第246話 少女、山に挑む
「うぅぅうう、全くもって空の移動ってのは嫌いなんですけどねえ。ほらドラゴンさんと違って、あっしは超劣化版のトカゲ野郎っしょ。翼がないってことは、そもそも飛べるようにできてないんですよ」
そんなことを言いながら火傷顔のトカゲ男が暗がりの中、地面へと飛び降りた。
彼が乗っていたもの、それは巨大な動く生き物、尾が鋭い槍のような形をした翼を持つ巨大な爬虫類、つまりはドラゴンであった。
さらには獣人族でも身軽で知られる猫人族たちが三人続けてドラゴンの背より降りてくる。
今は日が昇るよりもわずか前の頃、厳戒態勢にある山岳都市バルグレイズ内の離れへと彼らは空より侵入していた。
厳戒態勢とは言っても目が向けられるのは外であり、内部も警戒こそされてはいるが、光のない真夜中にこんな人気の少ない場所に空から侵入されたのでは気付くのは至難であった。飛行兵器を近隣の国においてもっとも有しているローウェン帝国でも、その対処については未だ確立していないのが現状なのだ。
グルゥ
そして軽く愚痴を垂れているジャダンへと、ドラゴンが少しばかり唸って視線を向ける。そのドラゴンが槍尾竜ガラティエであり、また内に宿っているのは憑依しているケフィンであることを知っているジャダンはチロチロと舌を出しながら「分かってますよぉ」と笑う。
「けど、多少は労ってくれてもいいでしょうケフィンさん。まあ、ご主人様が突撃するのはどうかってのは分かるんですがね。だからってあの人を説得するためにあっしまで駆り出して使うのは感心しないっすねぇ」
ジャダンがそう口にした通り、彼らがこの場にいるのはベラがガラティエを連れていくとはいえ、単独で動こうとしたことを危険視したケフィンたちが説得して行動した結果であった。
ベラとて自身が動くのは、それがもっとも効率が良いからであるに過ぎず、代案があるのであれば方針を変えることを認める柔軟さはあった。もっとも空が苦手なジャダンが嫌がる顔を楽しんでいたということもあったのだが。
「ホント、あっしは空とか嫌いなんですから」
そうジャダンが言いながら、ふと何かに気付いて別の場所を見た。
「おい。なんだ、お前らは?」
そして、突然声がその場に響く。見回りであろう衛兵たちが近付いてきたのだ。その衛兵たちをジャダンが目を細めて観察したが、どうやら潜入に気付かれたという風ではないようだ。
暗がりに人の気配を感じて警戒してやってきたというところだろう。そう理解したジャダンは、衛兵たちに向かってヘラヘラと笑いながら、まるで酔っているように千鳥足で近付いていく。
「ああ、すんません兵隊さん。ちょいと酔いが回りましてねえ。あっしは少し夜風に当たってたってぇところでさぁ」
「酔いだと? こんな状況でよくも……って、おい。後ろのブォッ!?」
衛兵が暗がりの奥に身を潜めたガラティエに気付いて声を上げようとした次の瞬間に、千鳥足だったジャダンの足が一気に動き、そのまま近付いて衛兵の喉元にナイフを突き刺していた。
「クソ、このトカゲ。なんだお前ッ、がぁ」
「あーららぁ。幸先悪いなぁ。まあ、今来たってことはしばらくは別の見回りは来ないっすよねえ。ねえ?」
血の泡をこぼす衛兵の男の喉元に刺したナイフをグリグリと回しながら、ジャダンはもうひとりの衛兵を仕留めている獣人族たちを見た。
猫の系統の獣人は暗殺者の素養が高いと言われており、ジャダンに注意が引かれた隙に彼らは闇夜に紛れて間合いを詰めて殺したようだった。
まったく声を上げさせることなく即死させた技量は見事なものと言えたが、ジャダンにしてみればそれは目を覆いたくなる惨状でもある。
「ハァ。勿体ないことしますねえ。せっかく殺すんだ。だったらもうちょっと、ちゃんと楽しみましょうよ。命ってのはなにものにも代え難い尊いものなんだって大神教の司祭様も言ってましたよぉ。だぁかぁら、あっしはちゃんと丁寧にひとりひとりじっくりと楽しむことにしてますのに。と、あ……分かってますってぇ。睨まないでくださいよ猫の方々。仕事は仕事。しっかりやりますってば」
ジャダンはそう言ってナイフを突き刺した衛兵の首をゴキリと折って地面へ投げ捨てると、ケフィンと獣人族たちから背を向けて歩き出した。
「まあ地図はあるし、砦落とすよりゃあ楽でしょう。あっしが燃やしている間にさっさと門開けちゃってくださいよケフィンさん方」
