕の中で休む予定となっていた。
「それにしてもこれで五つめの町の占拠だが腰抜けばかりだね。主力を退かせているってのも確かなようだしねぇ」
ベラがそう口にする。
現在ベラたちが行なっていることは山岳都市バルグレイズ周辺都市の制圧だ。山岳都市バルグレイズを落としたとはいえ、それで周辺が全て支配下におけるかといえば当然そうではなく、先触れを送って反応の芳しくない地域をベラたちは虱潰しに制圧しているところであった。
現時点でのエルシャの逆侵攻は順調だったが、当然それはそれで不審な話ではある。
「やはり戦力を集結させて、再びアルガンナに討って出ようということでしょうか?」
パラの問いにベラがニタリと笑う。
どうやら現地の半獣人たちにも詳しい状況は知らされてはいないようだが、状況からして獣機兵軍団は戦力を中央、つまりは獣魔ドルガのもとへと集結しつつあるようだとここまでの状況から予測はできていた。
獣魔ドルガが父親である獣神アルマを殺されたことで怒り心頭なのだとはベラたちの耳にも入ってきていたし、意趣返しの意味でも今度こそ要塞を奪おうと考えてもいるはずだろうとも。
「そうだろうねえ。その点はフォルダム経由だがエルシャには報告はしてあるんだろう。状況次第だがあたしらも戻る必要はあるだろうね。で、エルシャの連中は?」
「さて、自分たちが町を取り戻したと英雄気分で闊歩しているようですが、住民の反応は悪くはないようですね」
パラがそう言う。当初要塞アルガンナより同行していたエルシャの騎士団たちは山岳都市バルグレイズでの対応には不満を漏らしていたものの、その後の各都市の奪還作戦ではベラたちよりも表に出て戦い、フォルダム騎士団を除いた各団は王国内の中央寄りの都市部を占拠した後、その場に残って防衛任務についていた。
「まあ、好きにさせておけばいいかい。連中に任せた都市は地域的にエルシャに返すことになるだろうしね。恩は売るだけ売って、こっちはこっちで地固めをしてれば問題ない」
「総団長」
そして、ベラが己の天幕に入ろうというところでケフィンが声をかけてきた。
すでにガラティエとの憑依も解き、いつもの黒毛の猫族の肉体へと戻っていたケフィンだが、その身にわずかばかりの緊張が纏われているのを察したベラが眉をひそめる。
「なんだいケフィン? 勝った後にしちゃ不景気そうなツラじゃあないか?」
そのベラの言葉にケフィンが「獣機兵が来ていたようだ」と返し、それにはベラもパラも目を見開かせた。ようだ……ということは、ケフィン本人ではないが、彼の配下の魔獣使いが発見したものだろうとはすぐに察せられた。
「偵察用の四足タイプだ。この町の獣機兵ではないと思う」
「ほぉ、鉄機獣と同型の獣機兵かい」
少しばかり驚いた顔をしたベラの問いにケフィンが頷く。飛行タイプや四足歩行タイプなどの魔獣に近い形態をした獣機兵は現時点では数が少なく、それらは上位の部隊へと引き渡されることが多いため、当然こんな町にいる部隊に所属しているものではないはずだ。
「追わせてはいるが、これ以上追い続けさせるか?」
ケフィンの問いに「いんや」とベラが返して首を横に振った。
「魔獣使いの操る魔獣の目は今のウチの生命線だ。深追いはさせなくていい」
その言葉にケフィンが「分かった」と返すと、踵を返してその場から去っていく。そして小さくなっていくケフィンの背を見ながらパラは首を傾げる。
「どういうことでしょうか?」
「さてね。けど……さすがに時間も経ってるし、ローウェンの獣機兵軍団もまともに動き出したってことだろうさ。ま、奪われ続けている状況を打開しに敵さんもそろそろ動くんじゃあないかね?」
そう言いながらベラが天幕の中に入っていく。
とはいえ、その町ではそれ以上の状況は発生せず、何事もなく制圧は完了した。そして状況に変化があったのはさらに一週間後のことだ。
奪還した町のひとつが襲われ、駐留していたエルシャ王国の騎士団が壊滅したとの報がベラのもとへと届いたのである。
次回予告:『第251話 少女、異形たちと出会う』
ベラちゃんは担当地域のご挨拶回りをしているようです。
小さいながらも責任を持ってお勤めを果たすベラちゃんは本当に偉い子ですね。




