第247話 少女、門を開ける
山岳都市バルグレイズ。
国境の境界ともなっているザッカバラン山脈に面し、硬い石の壁に守られたその都市は、周辺の鉱山から採掘される鉱物が集められるこの地域の中心であり、エルシャ王国の資源の要のひとつでもあった。
もっとも四年前のローウェン帝国のエルシャ侵攻時の最初期に侵略された都市でもあり、現在はエルシャ王国の領主が治めているのではなく、ローウェン帝国の獣人軍団の指揮官のひとりであるロッガ・メナスという男が都市を支配していた。
血の気の荒い獣人たちの中にあって、ホーンドラビットの獣血剤を打たれて半獣人化したロッガは比較的穏やかな性格で、鉱山の採掘を継続して物資をローウェン帝国に送る任に適していた。
それはここまでの彼が曲がりなりにも都市を運営し続けられていたことからも正しい采配ではあったのだろうと思われたが、けれども現在の状況を切り抜けられるような男でもなかったのである。
現に彼は今、怯えた顔をしながら戦場となりつつある北門に背を向けて歩いていた。
「こっちにも火の手が……忌々しいことだ」
ロッガは己が進む先で燃えている家々を苦い顔で見ながら、護衛とともに道を変えて進んでいく。
エルシャ・ヘイロー混成軍がバルグレイズのすぐそばまで来ていたことはロッガの耳にもすでに入っていた。それを率いているのがベラ・ヘイローであるということも。またロッガのもとへは獣神アルマの戦死と、その獣神を殺したのがベラであるという情報も得ていた。
勝てるわけがない……そう判断したロッガを責めることはできない。
何しろ獣神アルマは、その二つ名の通りに獣機兵乗りからは神のように讃えられていた戦士だ。そのアルマを殺した相手というだけでももはや勝ち目はないのに、アルマが死んだことで現在のエルシャ内にいるローウェン帝国軍は今右往左往しており増援を申請こそしたがいつ来るかは分からず、山を越えた先の同盟国である新生パロマ王国に至っては、逆に増援を望む声が届けられてきている。
現在の状況からすれば籠城をして獣魔ドルガの軍から増援を待つ以外の選択肢はない……と決めた矢先に南地区で放火が起きたのだ。
日が昇る直前に立て続けに起きた不審な火事によって就寝中であったロッガは叩き起こされ、その対処に人を回している間に人員の薄くなった北門にドラゴンが襲来してきた。
さらには外に駐留していたエルシャ王国と傭兵国家ヘイローの混成軍が攻め入り、外からは竜機兵らしき巨大な機体が体当たりで門を攻撃し、内側で暴れていたドラゴンには空飛ぶ鉄機兵が加わり、瞬く間に内と外から門を破壊されて都市内への侵入を果たされている。
状況は今やロッガにとって最悪といっていいだろう。戦力差は数の上ではまだ対抗できるが、質を考慮した場合には完全に崩れる。そのうえに人喰いである彼らはそもそもが嫌悪の対象であり、戦後の対応はそれこそ畜生扱いとされることも多い。ヘイローにも獣機兵乗りが多いのだから待遇については考慮されるかといえば、それどころか彼らは人喰いを肯定する半獣人に対しては輪をかけて情け容赦ないことでも知られている。
そうすることで彼らは自身らは違うのだということを立証しているのである。
「状況はどうだ?」
「ハッ、街内での戦闘となっておりますので進軍速度自体は緩やかとなったようですが……押しやられているようです」
通信機で仲間の状況を確認している配下の兵がそう答えるとロッガの顔が歪んでいく。
「やはり、赤い魔女相手ではどうにもならんか。俺の『バニーナイツ』はすでに運んであるな」
「はい。門の外に。しかし乗って逃げないんですか?」
早く逃げようというのであれば、ロッガの獣機兵の脚力はかなりのもので、並みの鉄機兵ならば追いつくことはできない。だがロッガは首を横に振る。
「起動すれば魔力の川との繋がりでバレる可能性があるからな。あのベラ・ヘイローの竜機兵モドキは空を飛ぶから場所がバレれば追いつかれるかもしれん。食らい尽くしきるまで餌をくれてやれ」
