第242話 少女、獣神を屠る
『アッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ』
猛る声が戦場に響き渡った。その笑い声に対して無数の獣機兵が我先にと駆けていく。起きているのは壮絶な殺し合い。肉片と金属片が飛び散り、怒号と悲鳴が飛び交う。
その状況は今よりわずかに遡った、この戦場のど真ん中で彼らの将が殺されたことから始まっている。死したるは獣神アルマ。ローウェン帝国の八機将のひとりであり、獣魔ドルガと並んで獣機兵軍団を率いている男だ。
アルマはベヘモスタイプの獣機兵乗りではあったが、マルカスの町で遭遇したべへモスタイプとは違って最初期の、ただの実験にも等しい頃に偶然にも成功した古参の半獣人であった。
己が力のみでのし上がってきた武を誇る戦士でもあり、己こそがもっとも強者であると言ってはばからぬ、またそう口にすることが許されるだけの実力も持っていた。
しかし、だからこそ彼は天より降り立った赤い鉄機兵の挑発に乗ってしまった。その赤い鉄機兵『アイアンディーナ』に乗っているのは今やローウェン帝国内の兵たちでも知らぬ者はおらぬであろうベラ・ヘイローと呼ばれる女の鉄機兵乗りだ。
そのベラに決闘法を挑まれたアルマは受けた。
戦場であれば決闘法の誘いなど本来は無視していいはずだ。けれども、数で仕留めることは最強を自負するアルマの矜持が許さなかった。止める者もいない。周囲にいる部下たちも彼らを率いている男が敗れることを微塵も想像してはいなかった。
これまでもそうだったから、これからもそうなのだと。戦場に絶対はないが、しかしその絶対を可能としてきたからこそ、アルマという男は今も戦場に立っていた。
八機将デイドン・ロブナールを屠り、イシュタリアの賢人の竜機兵も跳ね除け、ムハルド王国を侵略した存在が目の前にいる。輝かしい勲章が転がり込んできたにも等しい状況をアルマは逃す気はなかった。
もっとも、それでもアルマが窮地となったのが分かれば周囲の獣機兵たちも対応できたかもしれない。けれども『アイアンディーナ』の猛攻は素早く、すべては遅すぎた。
最初にベラが仕掛けたのはアルマが好む正面からのぶつかり合い。当然機体の出力差はアルマに分がある。故にベラは左の仕込み杭打機の鉄芯で掴まれた腕を貫き、さらには右の竜頭の炎を浴びせて怯んだところで一歩跳び下がった。
それをアルマが追った。『アイアンディーナ』はギミックの多い機体ではあるが、パワーにおいてはアルマの優勢であることは初手で判明している。力で押す。そう決めたアルマに対してベラは竜尾に絡めた回転歯剣を死角である真下から振り上げさせた。
獣機兵たちから驚愕の声があがったが、さりとてアルマも八機将のひとりだ。一瞬の機微でそれを避けることには成功した。
しかし、そこで終わりだった。
次の瞬間、竜の心臓発動による出力増加と竜翼の推進力による加速を乗せた仕込み杭打機の一撃が獣機兵の胸部へと突き刺さっていた。アルマはおそらく己が死んだことすらも気付かぬうちに命を絶たれたであろう。
そして、崩れ落ちる獣神の機体を見た獣機兵たちが怒りの咆哮と共に襲いかかるまでにかかった時間は一瞬だった。彼らにとっての決闘など、所詮はアルマの強さを証明するためのお遊びだ。ならば遊びで将を失った間抜けどもがとる行動はひとつしかなく、一方で獣性を剥き出しにした殺意の波に対してベラは大いに猛りながら殺し合いに興じ始めたのである。
『ヒャッハァアアアアアア』
配下も増え、己が手を下すことも少なくなったこともあり、そもそもが自ら戦うに値するほどの相手も少なかった彼女にとって、それは久方ぶりの戦士としての本気であった。
『ベラ・ヘイロー、アルマ様をよくも』
『殺せぇえ。たった一機だ』
『紅の装甲を奴の血で染め直してやれ!』
対して獣機兵も勇猛果敢に攻め続けている。
だが何機来ようが、一度に迫る敵の数には限りがある。ベラならばそれらを御せる腕がある。また半獣人=乗り手であるために、ベラにとっても天敵である対鉄機兵兵装を持つ歩兵も獣機兵軍団にはいないことも彼女の行動をより加速させている理由であった。
『いいねぇ。もっと来な。ああ、そうだ。この胸に飛び込めたら吸うぐらいは許してやるさ』
挑発の言葉が飛び、言葉にすらならない無数の怒りの咆哮が返される。
ソレにベラが臆するなどという事態は当然起こり得ない。寧ろ魔力を見る竜眼持ちの彼女にとって、感情の揺らぎとともに発露される魔力の波は位置を知らせる目安にすらなる。それらを感じ取りながらベラは針の隙間を縫うように胸部の隙間をピックで貫き、尾に巻きつけた回転歯剣で背後を牽制しながら、翼を広げてわずかに舞って相手の機体の背後へと降り立って頭部を陥没させて乗り手を圧殺する。
