第241話 少女、獣神を討つ
「これはもう、さすがに終わり……かな?」
「ハッ」
エルシャ王国の西部にある要塞アルガンナ。
そこはローウェン帝国の侵略を留めているエルシャ王国最後の防衛線だ。
そして、アルガンナ内の司令官室ではふたりの男が向かい合って難しい顔をしていた。片や椅子に座って唸っているのは若きダイズ王子、片やダイズの前に立っている壮年の男は四王剣の一振りとして知られるアルマス将軍だ。彼らの間にあるテーブルに広げられているのは要塞アルガンナの周辺地図であり、ローウェン帝国の軍勢の配置を示した駒が置かれていた。ふたりはそれを睨みつけていた。
彼らが悩んでいるのは、そこに出口の見えない問いがあるからだ。
実のところ、答えはもう出ている。その先にあるのは死だという事実。だからこそ彼らは知恵を絞り、別の答えがないかを考え、結局は何も浮かばずにただ地図を眺めていたのだが、最終的にはダイズの口にした言葉がすべてであった。この要塞はもう終わっている。それが現実だとふたりは理解していた。
「王子をお守りするのが我が役割でもあるというのに、このような惨状を招いたこと。申し訳なく」
「言うなアルマス。アレが来ることは誰にも予想はできなかった」
ダイズがそう返す。
彼らはローウェンの獣機兵軍団を前に、要塞アルガンナで籠城をしながら戦い抜いていた。
獣機兵は戦闘時には興奮して頭に血が上りやすく、高度な作戦行動が取り辛いという欠点がある。恐ろしいのはその出力を全面に発揮しての正面衝突であり、要塞という盾で身を守りながらであればダイズたちも獣機兵と対等に近い形で戦い続けられてはいたのだ。ジリ貧ではあったが、増援が来れば……という期待もあった。『アレ』が来るまでは。
「あんなものはこれまで確認できていなかったのだ。けれどもローウェンはあの怪物どもを戦場に投入してきた。誰の責かを問う意味はもはやない。あんなものが戦場に投入されれば今後より一層状況は悪化するという事実がハッキリしているだけだ」
ダイズがギリギリと歯ぎしりをしながら、地図を睨みつける。
そこには獣の駒が二つ並べられていた。それが今彼らを追い詰めているものの正体だ。
彼らと相対している獣機兵軍団に巨大な獣機兵が二機、増援として配備されたことが状況を一気に傾けた。
「しかし、あの巨大な獣機兵はいったいなんなのでしょうか。ヤツらさえいなければ、ここで増援を待ち続けることもできたのでしょうが」
口惜しいという顔をしてアルマスが獣の駒を見る。
「つまり相手は我々のそういう状況を察して、手を打ったということだ。実際私たちは上手くやっていたのかもしれないな。だからこそヤツらはアレを投入したのだろう」
ダイズがそう言った後、大きく溜息をついた。
彼らを悩ます巨大な獣機兵。それがムハルド王国で開発に成功し、その技術をロイ博士がローウェン帝国に持ち帰って作り出した巨獣機兵であるということを当然彼らは知らない。もっとも知っていたところで恨み言の相手にムハルドの名が増えることはあっても状況が好転するわけではないが。
そして彼らが観測した限りでは投入された巨獣機兵はトカゲタイプとハリネズミタイプの二機。トカゲタイプは巨大な火球を放ち、すでに門がもう保たぬところまできているし、ハリネズミタイプは高い城壁を飛び越えて槍の雨を降らすギミックウェポンを備えていた。
今や要塞は建物の中以外は安全とは言えず、その建物すらも何度かの攻撃によって天井が抜けて破壊されており、人的被害も多数出ている。だが、要塞内に閉じこもっている彼らがいざ巨獣機兵を倒そうとしても、すぐに退避されて近付くこともできない。実際破壊するための決死隊を送ったこともあったが、取り囲まれて犬死となっている。
