第236話 少女、仲良くやる
『これで、よろしいか?』
たった今騎士団長のフォルダムと通信を終えたフォルダム騎士団の副団長パーリアンが、目の前の赤い鉄機兵に尋ねた。
その横にはたった今パーリアンが長距離通信をするのに補助してもらった広域通信型風精機もいる。それはパラ配下の通信員のひとりだ。フォルダム騎士団には広域通信型風精機はおらず、彼らがフォルダムに連絡を取るにはそれを頼るしかなかったのである。
『ああ、それでいい。まったく手間をかけさせんじゃないよ』
そして赤い鉄機兵からはそんな雑な返答が返ってきた。
当然、それは『アイアンディーナ』であり、搭乗しているのはベラだ。また『アイアンディーナ』の背後には竜撃隊の鉄機兵が二機待機している。
町の周辺警護を行なっていた彼らは、この町の手前でベラが来るまでエルシャの騎士団を足止めしていたのである。
『あんたらはよくやった。ひとりぐらいは殺っちまうと思ってたんだけどね』
少しからかいの交じったベラの言葉に竜撃隊隊員のふたりが笑う。
『何言ってんすか総団長。そうしたらふたり揃って半殺しでしょう』
『ふたり殺してたら帳尻合わせにふたり全殺しだったんじゃねえですかい?』
『ハッ、馬鹿言うんじゃないよ。アレとあんたらとじゃ価値が違う。精々指二本で済ませてやるさ』
そのやりとりを前にパーリアンもエルシャの騎士団たちも何も言えない。彼らは竜撃隊の面々との腕の違いをたった今見せつけられていたのだ。事実として戦士としての価値が違うことを示されたのだから反論する意思すらも持てなかった。
『あいつら、化け物か』
『我が隊を二機で押しとどめた鉄機兵に』
『それにあれがラーサの英雄、赤い魔女のベラ・ヘイローか』
若い騎士たちで構成されているフォルダム騎士団の団員たちが口々にそう言い合う。彼らは先ほど自分たちに起きた状況に動揺を隠せないでいた。
本隊と分かれて町へと進撃してきた彼らは、竜撃隊のふたりの鉄機兵によって足止めをされ、空から降りてきた『アイアンディーナ』一機によって鎮圧されたのだ。それも正面からエルシャの鉄機兵をすべて蹴散らしてパーリアンの機体まで辿り着き、一機も大破させずに戦いを止めたのである。
『これが噂に聞いたラーサの戦士の実力か。それにしても、これほどとは……』
パーリアンが戦慄しながらもそう静かに呟いた。ラーサ族は戦いの一族。寄せ集めの己らとは全く違う本物の戦士の前に彼らは脅威を感じていた。
もっとも、それは彼らにとって悪いことではない。少なくとも今、この場においてそれが彼らに利するのは確実であったのだから。
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『パラから連絡だ。町の方は間に合ったってよ』
『そいつは嬉しい話だな。ワシはてっきり総団長が皆殺しにしないかが不安だったんだが』
ベラたちがエルシャ王国の別働隊を鎮圧している頃、マルカスの町の東門の前ではベラの指示により竜撃隊が集結していた。そしてリンローからの報告にガイガンがそう返す。もっともその言葉はジョークではなく、笑う者もいなかった。
例えば、やむなくエルシャの兵を殺めてしまい関係性に亀裂が入る事態になっていればローウェンに責任をかぶせる形で殲滅する選択肢もあったのだ。
『で、どうするリンロー副官。序列からすれば上はお前だ。指示には従う。竜撃隊をどう動かす?』
『そうだな。まあ、いつも通りでいいだろ。俺が突っ込む。竜撃隊は合わせて仕掛けてくれ』
リンローはそう言って機竜形態の『レオルフ』を並んでいる鉄機兵たちの前へと出した。
『へいへい。一国の将軍に値する地位を投げ打ってただの戦士となった男は違うねえ。それはラーサの血故かね?』
