第232話 少女、その先を示す
「ふぅ」
誰もいない、わずかに光が差す薄暗がりの中でドワーフの老人がひとり酒を飲んでいた。
その場所は、つい先ほど消滅した国の王都内にあるガレージのひとつであり、ドワーフの老人は王都を占拠した軍を率いているベラ・ヘイローの奴隷であり、また彼女の鉄機兵の専属整備士でもあった。
外では兵たちの陽気な声が響き渡っている。町の占領はすでに完了し、兵たちの間で戦勝の宴が行われていた。ボルドが率いている整備部隊の面々もその中に混じっていて、この場に今は誰もいない。
「ボルドの旦那ぁ。なーに、ひとりで飲んでんすかぁ」
そして静けさ漂うガレージの中にドラゴニュート特有のダミ声が響き渡り、近付いてくるその声の主へとボルドは迷惑そうな顔を向けた。
「ジャダンか。別に……俺ぁ、ディーナと一緒に飲んでたんだよ」
「寂しい爺さんっすねえ。あっしと違って旦那は今じゃあ部下もずいぶんといるし、仲間外れにされてるってぇわけじゃあねえんでしょ?」
その言葉にボルドが「ケッ」と舌打ちする。
「まーだ、ひよっこばかりだがな。それに立場っつーもんは別に変わっちゃいねえんだよ。俺もおめえも死ぬまで戦奴隷だ。ご主人様の意向も関係なしにな」
そう言ってボルドは己の首裏に刻まれている奴隷印をポンポンと叩く。
紋様こそ違うがジャダンも同種の機能を持つ奴隷印が刻まれている。ボルドはかつての大戦で罪を被せられたことから、ジャダンは行いの非道さゆえに重罪人として永久に戦奴隷であることを定められていた。
魂にまで根付いた制約故に、それは主人であるベラであっても解放はできない。彼らは一生を戦いのための奴隷として過ごし、いつか戦場で殺されて死ぬことを望まれているのだ。
「ま、今は馬鹿騒ぎしたい気分じゃないだけさ」
「あっしと同じってことっすか」
ジャダンの言葉にボルドは肩をすくめる。
今回、特に策も練らず王都を正面から占拠したために、ボルドの前で嘆いているトカゲ男の出番はなかった。そもそもが非道な性格故にジャダンは軍内でも嫌われており、ベラの奴隷でなければ、いやそうであったとしても、疎んだ誰かにいつ殺されても不思議ではない人物だった。愁傷な様子も大方ロクに遊べなかったことが不満なためだろうとボルドは考え、胸糞悪い話になる前に話題を変えることにした。
「それで……なあ、ジャダン。ムハルドはこれで落ちたわけで戦いは一応終わったわけだ。となると、これからどうなるよ?」
「ヒヒヒ、終わったといっても今回の戦いは……でしょうしねぇ」
チロリと長細い舌を出しながらジャダンがそう返す。
「ムハルドを落とした今、傭兵国家ヘイローの国内問題は一定の解決は得たわけでしょう。今後、このヘイローは国内を安定させるために動くでしょうが……国外は違いまさぁ」
「ローウェン帝国があるからな。近隣で言えば東の新生パロマ王国と、今は領土を半分侵略された北のエルシャ王国が存在しているわけだし」
エルシャ王国はヴォルディアナ地方の北部に面し、さらにその北には傭兵国家モーリアンとローウェン帝国が存在している。その地勢の事情故にエルシャ王国の状況次第では各国の戦況が一気に傾く恐れもあった。
「ここまでムハルド王国はエルシャ王国をローウェン帝国との緩衝地帯として考え、どちらの側に対しても積極的な行動を起こしてはこなかったわけですが……まあご主人様は違うでしょう。ルーインにも積極的な支援をしているし、そもそもご主人様自体がローウェンに狙われているわけですから」
「そうだな」
ジャダンの言葉にボルドも頷く。ローウェン帝国以外で竜機兵のパーツを扱い、ドラゴンをも使役しているベラ・ヘイローはそれらを研究しているローウェン帝国にとっては非常に稀少な研究材料であるようだった。
「それとローウェンといえば八機将の長であるジェネラル・ベラドンナ。バルの旦那があっちに付いてるらしいですね。確定じゃありませんが八機将入りもしたって噂もある」
「あの戦いしか考えていなかった男が出世したもんだ。さて、ご主人様はどうするのかね?」
ボルドの問いにジャダンがヒヒヒと笑う。
「どうするも何も妹と同様でしょう。敵対するなら殺しますよ、ご主人様は」
「ああ、そうだな。エナか。あいつも死んじまったんだな」
「ええ。しっかりとご主人様が殺しました。死体は足ぐらいしか残ってねえらしい」
そう言い合うとふたりは静かに床へと視線を落とした。