「それに我が兵たちの精神的なストレスも大きい。押さえつけておくのももう限界だろう。要塞の中で閉じこもったまま死ぬよりは華々しく戦場で散ろうと嘆願してきている者もいると聞くぞ」
ダイズの言葉にアルマスも頷く。当然王子であるダイズの前にまでは来ていないが、アルマスは直にその嘆願を受けてもいた。
何しろ門が破壊されれば獣機兵が一斉になだれ込んで要塞内を蹂躙されてしまうだろう。狭い要塞内での少数同士の戦いでは力の勝る獣機兵の方が圧倒的に有利だ。閉じこもり続けて一方的に嬲られる可能性を考えれば、玉砕覚悟で挑むことを……と兵たちは焦れている気配も彼らは把握していた。
残り時間はあと一日あるか否か。壁を破壊した方がマシというぐらいに強固な門ももう間も無く破壊される。新王都より増援は向かっているし、傭兵国家ヘイローの協力も取り付けたと連絡は来ているのだが、それを待つ時間がもうない。
そして何より現状、双方の軍の士気の差も大きい。
獣機兵は精神の影響が性能に出やすいのも特徴だ。そして今の奴らは発情期の盛りのついたネィゴの如く興奮している。対してダイズたちの兵は今が限界。増援の望みも断たれている今、これ以上はもう下がる一方だと。
「ヘイローは分かりませんが、新王都からの増援は早くて一週間。当然、門は保たぬでしょう。であれば、最後は騎士らしく正面より挑む方がらしいというものかもしれませぬ」
「そうだな。一匹でも多くを倒し、奴らの屍を築く。それが父上たちの命を繋ぐことになれば本望だ」
そう言い合ってふたりが笑う。そして結論は出たとばかりにダイズが立ち上がった。戦士としての誇りを持って死を迎える。彼らはそう結論付けた。
だが、ダイズが立ち上がったのとほとんど同時に部屋の扉が勢いよく開き、外から兵が飛び込んできた。その様子にダイズもアルマスも面食らい、アルマスが「何事だ。無礼であろう」と声を荒らげた。
けれどもその兵の顔を見て何かを感じたダイズがアルマスに手を伸ばして制止する。
「いや良い。どうした、何かあったのか?」
「ハッ、申し訳ございません。見張りより報告が。至急お伝えしなければならぬと」
伝令の兵士の形相にふたりは何事かと感じ、アルマスが「まさか」と口にした。
「門が破られたのか!?」
「いえ、違います。は、八機将、獣神アルマが死にました。赤い鉄機兵によって討ち取られて……」
「は?」
その言葉に驚愕の顔をしてダイズが立ち上がる。
「なんだと!? どういうことだ!」
それはアルマスも同様の想いだった。何故にこちらを追い詰めているローウェン帝国の将が今討ち取られているのか。意味が全く分からない。対して兵は「ヘイローです」と声を張り上げて返した。
「傭兵国家ヘイローの旗印を掲げた部隊が獣機兵軍団に襲撃を仕掛けています。赤い鉄機兵は空を飛び、獣神アルマを倒し、今も戦場で戦闘を行なっています。これは好機です王子。今ならば彼奴らを一気に押し返すことが!」
「ダイズ王子!」
「分かっている。状況は分からぬ。分からぬが、しかし」
ダイズは剣を手に取り、兵に声を上げる。
「その言葉が虚言ではなく事実であるならば兵を集めよ。今すぐにだ!」
「すでに召集はかけております! 勝手を行った責は」
伝令の言葉にダイズが「良い」と言って笑う。
どうやら自分に連絡をよこす間に何もかも進められていたようだと。それを咎めるつもりもなく、ダイズはアルマスに頷いて、そして彼らは己が愛機のもとへと駆け出していった。
そして、戦場では……
次回予告:『第242話 少女、獣神を屠る』
おやおやベラちゃん、スナック感覚で討っちゃったみたいですね。




