第249話 少女、異形たちの目にとまる
ベラ率いるヘイロー・エルシャ混成軍が山岳都市バルグレイズを制圧してから二週間が経った。一方で旧エルシャ王国の王都にして現ローウェン帝国エルシャ領の上級都市ニライ内では、さながら地獄のような状況となっていた。
街の中では獣の咆哮と人の悲鳴が絶えず響き、王城の前には晒し者になった男と女の無数の亡骸が吊るされていた。
彼らは捕らえられていたエルシャ王国の王侯貴族たちだ。現エルシャ王国を潰した後に血を混ぜ込むために用意された者たちであったが、そんな事情など父親を殺された獣魔ドルガの前ではなんの意味もなかった。
すべては獣神アルマが赤い魔女ベラ・ヘイローに殺され、アルマの息子である獣魔ドルガの理性が振り切れたが故に起きた惨劇だ。
ニライの住人たちも、ドルガの配下である半獣人たちすらも恐怖に怯えながら日々を過ごしている。そんな街の中をフードを被った男がひとり歩いていた。その体躯の盛り上がり様から戦士であろう雰囲気はあったがどこかバランスが悪く感じられ、それは街を見回っていた衛兵の目にも止まった。
「おい、お前。止まれ!」
「なんだ?」
オーク種の半獣人の衛兵に呼び止められたフードの男が不機嫌そうな声で振り向いた。
「こっちは急いでるんだが」
「こっちも仕事なんでな。そんな怪しい風体をした相手を見逃すわけにはいかねえんだよ。せめてそのフードを取って」
「おい、どうした?」
衛兵がフードの男に近づこうとしているところに、別の男の声がかかった。
「おっと、隊長じゃないですか。こいつを見てくださいよ」
「こいつ? ん、ああ……」
隊長と呼ばれた男がフードの人物を見て、それから頷いて「こいつなら問題ない」と口にした。
「問題ないって、この男を知ってるんすか? けど、フードの中身を……うぉっ!?」
衛兵の口から悲鳴が漏れた。目の前で男がフードを取ったのだ。
そして中から出てきたのは爬虫類、獣、虫、それらが混ざり合ったような奇怪な頭部であった。
「急いでるんだがな?」
「行け。あとフードは被っておけ。周りの目に毒だ」
衛兵隊長の言葉に男が頷くと、再びフードを被ってその場を去っていく。
「た、隊長。なんですかい、ありゃ!?」
「お前知らなかったのか。ありゃデュナン隊の連中だ」
「デュナン? あの賢人様のオモチャ部隊っすか?」
衛兵もその噂は聞いたことがある。
ローウェン帝国内で生まれ続ける新兵器はかつて存在したという伝説のイシュタリア文明の生き残りによって生み出され続けている。そして、その新兵器の実験部隊が何隊も戦場に導入されており、デュナン隊はこのニライにいるそうした実験部隊のひとつなのだと。
「そうだ。ビビったろう。アレの前じゃあテメェの豚ヅラがマジまともに見えてくるぜ」
「うっせぇっすよ。隊長も似たようなもんだろ」
衛兵の言葉に隊長が肩をすくめて笑う。どちらも半獣人。人間の面影は残っているが取り込んだ血の魔物に近い顔に変形している。けれども、それよりもはるかに酷いものを彼らは今目の当たりにした。
「ハッ、ともかくだ。賢人様のオモチャで使い物になったやつにはある程度の地位が与えられている。実戦データが欲しいとかで裁量権があるんだそうな。ま、逆らうと面倒だってことさ。覚えておくんだな」
そう言いながら隊長はフードの男が通った先へと視線を向けたのだが、すでに男の姿はどこにもなかった。
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そして衛兵たちと別れたフードの男がたどり着いたのが、街の外れに建てられていた寂れた砦のひとつだ。男はフードを取って異形の様相を晒しながら「戻った」と口を開いてその中に入っていく。
「お帰りなさいアルキス隊長。なんだかえらく気が立っているようですが?」
入ってきた男を迎え入れた男もまた異形であった。
アルキスと呼ばれた男が頷きながら部屋の中を見渡す。
「ラバン、全員いるな」
「はい。今は街全体がアレですからね。昨日もドランが喧嘩になったばかりですし」