かつての奴隷仲間であり、バル・マスカーの妹であり、ベラドンナ傭兵団の一員でもあったエナ・マスカーは死んだ。
ふたりは彼女がローウェン帝国の首輪としてムハルド王国に送られていたという事実を理解しているし、彼女がどういった人生を歩んで来たのかも知っている。
「なあ、ジャダン。結局あいつは……どんな想いで」
「なーに、男ふたりで辛気臭くやってんだい?」
そしてボルドが話をしている途中で、ガレージ内に少女の声が響き渡った。それにボルドもジャダンもビクッと肩を震わせてからガレージの入り口へと視線を向けると、そこにいたのは彼らの主人であるベラ・ヘイローだった。それにボルドが苦い顔をして口を開く。
「おいおい。なんでご主人様がこんなところに来てんだよ? 戦勝祝い中だろ」
「何って、あたしゃあディーナに会いに来たのさ。あとボルド、ほら」
そう言ってベラが放り投げたボトルをボルドが「危ねえ」と声にあげながら受け取ると、それから手に取ったボトルを見た。
「だぁ、もう。シーフィリム精霊国の印が付いてるってことはずいぶんと上等な酒じゃねえか」
「王宮の蔵にあった。ディーナの面倒見てくれてるあんたへの褒美だよ。たまにはあたしだって気前のいいところは見せるさ」
「はは、優しさが喉に染みるぜ」
そう言いながらボルドがコルクを抜いてから酒をグッと口にする。そのボルトの前に今度はベラがジャラッと音のした袋を投げてよこした。
「あと、こいつにもくれてやっておくれ。餞別代わりにね」
「そいつは?」
「エナだよ」
その言葉にボルドが首を傾げるが、それから何かに思い当たって目を見開いた。
「それってあいつの身請けの金か。会ったときにもらったってのか」
「まさか、そんな暇はなかったさ。あの女が始まる前に送ってきたんだよ。律儀なヤツだよ」
「なるほどな。最後の最後で奴隷であることを辞められたのか。けど結局は……あいつはいったいどういうつもりだったんだろうな」
「さてね。まあ、最後にあったときの感じだと、満足はしてたんじゃあないかい?」
「死んじまったのにかよ!?」
苦い顔をしたボルドにベラは肩をすくめる。
「それでも望んだものにはなれたんだろう。そういう意志を感じた。ま、あたしゃあ生きてこそだとは思うけどね」
「俺もだよ。だから今も生きてる」
そう言ってから、ボルドが酒を革袋に注ぎつつ目を細める。
多くを奪われ翻弄され続けた娘を悼みながら、それからボルドはベラを見た。
「それで、ご主人様。これでムハルドは手中に収めて平和になったわけだろ。これからどうすんだよ?」
「それがね。さっき捕らえたヤツらに聞いた話なんだがエルシャ王国がどうも押され気味らしいのさ。もう領土の三分の二がローウェン帝国に侵略されて、場合によってはムハルドに亡命を願い出たいとの話もあったらしい」
「はぁ? ムハルドはローウェンと協力していた国じゃねえですか。エルシャは何を考えてるんすかね?」
ジャダンの呆れたような声にベラは肩をすくめる。
「北部族と戦争してたときはそうだったんだろうが、それ以降ムハルドは国内情勢の安定を優先するって理由でローウェンの要求を渋るようになっていたようだからね。関係もあまり良くはなかったんだとさ」
それからベラがニィと笑みを浮かべる。
「で、今の情勢からすれば、あたしらはエルシャに早急に増援を送りたいわけでね。となればだ。傭兵国家としては、強力な戦力を用意してやりたいじゃあないか」
「はっはっは、そうですねえ。そいつはなかなか楽しそうだ。ご主人様、ローウェンの人間なら遠慮なく燃やしていいんでしょう?」
話を聞いていたジャダンの嬉しそうな問いにベラが「ヒャッヒャッヒャ」と笑って頷く。
「ああ、そうさ。構うことはない。ジャンジャン燃やしゃあいいさ。そんでエルシャ王国を奪還すりゃあ、かつての鷲獅子大戦の縮図を今も展開している傭兵国家モーリアンへも届くことになる」
ベラがぐっと拳を握り、燃えるような目で宣言する。
「その戦場をあたしらは金で雇われ、殺して奪って、全部を手に入れていくわけだ。お上品な戦いはここまで。どうだい。楽しみだろう? あたしらはここからようやく正しく傭兵団に戻れるのさ!」
次回予告:『第233話 少女、その先を告げる』
ここ半年はベラちゃんもいろいろなことを学んできましたが、そろそろ新しいことも始めたい頃合いのようです。初心を忘れず、しっかり頑張ってねベラちゃん!




