第24話 幼女、蹴散らす
(思い切りがよいねえ)
ジャカン傭兵団の団長ゴリアスのギミックウェポン『モーニングスター』から飛んでくる鉄球を見ながらベラはわずかばかり感心する。
そして、フットペダルを踏みながら、グリップを落とし、感応石への意思伝達と共に鉄機兵『アイアンディーナ』の腰が落ちた。
そして飛んできた鉄球は僅かな差で先ほどまで『アイアンディーナ』の頭部や胸部があった空間を通過する。それは本当に一瞬の動きだった。
『避けやがっただと?』
ゴリアスが叫んだ。メイスの先の鉄球が突然射出されるそのギミックは、ゴリアスの先手必勝の手札だ。だが、それは初見で見切られた。多少小突いて精々自分を高く売ってやろうと考えていたゴリアスにとっては予想外の結果だ。
しかしゴリアスの心情などベラにとっては知ったことではない。そして、そのままベラはフットペダルを踏みきって『アイアンディーナ』を走らせる。
『させるかよっ』
突進する鉄機兵『アイアンディーナ』の正面にジャカン傭兵団の地精機が突進してくる。持っている大盾で『アイアンディーナ』の勢いを止めようとしている。それを見てベラは、
『ヒャッハー』
と笑いながら『アイアンディーナ』に持たせたウォーハンマーを大きく振るって回転させ、遠心力を利用して地精機の大盾の上部にウォーハンマーを叩きつけた。
『グァアッ!?』
そのウォーハンマーの勢いで大盾が大地に向かって垂直に落ちて突き刺さり、その衝撃に盾を持っていた地精機の両腕が軋む。そして想定外の方向から来た衝撃にバランスを崩した地精機は前のめりに崩れ落ちた。
『チッ。ミルカ、奴を足止めしろ』
『はいっ』
ゴリアスは鉄球の杖を手放して腰の剣を抜きながら、風精機に指示を出す。そして、後ろに控えているマイアーにも声をかける。
『マイアー、テメエも前へ出ろ』
『あいよ。ガウロ、いくよ』
『待ってたぜ!』
ウォーハンマーの衝撃で崩れた地精機を抜かした全員が動き出した。
(まずはアレだねっ)
ベラの視線が風精機の方を向く。風精機は、炎を操る火精機と同じように風を操る精霊機だ。そして、風を用いた足止めの魔術を発動しようとしていた風精機にベラはウォーハンマーを投げつけた。
『きゃあっ』
グルグルと回転しながら風精機に投げられたウォーハンマーが激突してエルフの女性の悲鳴が響いた。その衝撃で風精機の両手に発生していた風の渦が暴発し、風精機が吹き飛んだ。発動中の魔術を中断されると暴発するのは、生身も精霊機も同じだ。しかし同時にこれでベラはメインの武器を失ったことにもなる。
『武器を手放すかいッ』
そして手ぶらのベラの『アイアンディーナ』に突進しながら、マイアーの鉄機兵がその手の剣をベラへと振り下ろした。ガウロの鉄機兵もその背後から迫ってきている。
『ヒャッヒャ』
ベラはそれを嬉しそうに笑いながら見て、腰に設置してある鞘から小剣を抜くと、振り下ろされた剣に対してそれを振り上げた。
(な……に?)
マイアーは驚愕する。
ベラの小剣がマイアーの剣をいなし、剣の軌跡をズラしたのだ。そして、そのまま『アイアンディーナ』の機体を避けてマイアーの剣は地面へ突き刺さった。
まるで小川の水面に突き出た岩を避けて流れる木の葉のように、マイアーの剣はするりと流されてしまった。土を抉った感触に気付いたマイアーの驚きは、しかし戦場において致命的なミスであった。
『うわぁッ!?』
『どこ見てるんだい。馬鹿が』
マイアーを襲う突然の衝撃は、ベラがマイアーの機体の懐へと入り込んで左手のライトシールドを胸部へとぶつけて起こしたものだ。
機体そのものはともかく、鉄機兵の中に乗っているのは人間だ。『アイアンディーナ』の攻撃による衝撃にマイアーの意識が一瞬飛び、その間にマイアーの機体は『アイアンディーナ』に足をかけられながら組みつかれて、そのまま機体を大地に叩き伏せられた。
『団長を放せぇッ』
そのマイアーを落としたベラに、ガウロは叫びながら槍を突き出して突撃する。マイアーの鉄機兵を組み伏せている今ならば、殺れると感じたのだ。
しかし、次の瞬間にはガウロの鉄機兵の槍は、その腕から消えていた。
『何ッ?』
ガウロは自分が何をされたのか分からなかった。ただ、背後の方からザクッと何かが刺さった音がしたのには気付けた。それを見る余裕はないが、その音の正体が弾かれた自分の槍が地面に突き刺さったために起きたものであることを察するくらいの頭はガウロにもある。