「ならば良し。遠征の準備に取りかかれ。すぐさま出るぞ!」
「遠征ですか。ほぉ、そりゃあどういうことで?」
ラバンが眉をひそめながら尋ねると、アルキスは部屋の真ん中に置かれているテーブルの前まで進み、その上に持っていた地図を広げていく。
そして周囲にいた二十名ほどの様々な異形の顔立ちの男たちが集まって置かれた地図を凝視した。その地図は現在彼らがいるエルシャ王国が描かれたものであり、アルキスが指差した先はその南方、バルグレイズという山岳に面した都市であった。
「バルグレイズ? 確かあそこはジェネラルに落とされて、今はロッガとかいう口だけ達者なウサギが治めていたと思いましたが?」
ラバンの言葉にアルキスが頷く。確かにその認識は正しかった。
「そうだ。しかし二週間ほど前にあの都市はエルシャに襲われたらしい」
アルキスの言葉に周囲がざわめく。要塞アルガンナを落とせずに獣神アルマが討ち死にしたことは当然彼らも知っていたが、続けて別の都市が落とされたとは初耳であった。
「近隣の都市に駐屯していたのが定期連絡が途絶えたために様子を見に行ったそうなんだが、待ち伏せからの襲撃を喰らって這々の体で逃げ帰り、どうにか状況をまとめて今日情報が届けられた」
「南……ルーイン王国との国境付近ですな」
ラバンがそう口にする。ルーイン王国は彼らにとっても因縁ある地だ。その近隣にあるパロマ王国の出身であった彼らは、国境付近の土地を奪い合う戦争に参加していたこともある。
「それでだな。どうもバルグレイズにはヘイローの旗が掲げられていたらしい」
「どういうことです?」
訝しげな顔をするラバンに対し、アルキスは己の指を地図の南東へと向けた。
「この傭兵国家ヘイローと隣接している領地にあるマルカスの町がヘイロー軍に奪われたことは知っているな。そしてヘイロー軍は要塞アルガンナに合流した。アルマ様を殺したベラ・ヘイローは今現在も要塞にいると思われている。しかし」
アルキスは地図に描かれたバルグレイズの文字を睨みながら「今、あれがバルグレイズにいるとしたら」と口にした。その言葉は周囲の男たちの表情に劇的な変化をもたらした。そしてラバンが頷く。
「なるほど。今や新生パロマとルーインの決着も近いと聞きます。ヘイローとしては逃げ道を塞いでおきたかった……ということでしょうか」
「それにマルカスからのバルグレイズまでの南を制し、戦後に自国領土として取り込もうという意図もあるのだろうな」
アルキスがそう言ってからラバンを見た。
「つまり我々はバルグレイズに向かうと? しかしドルガ様はなんと?」
「伝わる前に連絡を止めておいた。つまり俺たちが一番乗りできるということだな」
その言葉にラバンの目が細められる。
「今ドルガ様はアルマ様の軍を取り込んで再編を行うのに忙しい。であれば……だ。要塞を守った勢いで調子に乗って都市を奪還したエルシャにローウェンの力を再度教え込ませるのは獣機兵軍団に所属していない、身動きの取りやすい余所者が出向く方が良いだろう。何しろドルガ様は『ベラ・ヘイローのいるであろう要塞アルガンナの攻略』を見据えて動いているのだから」
そのアルキスの言葉に男たちが笑う。
そして、彼らはすぐさま街を出るための準備に動き出した。
デュナン隊。
それはかつてパロマ王国で勇名を馳せたオルドソード傭兵団の生き残りで編成された部隊だ。彼らは数奇な運命を辿り、一度は赤い魔女の配下となり、その後にローウェン帝国に囚われてイシュタリアの賢人の実験体として弄ばれ、かつては五百名はいた人員も今や二十人ほど。それも全員が半獣人とすら言えない異形と存在と化していた。
そして彼らはずっと待っていた。
彼らの運命を変えた赤い魔女ベラ・ヘイロー、彼らの団長であったデュナン・オルドソードを死に追いやったあの少女といつか再び対峙できる日を、ただずっと彼らは待ち続けていたのである。
次回予告:『第250話 少女、異形たちと出会う』
懐かしい人たちが姿を見せてくれたようですが、果たしてベラちゃんはちゃんと彼らのことを覚えているのでしょうか?
少し心配ですね。