餌。己らが仲間に対してのその言い様に部下が顔をしかめ、それをロッガが睨みつける。
「なんだその顔は? あのベラ・ヘイローにはアルマ様すらも殺されたんだぞ。ここで全滅するよりは俺がドルガ様にこの場の現状を報告せねばならんのだ。奴らはその尊い犠牲というものよ」
そう言ってロッガはさらに歩を進めていく。
「くそ、また火か。別の道から迂回するぞ。まったく」
再び目の前に火の手が上がっているのを見てロッガが踵を返そうとした直後である。彼の視界が白く染まった。
「グガァアアアッ!?」
ロッガの目の前で爆発が起き、配下が肉片となって吹き飛んだのがわずかに視界に映った。同時にロッガ自身も衝撃によって吹き飛び、ゴロゴロと転がって建物の壁に激突した。
「ヒッ、痛ぅ。クソッ……なんだ!?」
視界が赤い。激突したダメージで全身が痛む。ロッガは口の中が切れてこぼれ落ちる血をぬぐいながら、ノタノタと上半身を起こした。そして、彼が爆心地へと視界を向けるとそこには誰かが立っていたのが見えた。
「なんだ。お前……俺を助け――」
「ああ、見っけた。嬉しいなあ」
ロッガが驚きの顔でその人物を凝視する。そこにいたのは顔が半分焼け爛れたドラゴニュートだった。人の形をしたトカゲの種族の表情が喜色に満ちているのを察してロッガの中の警戒心が一気に上がった。
「お前、何者だ」
「いやぁ。一応、街の地図を頭に叩き込んで、逃走ルートをある程度は想定して火をつけてたんすけどねえ……ただ、それでもちゃんと遭遇できるかっていうと微妙でしたし、あっしはとても運がいい」
その言葉にロッガは何かゾワっとしたものを感じ、全身が総毛立った。
何かは分からないが、目の前の男からはとてつもない危険な臭いを感じたのだ。それは魔獣の力を取り込んだ半獣人としての本能によるものか、ただ……ロッガは思った以上に身体にダメージを受けていて、今はまともに動けない。
「ご主人様が遊び終わるまでまだ時間もありますし、こっちもちょぉっと遊びましょうよウサギの旦那ぁ?」
「止めろ、近付くなぁ!?」
ロッガが叫んだ。けれども、南地区は火事によって人が出払い、今の爆発でも誰も近付いてはきていない。むしろ、火の手が広がったと理解しその場には近付かないだろう。悲鳴は炎にかき消され、やがて静かになるまで結局その場には誰も訪れなかった。
そして、数刻と経たぬうちにエルシャ・ヘイロー混成軍が山岳都市バルグレイズを落としたのだが、その後に都市を占領していたローウェン帝国軍の指揮官であったロッガ・メナスが街の片隅でもはや原形をとどめぬ姿で発見されることとなる。
その凄まじい惨状に襲撃に便乗した街の住人たちの恨みによる暴行であるのだろうとは推測されたが、真相については結局不明のまま捜査は打ち切られたのであった。
次回予告:『第248話 少女、都市を制する』
今回ベラちゃんは普通にお仕事をしていただけでしたので、最近見なかった人にスポットを当ててみたのですが、いかがだったでしょうか。当てる人を間違えた気しかしませんがドンマイです。
なお性格はあまりよろしいとは言えないロッガのおじちゃんですが、実は兎さんの血が濃すぎて見た目はほとんど白兎さんという特徴的な姿をしておりました。その姿はまるでぬいぐるみのように愛くるしく、ポンと出ている白く丸い尻尾が可愛いと部下からも評判で、女性や子供の人気も高かったそうです。
ある意味ではとても惜しい人を亡くしました。残念です。
※来週のロリババアロボの更新はお休みします。次回更新は1月8日 0:00となります。
また1月1日 8:00より『がっちゃ!』という新作を開始いたしますので、そちらも読んでいただけると幸いです。
なお、新作開始によるロリババアロボの更新ペースの変更はありません。