『ヒャハッ、死んじまったかい。そっちもこっちも! けど、足りないねえ。もっとおくれよ。たっぷりとぉ!』
『ウワァアアアアアアアア!?』
ついには逃げ出す兵も出始めたが、構わずベラは己に挑む者たちを屠っていく。絶叫も、悲鳴も、呪いの言葉も、憎悪の猛りも、命乞いも、懺悔もベラは等しく絶っていく。その一瞬一瞬で命を散らしながら、ただ心の中は静かに、穏やかに、己の動作を、視界を、見えぬ死角を予測し、すべての感覚を導入し、何もかもを研ぎ澄まして最善の一手を繋いでいく。
アームグリップをわずかに揺らして最小の動作で攻撃を避け、フットペダルを踏んで肩からぶつかり跳ね除けて、途中に巨大な火球が降り注いできたが、それは竜の心臓を再起動して放った炎のブレスで相殺した。
『危ないねえ。チッ、あっちもかい』
爆散し周囲に飛び散った火球が獣機兵たちを焼いていく間を駆け抜けながら、ベラは続けて仕掛けようとした巨大なハリネズミの巨獣機兵へと駆けていく。
『止めろ。あの赤いのを串刺しにするんだ!』
『無理です。もう間に合いません!?』
無数の槍が飛び出す寸前に捻れ角の槍を一本、それでも止まらなかったので二本目も刺して『アイアンディーナ』がハリネズミタイプの巨獣機兵を停止させる。
『ハッ、デカブツが。鈍いんだよ』
そううそぶきながらベラは火球を吐いたトカゲタイプの巨獣機兵へと目を向けたが、どうやらそちらは戦場から離脱しようと後退しつつあった。
とはいえ、敵はまだいる。であれば、十分に己のウォーハンマーを満足させようと振り上げ……
『待った、総団長!?』
『アンッ?』
金属音が響き渡った。そしてベラの顔から笑みが消える。ウォーハンマーを振り下ろした機体に覚えがあったのだ。
『なんだい。リンローじゃないか? 何をしてんだい?』
『何って……総団長に殺されようとしてますけどぉ?』
見れば『アイアンディーナ』の一撃を混機兵『レオルフ』が受け止めていた。同時にガイガンを先頭にした竜撃隊が周囲になだれ込み、ベラへと向かっていた獣機兵たちを牽制して遠ざけていく。
その様子にベラは己の瞳から暴力性を宿した光を消し、一息ついてから『レオルフ』へと視線を向けた。
『そんでリンロー、あんたもあたしと戯れたいのは分かるが、時と場所を考えな。あたしゃ、まだ伽を頼む年でもないんだよ』
『いえいえ。そんなつもりどころか、問答無用でウォーハンマーをブチ込まれたんすけど俺!?』
『男がグチグチ言うんじゃない。たく、久方ぶりに没頭してたねえ。それで、首尾は?』
その言葉にリンローが『アイアンディーナ』へと視線を戻し、それからその背後に散らばっている残骸の山が視界に入ったことで背筋に冷たいものを走らせた。『アイアンディーナ』の機体からは魂力の輝きが漏れ続けている。一体どれだけ殺してきたのか……と思ってしまうほどに散らばった獣機兵の残骸の道ができているのだ。
もっともバーサーカーさながらに戦闘を行っていたにもかかわらず、ベラが竜撃隊との合流地点へと一切見失わずに、迷わず進んでいたことも分かってしまう。そんなベラの恐るべき力に驚嘆しながらも『エルシャの軍が動きましたぜ』とリンローは伝えるべき報告を口にする。
その言葉はケフィンたち獣人部隊による航空偵察の情報をパラ経由で届けられたものであるために精度も高い。それからベラが目を細めて『なら、いい』と返した。
『大将とデカブツは殺ったし、お膳立ては十分にしてやった。巨獣機兵が一機残っているが戦線を離脱していくようだしね。これで連中が動かないようならさっさと帰ろうかとも思ったが……まあ、ひとまずあたしらは退がるよ』
『いいんですかい?』
リンローの問いにベラは迷いなく頷いた。
『疲れたし、後はエルシャの連中の仕事さ。巨獣機兵がなけりゃあ戦力に差がそこまではないからこそ要塞も今まで保っていたんだ。気合が戻りゃあ、それなりの仕事はしてくれるだろうさ』
そう口にするベラの耳にも遠くからの鬨の声が届き始めている。
その場からでは見えぬが、要塞アルガンナよりエルシャの兵たちが雪崩のように出てきているのだろうことは想像に難くない。
そしてベラたちが退却する一方でエルシャ王国軍とローウェン帝国軍の激突が開始される。それは最終的に双方ともにそれほどの損害こそなかったものの、すでに獣神アルマと巨獣機兵一機を失っていたローウェン帝国軍はその場に留まり続けることを諦めることとなり、この地を撤退していったのである。
次回予告:『第243話 少女、要塞に入る』
少女の頑張る姿を見て、お兄さんたちも頑張るぞいって気合が入ったようですね。ベラちゃんもこれにはニッコリです。