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『街に火がついたようです』
『ああ、ジャダンたちが動いたかい』
ジャダンとケフィンたちが潜入してから数時間。
ベラたちヘイロー・エルシャ混成軍は山岳都市バルグレイズより少し離れた地で待機をしていた。
当然のことながら大人数を抱える軍隊だ。そんなものがすでに近くに来ているのであれば都市にいるローウェン帝国軍にもすぐに知られていたし、ベラたちにしてもその場に着いて早々に、バルグレイズの元々の所有権を主張し引き渡すようにという要求も届けていた。
もっとも現時点において相手からの反応は要求の拒絶だけであり、戦いを仕掛けてこようという動きはなかった。何しろ戦力差は数の上では同じかバルグレイズの兵の方がやや少ないというところではあったし、ラーサ族の戦士の力は知っていれば倍の戦力であっても正面からまともに挑もうとするわけもない。都市を盾に籠城戦を仕掛けて増援を待つことこそが、彼らが望める数少ない勝ち筋だ。
だからこそ、ジャダンたちがその選択を切り崩すために行動していたのである。
『総団長。相変わらず、あの男を使いますな』
『使えるからね。だったら使うよ』
共に待機中であるガイガンの言葉にベラがそう返す。
ドラゴニュートという種族の亜人で、ベラの奴隷でもあるジャダン。
爆破型火精機の乗り手であり、本人自身が炎と爆発を得意としている……というだけならば問題はないのだが、本人の度が過ぎた加虐嗜好が好かれるはずもなく、ベラの抱える人材の中でもっとも周囲から嫌われている男であった。
『嫌悪感を露わにする者も少なくはありません。あれをまだお使いになるのですかな? せめて、距離を置くだけでも』
ベラが汚れていないなどとは思ってもいないガイガンだが、過度の汚点は排除すべきだろうとも考えている。少なくとも戦士としてガイガンはジャダンを認めるつもりはないし、ベラのそばに置いておくべきではない……と思っているのは別に彼だけの話ではない。
『嫌だよ。ありゃあ、あたしの所有物だ。不細工なペットだとでも思って接しな。それにさ。あたしが距離を置いたら、あんたらアレを殺すだろう?』
『そのようなことは……』
言葉に詰まったガイガンにベラが笑う。
『諦めな。私はアレに恩もある。あたしを生かし続けたのはジャダンただひとりだからね。あいつだけが残って、あたしを生かした。それは分かっているね?』
『話はうかがっています』
それはベラがベラドンナ傭兵団と別れてから再び戦場に現れるまでの間のことだ。奴隷であったジャダンは、奴隷印により離れられなかったし、ベラを生かし続けなければならなかった……という事情があったにせよ、それでも竜の血を浴びたことで肉体が変質し瀕死であったベラを救ったという事実は変わらない。
少なくとも常に己の力で勝ち抜いてきたベラにとって、命を助けられたと感じられる人間は実のところ『アイアンディーナ』を任せているボルド以外ではジャダンしか存在していない。
『褒美にあたしのミルアの門を最初にこじ開けさせてやろうかとも思ったんだが……ありゃあ殺す相手以外はイけないタチだって言うしガラニアの棒の徒らしいからね。まあ、雌役になるのが好みだとも言っていたけど』
『救い難い』
一言ガイガンが吐き捨てるように言葉を返すと、ひゃっひゃっひゃとベラが笑った。
『あたしもワンピース着たあいつはちょぉっと見たくはないけどねえ。まあいい。準備をしな。門を開けたらあたしは飛び越えて、ケフィンと合流する。リンロー、あんたがこじ開けな』
『応ッ』
ここまで黙っていたリンローが言葉を返し、機竜形態の混機兵『レオルフ』を立ち上がらせる。続いて、周囲の鉄機兵たちも銀霧蒸気を吐き出しながら動き出した。
その様子を見ながら、ベラも『アイアンディーナ』を起動させ、そして山岳都市バルグレイズへと視線を向けた。
『さて、街を奪るかい。ま、大した手間じゃあなさそうだが……油断はすんじゃないよ』
次回予告:『第247話 少女、入場する』
実はジャダンのお兄ちゃんはベラちゃんにとってとても大切な人だったようです。今回はベラちゃんの意外な一面が見れて、ちょっと微笑ましく感じてしまいました。ベラちゃんって本当に可愛い子ですよね。




