第239話 少女、依頼を受ける
ベラたち竜撃隊とフォルダム騎士団がローウェン帝国の獣機兵部隊を殲滅させてから二週間が過ぎた。
その間にベラたちはマルカスの町の防衛のためにまだその場に留まっていた。フォルダム騎士団が獣機兵部隊に劣るのはすでに証明されていて代わりとはならぬこともあり、ベラはヘイローに軍をよこすように要請して待つことにしたのだ。
なおマルカスの町についてはヘイローで一旦管理することをベラはフォルダムに宣言していた。それはマルカスの町とその一帯が実質的にヘイローに編入されることを示していたが、現状余剰兵力がないエルシャ王国のことを考えればフォルダムは否とは言えず、また報告用に飛ばした伝書鳥によって知らせを受けた新王都から早馬でやってきた伝令によりその提案は正式に認められることとなった。
同時に王族の亡命についての話も持ってきてはいたのだが、それについては受け入れることをベラは応じていた。
この戦をベラも負けるつもりはないが、万が一の場合にエルシャ王国の正当なる支配者を庇護するという大義名分はヘイローにとっては必要なものではあったし、この状況を予測してあらかじめ国を出る前に議会で承認も得ていたのである。
そして、さらにもうひとつ……
「仕事ねえ。なるほど、雇い入れることには同意したので、あたしらを早速働かせたいってことだね」
町長の家の応接室でエルシャ王国ダキリ王よりの直接の書状に目を通したベラがそう口にする。
「はっ。何分にも我が国は如何ともしがたい状況でして、恥ずかしながらお力添え願いたく……」
対するフォルダムの顔は青い。その話題が出た時点で発せられた控えのリンローの視線に気圧されたということもあるが、彼自身が今回の件に対しては思うところがあったのだろう。
ただの傭兵であればいざ知らず、頼るべき隣国の軍のトップに対してのこの扱いである。本来であれば最低でも新王都へと招いて歓待し王自ら交渉を行うべきことであるはずなのに、それすらもできないほど切迫している国の状況にこそ彼は強い焦りを感じていた。
「総団長、こりゃあ俺らをハメようって話じゃねえですよね?」
「そんなことはない。ダイズ王子に我が国の四王剣がひとり、アルマス様が出陣している戦場です。現場においてもっとも重要な局面でして」
嘘偽りない思いでフォルダムはそう吐露した。もっともそのフォルダムの反応こそが予想以上にエルシャ王国内の危険な状況を表しているようで、ベラが「ふぅ」とため息をついた。
「騎士団の団長様が慌てんじゃないよ。あんたらがわざわざあたしらをハメる理由がないなんてのは分かってるさ。リンローも無駄に煽るんじゃない。面倒だ」
「はっは。すいやせん」
笑って返すリンローにベラは苦笑しながらも「しかしアレだね」と口にした。
「ローウェンの八機将にエルシャの四王剣かい。ウチもなんか洒落たの考えるかい?」
「竜撃隊や総団長の赤い魔女もそれなりだとは思いますがね」
その言葉にベラが肩をすくめた。
「魔女って言われてもね。いつの間にかついたもんだし、だいたいあたしゃ女というか少女だろう……魔少女?」
「赤い魔法少女なんてどうっすか?」
「嫌だよ。定着して年食った後でも言われ続けたら悲惨じゃないか」
ベラの赤い魔女の異名は三年前に傭兵として活動していた際にいつの間にか付けられたふたつ名だ。ベラが魔術を使えるわけではないので、それは赤い鉄機兵に乗っていたことだろうと本人は考えていたのだが、実際には積極的に歩兵を潰して戦場を赤く染め上げ続けていたことから想起されて付けられた異名であった。
そして、そのベラとリンローのやり取りにリンローの横に控えていたパラが口を挟んできた。
「一応、兵団の呼称については議会で議題にはかけられていますね。三度ほど。いずれも案は却下されたようですが」