そしてガウロはベラの鉄機兵『アイアンディーナ』の左腕に仕込まれた仕込み杭打機が灼熱の赤に染まって射出されているのを目撃する。それは超高温に包まれている杭だ。瞬間的に出て鉄機兵を貫くほどの威力を誇る仕込み杭打機が発動していたのだ。であれば、その飛び出た杭が正面から槍とぶつかり、そして弾き飛ばされたのだとも容易に想像がつく。
それを理解したときには、もうベラは立ち上がり、ガウロの機体に飛び蹴りを入れていた。そして小型とは言え、鉄機兵一体分の重さの蹴りにガウロの機体も悲鳴を上げながらその場で転げた。
残りは……
『おや、随分と余裕みたいだねえ』
ベラが目を細めて、その相手を見る。
攻めてくると思っていた相手が悠然と立っていた。両手で剣を握ってゴリアスの鉄機兵『ヘッジホッグ』がベラの『アイアンディーナ』の正面に構えていたのだ。
今のベラならば、隙もあったように見えただろうにまったく手を出す気配がなかった。むろん、ベラも負けてやる気もなかったが、ゴリアスがチャンスを不意にしたのは間違いない事実だ。
『実力は理解できた。であれば、終わりが不意打ったところで返り討ちではあまりにも格好がつかぬからなぁ』
そうゴリアスは言って笑った。実力の差はここまでの戦闘で痛感したようだった。そして部下たちへの建前として無様ではない負け方を選択したとそう言っている。
『ハッ、格好がとかさ。最初に続けて不意打ちを喰らわせてきたアンタの言うこっちゃないね』
『どう勝とうと勝ちは勝ちだ。傭兵にとってそれが絶対だ。だが負けるときは格好良くいかねえとな。笑われねえ死に方で逝きてえじゃねえか』
『ああ、そうかい』
負けることを一切許容することがないベラには分からない話だ。ともあれ、一対一で挑もうというのならば受けるのみ。
ゴリアスはさきほどのダメージから起きあがってきていた地精機と風精機を下がらせて、前へと出た。
ベラは熱も冷めてきた仕込み杭打機を収納し、小剣を構えて、機兵『ヘッジホッグ』に向かって歩き出す。
それを見ていたバルが殺気立っているのが横にいるボルドには分かった。どうにも混ざりたいと思っているらしい。
『バル。あんたは後で構ってやるから、黙って見てな』
そしてバルの様子はベラも気付いていたらしい。そのベラの言葉を聞いてバルの気が静まった。むき出しの感情がバレたのを恥じているかもしれないが、鉄機兵の中にいてはそれはボルドには分からなかった。
そうして、互いに進んでいく『アイアンディーナ』と『ヘッジホッグ』の速度が少しずつ上がっていく。そして5歩目ぐらいからは両者ともに一気に走り出した。
それは大人と子供ほどの差もある巨人たちの対決だ。
そして初手は『ヘッジホッグ』の剣だった。
「くたばりやがれっ!」
振り下ろされた剣がベラを襲い、それをベラは盾で受け流す。そのままベラは小剣を『ヘッジホッグ』に叩き込もうと懐に飛び込んだ。
『すばしっこいが、しかしッ』
それをゴリアスは『ヘッジホッグ』の機体を前に出し、振り抜こうとした小剣にぶつけて勢いを殺す。そのまま『ヘッジホッグ』の装甲と『アイアンディーナ』の小剣がぶつかり火花が散った。
『ぐぬぅぅうおおお』
『ハッ、気張りすぎだね』
このまま押し切られれば、重量のない『アイアンディーナ』が『ヘッジホッグ』に弾かれるのは必然。しかし、ベラは瞬時に腰を落として『ヘッジホッグ』の足元へと入る。
『なんだっ?』
そしてゴリアスは機体の中で浮遊感を感じて叫んだ。それをベラは笑う。視界の狭い鉄機兵の中では今ベラが何をしようとしているのかは分からないだろう。ベラは相手の突進力を利用して『ヘッジホッグ』を『アイアンディーナ』ですくい上げていたのだ。
『ォォォオオオッ!?』
そして『ヘッジホッグ』が『アイアンディーナ』の背の上を抜けた勢いで回転し、そのまま地面へと激突して転がっていった。
『グアッ!?』
叩き落とされた衝撃にゴリアスが叫んだ。そして、
『チェックメイトだよ傭兵さん』
ゴリアスの意識が戻った時にはベラの左手が『ヘッジホッグ』の胸部に当たっていた。『ヘッジホッグ』の水晶眼を通して、それがゴリアスにも見えている。仕込み杭打機を撃てばゴリアスは即死する。それを理解したゴリアスは嘆息してから苦笑した。
『くく……負けだ、負け。分かったボス。アンタに雇われよう』
ゴリアスは観念したようにそういうと、ベラが『ヒャッヒャッヒャ』と笑って返した。こうしてベラはローゼン傭兵団とジャカン傭兵団の掌握に成功したのだった。
次回更新は3月18日(火)0:00。
次回予告:『第25話 幼女、出会う』
思ったほど蹴散らせられなかったベラちゃんは少し落ち込んでいました。
そんなベラちゃんに新たなる出会いが待っていました。




