第243話 少女、要塞に入る
「ヘイロー兵団、総団長副官リンローだ」
「ベラ総団長の従者パラ・ノーマです」
ローウェン帝国軍を退けて戦闘終了後の処理も終えたエルシャ王国のダイズ王子とアルマス将軍のふたりの前にやってきたヘイロー軍の代表、それはベラ・ヘイローではなくリンローとパラであった。
その二人の横に立っているフォルダムが緊張した面持ちで口を開く。
「ダイズ王子、アルマス将軍。ベラ・ヘイロー総団長は現在、休息中です。であるからして、代理であるおふたりをお連れいたしました」
「休息中?」
ダイズがどういうことなのかという顔をすると、リンローが一歩前に出て口を開いた。
「すんませんね。総団長はまだ子供なんですわ。運動のあとはオネンネが必要なんですよ王子」
その言葉にダイズは少しばかり不快な表情を見せたが、すぐさま思い直し、逆にまさか……という顔になった。
「子供というのは……話には聞いているが、本当にそうなのか?」
ダイズの言葉の意味するところはここにいる全員が理解できていた。
ラーサの英雄、赤い魔女、竜飼い、クィーンの隠し子とも呼ばれるベラ・ヘイローには常にひとつの噂がつきまとっていた。曰く年端もいかぬ幼女だと。
しかし幾人もの性奴隷を抱え、財宝の蒐集にも余念がない欲深とも知られており、少なくとも話の印象からすれば老婆の如くとは誰もが感じる印象だ。故に三十を超えたぐらいの見た目だけが若い女なのではないかというのが定説であり、本当の意味で幼女であるなどと思う者は実際に会った者以外はいないのが現実だ。
当然のことながらダイズもアルマスも本当にベラが幼女などとは思ってもいなかったが、フォルダムは苦笑しながら頷いた。
「はい、事実です。後ほどお会いになられれば分かることでしょうが」
「まあ、総団長も見た目以上に若えしな」
リンローの言葉にダイズが(やはりか)という顔をしたが、
「今十だっけ? 六歳ぐらいにしか見えねえけど」
「竜の血のせいですね。成長はまったくしていないわけではないそうですが」
続けてのやり取りにまた困惑の顔に戻った。それにパラが少しだけ眉をひそめてから、ベラが来ていないことを気にしているのかと感じたのか「申し訳ありません」と口にした。
「先の戦闘はベラ総団長を以ってしても激戦であったのです。特にあの方の鉄機兵は操作の難しさから過度に集中力を要求されるため、全力を出すと場合によっては数日寝込むこともありまして」
「なるほど。それは見張りからの報告でも聞いている。獣神アルマを倒した後も迫る獣機兵に対して大立ち回りを演じたとも聞いている」
「実際に戦闘後の状況を見させていただきましたが、はは……同じ鉄機兵乗りとして自信をなくす有様でしたな」
アルマスの言葉にダイズが頷く。
「そうだな。本来であれば、あれは我らが自ら活路を切り開くべきところ。それを獣神アルマと巨獣機兵をも単機で仕留めていただいたのだ。感謝の言葉こそあれ、眠りを妨げたいというつもりはない」
「感謝しやす。ま、言伝ですが報酬分はちゃんと働くって言っていましたぜ」
その言葉にダイズとアルマスが笑う。それからダイズが表情を改めて、リンローとパラを見た。
「では、相応の報酬をこちらも用意できるよう努めよう。そして歓迎するヘイローの方々。我らはあなた方の力を必要としている」
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「ここはどこだい?」
「起きましたか総団長」
そして、リンローたちがダイズと会っている一方で、目がさめたベラが周囲を見回していた。外はすでに暗く、部屋の中は灯りがついていて、ベッドの横ではガイガンが護衛についていた。
「ガイガンかい。ここは……要塞の中かい?」
ベラの問いにガイガンが頷く。
「要塞アルガンナの賓客室です。戦闘終了後に総団長が眠りについてから大体二時間というところでしょうかね」
「ああ、そうかい。思ったよりは目がさめるのが早かったねえ」
そう言ってベラは先の戦闘から今までのことを考えてから「状況は?」とガイガンに尋ねた。
「部隊は要塞内に。リンロー副官とパラがダイズ王子たちと現在会談しています。今からいかれますかな?」
「いや、身体がダルいしもうチョイ寝させてもらうさ」
その言葉にガイガンが「承知しました」と言って頷いた。
「ガイガン。あんたの見た感じ、エルシャの方の反応としてはどうだい?」
「過剰にといっていいぐらいに歓迎されています。総団長を英雄と呼ぶ声も多い。クィーン・ベラドンナの再来とも」
その言葉にベラが笑う。ベラにしてみればただの負け犬の老婆でしかないが、名を利用できるのであれば利用してやろうと動いていた。
「それでいい。精々盛り上げておきな。モーリアンに届かせるには名声が必要だ。八機将をふたり倒したというのは悪くない」
「それはそうでしょうが、ただ今回はそれにしても無理をし過ぎでしょう。さすがにひとりでアルマを仕留めにいったのには肝が冷えましたぞ」
ガイガンにしてみれば、先の戦闘は悪夢に近いものがあった。勝利に浮かれている獣機兵の軍団を横から奇襲するということ自体はまったく問題はなかったが、ベラは敵の大将の下へとひとり空を飛んでいってしまったのだ。
部隊に損傷を出さぬよう、限りなく急ぎベラのもとへと辿り着きはしたものの、久方ぶりに心の臓が止まるかと思った状況であった。
「仕方あるまいさ。あの状況で首を引っ込めたガーメどもをおっ勃てさせるにゃあ、よっぽどしゃぶりたくなるようなミルアの門をおっ広げるしかぁないじゃないか。ま、結果は出た。悪くない賭けだったさ」
そう言って笑うベラにガイガンが少しばかりため息をついた。
竜撃隊は確かに獣機兵軍団を圧倒した。もっとも勝利間近の油断、大将を討ち取られたという動揺、命令系統が破壊されたことによる困惑……それらすべてがガイガンたちの優位に働いたことによる部分が大きい。
それでも多勢に無勢であることは確かで、あの場面でエルシャ王国軍が進撃して来なければ空を飛べるベラはともかく竜撃隊は壊滅していた可能性もあった。
「八機将……ジェネラル・ベラドンナを引っ張り出してくりゃあジーンまで辿り着くのかねえ」
「皇帝ジーンを?」
以前にもガイガンはそのような言葉を聞いている。ベラはローウェン帝国というよりも、皇帝ジーンに対して妙な執着を持っているようだと。
「あたしゃ、ヤツの頭を割りたいのさ」
そう言いながら、ベラの瞼が閉じていく。
「昔からしっくり来なかった……どうしてもやり残した気がしてならなかった……あと一歩、あと一振り……あたしはそれを今度こそ」
「それは……」
どういう意味か。そう尋ねようとしたガイガンの耳に静かな寝息が聞こえる。どうやらベラは再び眠りについたようだった。
「ふぅ、寝たのか。よく分からぬ方だ」
それからガイガンは少しばかりため息をついてから、ベラの体に掛け布団を掛け直すと再び護衛に専念することにしたのである。
次回予告:『第244話 少女、讃えられる』
おやすみベラちゃん。良い夢を!




