第240話 少女、要塞に向かう
エルシャ王国の正式な要請を受けてから四日後。
マルカスの町にベラが呼んだヘイローの兵たちが到着したことで、ベラ率いる竜撃隊はフォルダム騎士団と共にようやく要塞アルガンナへと向かい始めることとなった。
順路は一旦東の道を辿り、その後に北上する予定で進軍し、その途中でリンローは機竜形態の『アイアンディーナ』の上でベラが南方に見える山脈を睨みつけているのに気付いて声をかけた。
『総団長、山の方がどうしたんすか? 巨獣かローウェンの兵でも見えましたかい?』
「ああ。いんや、別に何があるってわけじゃあないさ。ただ山が見えてたんでね。ちょっと景色を眺めていただけだよ」
問いに対してベラがそっけなく言葉を返すが、発せられた声は明らかに不機嫌そうであった。
『ザッカバラン山脈。あの先にはルーイン王国領……今は新生パロマがあるわけだ。ローウェンもあちらに兵を送りたいところだろうが、軍隊で越えるには少々厄介な山さ。それが今はこっちに有利に働いてはいるんだけどね」
『詳しいんで?』
「まあ、昔ちょっとあったからねえ」
そう返して口を閉じたベラにリンローもそれ以上は尋ねなかった。
リンローは知らなかったが、ベラが見ていたザッカバラン山脈はかつてベラが率いていたベラドンナ傭兵団がエルシャ王国に逃れようと山越えをして失敗し、事実上団が消滅することとなった因縁の地だ。
その後、デイドンとの戦いで意識を失ったベラはジャダンに介抱されることで生き永らえたが、意識が目覚めた時にはもう全てが手遅れとなっていた。
その後に当時の仲間であったパラとボルド、コーザこそ取り戻したが、デュナンはローウェン帝国に捕まっている間に殺され、逃げ延びたヴォルフは槍鱗竜ロックギーガを護って亡くなり、エナに至ってはベラ自身の手でその命を終えることとなった。
なお残りの仲間のひとりであるバル・マスカーについては現在ジェネラル・ベラドンナのもとにいることは確認できているが、デュナンの元配下であるデュナン隊についてはデュナンが殺された後にどこかに連れ去られていて、パラたちもその後の行方を知らないということだった。
それは苦い過去の記憶であり、ベラにとっては敗北の傷痕だ。その痛みをベラはとうの昔に克服しているが、あの山が見えたことで若干ナーバスになっているようだった。そう自覚したベラは「ふん、借りは返すさ」とだけ呟いて、それからザッカバラン山脈から視線を外して進み始めた。
そして行軍は続いていく。途中、ベラたちは滅びたふたつの村を発見した。村の状態からまだそれほどの時は経っておらず、死体が喰われている形跡もあることからそれはマルカスの町に向かってきていた獣機兵部隊によるものだと思われた。それは無残と言っていい光景だった。食い散らかされた村人が晒され、弄ばれた様子も見て取れた。
とはいえ、それを見てもベラに何か感慨が湧くようなことはない。
戦争で村が滅びることなど珍しくもないし、こうした略奪は盗賊や傭兵の専売特許というわけではなく、正規の軍ですら行う行為であり、財政豊かではない領主は報酬として自領での略奪を許可することもある。だからそこに食人が加わったところで、見た目の違い以外に思うところはない。むしろ、襲ったのが獣機兵部隊であることをわざわざ知らせてくれるのだからありがたいくらいであった。
もっともそれは戦場を知らぬ、国を憂う若き騎士たちで構成されたフォルダム騎士団の面々にとっては刺激の大きいものだったようである。
その憤り様は魔王に立ち向かおうという勇者の如く猛々しいものであり、それを見たベラが呆れ顔で「若いねえ」と呟き、ガイガンもまったくだと頷いていた。
なお、そのふたりをリンローとパラが何か言いたげにして見ていたのだが、結局喉から出かかっていた言葉を彼らが口にすることはなかった。
さらに行軍は進み、要塞にまで後数日というところでベラたちは要塞近くの町にまで到着した。獣機兵が人を喰らうことはすでに広まっているようでベラたちが到着した頃の町の中はもう閑散としていた。
また残っている住人たちの表情も暗く、話を聞けばベラたちに伝えられていた情報よりも戦況はさらに悪化していると知らされたのだ。
曰く、要塞を獣機兵が取り囲んでいると。
曰く、巨大な獣の兵器が導入されていると。
曰く、要塞はもうじき陥落するだろうと。
その話に村の惨状に憤っていたフォルダム騎士団の面々の気勢は削がれ、表情はたちまち暗くなったが、ベラは少しばかり眉をひそめる程度であった。それは予想を上回っても下回ってもいなかった。もっとも状況によっては退却することも考慮しながら、彼らは再び要塞へと向かっていく。
そして進軍速度を上げた二日後、ベラたちは要塞アルガンナの手前の丘に辿り着いていた。
『やっぱり、話には聞いていたが巨獣機兵だな』
『実戦導入までが早い。やはりムハルドの研究者を奪われたのは痛手であったか』
リンローとガイガンがそう口にする。
彼らの視界に映っているのは、正門の周囲を獣機兵に囲まれ、さらには後方から『ムハルド王国の開発した』巨獣機兵の巨獣兵装によって攻撃を受け続ける要塞アルガンナの姿であった。町で聞いた通りの……否、それ以上にひどい光景がそこにはあった。
エルシャ王国の兵たちの奮闘により、未だに破られていないが門はすでに半壊寸前。陥落ももうまもなくという有様だ。
『こ、これでは我々の援軍の意味は……』
フォルダム騎士団のフォルダム団長が口元を震えさせながらそう呟いた。騎士団の中では唯一幾度となく戦場を生き残った彼ですらそうなのだ。彼の配下の心はその光景を見ただけで折れかかっていた。
今さら己らが出たところで何ができるというのか、ただ殺され無駄死にするのではないか……そんな諦めや恐怖の感情が彼らの足を止めていたのだ。
一方でベラたちはといえば……
「巨獣機兵は二機かい。で、獣神とかいうのはあのでっかいのかねえ」
『どうします、総団長?』
敵の陣形を見据えているベラにリンローから声がかかる。それは撤退するか否か……ではなく、どう『倒すのか』という意気の込められた問いだ。状況はエルシャ王国軍にとっては最悪だろうが、ベラのみならず竜撃隊の面々にとっては豪勢な食事が並べられているようにしか映ってはいなかった。
「そうさね。あいつら、勝ち戦の気配に酔ってやがるみたいだし、綺麗に脇腹が突けそうだ」
そう言ってベラが笑いながらアームグリップを引き、機竜形態の『アイアンディーナ』の翼を広げた。
「あたしが先行する。あんたらは後から追っかけてきな。まあ、恐らくは狩り放題だろうが油断はするんじゃないよ」
ベラのその言葉に隊員が一斉に返事を返すと、呆気にとられているフォルダム騎士団の前で『アイアンディーナ』が宙へと舞い始め、竜撃隊が隊列を組んで進軍を開始していったのである。
次回予告:『第241話 少女、獣神を討つ』
ベラちゃん、少しナーバスになっていたみたいですね。
気丈に見えても小さな女の子ですからそういう時もあるのでしょう。
誰にでも失敗した過去はあります。それを受け止めて未来に繋げる。
ベラちゃんはそれができる子ですよ。