「ああ、そうだったっけ? そういや、なんかそんな馬鹿馬鹿しいこともやってたような……どうでも良すぎて結果は一任した覚えがあるがアレ決まってなかったのかい。いや、まあそいつは今はどうでもいいね」
そう言ってからベラは再びフォルダムへと視線を向けた。
「それであたしらに護れっていうアルガンナってのは確かエルシャの西部でも最大の要塞だったと記憶しているんだが、そんなにひどい状況なのかい?」
話を戻したベラにフォルダムが頷く。
ベラたち竜撃隊がエルシャ王国より要請されたのは要塞アルガンナと呼ばれる拠点の防衛であった。エルシャ王国は一度そこまで追いやられたがその場での防衛に成功し、周辺の領地を奪い返すことには成功していた……というのが、ベラが知っている最新の情報だ。
それが再びローウェン帝国に攻め込まれ、それも緊急に救援を要する事態になっているというのであれば、状況は相当によろしくないのだとベラは理解する。
「はい。ローウェン帝国軍の八機将、獣神アルマ。要塞に仕掛けているのはヤツです。獣機兵軍団を率いて力押しに攻めてきているらしく」
「へぇ、アルマ……ね。エルシャ攻略を行なっている八機将は確か獣機兵軍団を率いている獣神アルマ、獣魔ドルガのふたりだったか。まあ戦略的な意味では竜機兵軍団ではないのは幸い……占領されている住人にとっては獣機兵軍団は最悪だけどさ」
ベラの言葉にフォルダムの顔が歪む。この町でもそうだったが、ローウェン帝国の半獣人は人喰いを肯定している。奪還した町などでその結果をフォルダムが目撃したのであれば、それは凄惨なものとしてその目に映っていたはずであった。
「ええ、ヤツらは人を喰う、人でなしの……いや、半獣人がすべてそうではないというのは分かっていますが」
傭兵国家ヘイローでは半獣人も兵士として存在している。リンローもそのひとりだろうと察したフォルダムにリンローは口元を歪めて牙をむき出しにしながら笑った。
「いいや。確かにウチの連中と一緒にしてほしくはないがヤツらは人喰らいの、人でなしの外道どもだ。あんたと同じくらいに俺はヤツらを殺したくて仕方がないぜ。本当にな」
その言葉にフォルダムがよくわからないという顔をした。
もっともリンローの過去を知らぬフォルダムにその心中は理解できないのは仕方のないことだ。
旧ムハルド王国の獣機兵部隊は、北部族との戦争後に人喰いを拒絶し狂った者や、ローウェン帝国の半獣人のように積極的に人を喰らった者たちを自身らの手で排除した過去がある。その後、獣機兵部隊の多くはラハール領に送られて隔離されることとなったのだが、その頃の記憶と食人への拒否感、それに獣機兵という存在を生み出したことを合わせたローウェン帝国への怒りがリンローの中には渦巻いていた。
そしてフォルダムは察せられぬまでも触れぬべきだろうと考え、言葉を返さずに話を続けていく。
「この町を侵略したローウェンの部隊も恐らくは獣神の指示によるものでしょう。私も今回の件で要塞の現状を知らされましたが、ここでの動きは要塞攻略後のことを考えての配置だったのではないかと愚考しております」
その言葉にベラが「なるほどねえ」と頷く。恐らくはヘイローの進軍やエルシャ王家の亡命などを警戒していたのだろうと。そしてベラたちが来たことでローウェン帝国側の懸念は現実のものとなりつつある。だとすれば……
「要塞アルガンナの防衛、成功すればワンちゃんどもの鼻をもうひと穴明かせそうだねぇ。分かった、引き受けよう。なぁに、竜船にでも乗った気持ちでいておくれよ。ま、辿り着く前にやられちまってたら、さすがにどうしようもないけどね」
そう言ってベラは笑う。それはローウェン帝国の八機将『獣神アルマ』がベラの次の標的に決まった瞬間でもあった。
次回予告:『第240話 少女、要塞に向かう』
目標って大切ですよね。それがあるだけで日々の生活のハリに違ってきます。ベラちゃんも次の目標がしっかりと見つかったようです。良かったですね。