『んなわけあるかい。そういうのに意味が持てなくなっただけさ。死んで蘇ると価値観が変わるっていうが、俺の場合は完全に変質しちまったらしいからな。眷属ってぇのはどうやらそういうもんらしいぜ?』
リンローの言葉にガイガンが眉をひそめる。
『それは聞いてる。総団長は気に入らないって顔をしてたがね』
『仕方ねえさ。あの人は従順すぎる犬は好かんだろうし。俺だって分かっちゃいるんだ。けどな。どうにもならねえ。今の俺は総団長のことしか考えられねえ。いや、まるでガキの色恋みてえなこと言ってるな』
『心中は察する』
ガイガンの憐みのこもった言葉にリンローが『へっ』と笑う。
『気にすんな。死んだ方が良かったかっていえば、そんなわけでもねえしな。ま、じゃあ行く。よろしく頼むぜガイガン。うまく立ち回ってくれ』
リンローがそう口にし、獅子と竜を合わせたような頭部の周囲から炎のタテガミを燃え上がらせながら混機兵『レオルフ』が森の中を駆け始めた。
『しっかし、エルシャも相当に追い詰められているな。装備がいいから生き残れているようなものか』
獣人部隊の報告は通信機から今も届けられており、現状のローウェン帝国軍とエルシャ王国軍の位置についても、その戦力差についても、リンローはすべて把握している。
いまリンローが向かっている先にいるローウェン帝国の獣機兵部隊はそれなりの精鋭のようだが、エルシャ王国の騎士団たちはお粗末な腕前のようだった。
そして、そのお粗末な騎士団の姿をリンローが視界に入ると同時に、相手側から悲鳴のような声があがった。
『な、なんだ、お前は?』
『まさか竜機兵か!?』
『おい、攻撃すんじゃねえぞ。ヘイロー軍だ。そこを空けろエルシャ』
リンローの警告に彼らは怯えた気配を見せながらも、次々と道を空けていく。すでにパーリアンよりヘイローの増援が来ていることは彼らも聞いていた。いかに相手が異形の姿とはいえ、味方なのだと分かれば手を出さぬ自制心はさすがの彼らにもあった。
一方でエルシャ王国の騎士団を追いかけていたローウェン帝国の獣機兵たちにしてみれば、突然現れたソレは未知の脅威だ。
『なんだ、こいつは?』
『エルシャの竜機兵だと?』
『クソッ、止まらんぞこいつ!?』
『うわぁあああっ』
隊列へと突撃した『レオルフ』に弾かれて二体の獣機兵が飛ばされたことで、ローウェン帝国軍はエルシャ王国軍の鉄機兵を追うのを止めて『レオルフ』を取り囲むように動き出した。そして、リンローの『レオルフ』の前へと、全長6メートルはあろう巨大な獣機兵が出てきた。
『ハァ。エルシャが竜機兵を運用しているとは聞いていないんだがな。それとも鉄機獣をドラゴンに見せかけただけか? うん?』
それはイノシシのような頭部を持ち、この場の獣機兵のどれよりも強い気配を帯びていた。それをリンローも肌で感じ、その口元に肉食獣の笑みを浮かべた。
『なんだよ豚ヅラ。強そうだな、テメェ。お前がここのボスかい?』
『黙れ。ドラゴンもどきの犬っころ。誰だ、テメエは?』
その言葉に四足歩行の『レオルフ』が立ち上がり、背部のツボ型の砲身が二つに分かれてショルダーアーマーへと移動する。それは目の前の獣機兵と同じ全長6メートルの異形の人型へと変わっていった。
『ヘイロー軍、ベラ・ヘイローが副官リンロー・ジェット。こいつは俺の相棒の『レオルフ』だ。ローウェンの豚野郎、ちょっと俺と遊んでくれよ?』
次回予告:『第237話 少女、遅れて来る』
リンローのおじちゃんはもうベラちゃんのこと以外を大事には考えられないそうです。大切だったお友達たちも気がつけば大切ではなくなってしまいました。
ベラちゃんは本当に罪作りな女の子ですね。




