第231話 少女、さよならを告げる
ムハルド王国。それはラーサ族という戦闘民族の部族の一部が集まって生み出された新興国だ。彼らは三年前に同族であるラーサの北部族をも下し、ヴォルディアナ地方の統一を果たして、さらに領土を広げていた。
もっともそれも過去のことである。一度は敗北した北部族を中心として新しく生まれた国によってムハルドという国はもはや風前の灯火となっていた。
そしてムハルド王国の王都ゼッハナーン、その中央にある王宮ナハカルガの中の王宮庭園では今まさにムハルド最後の戦力である王都守護軍と、ヘイロー軍の精鋭である竜撃隊が戦いを開始していた。
『お行儀の良い連中だ。実戦で鍛えあげたワシらの力で教育してやれ』
ガイガンが吠え、竜撃隊が声をあげながら王都守護軍の鉄機兵たちと対峙していく。王都守護軍ももはや後退はせずという勢いで挑んではいるのだが、如何に王宮を護るエリートたちとはいえど、常に最前線で戦い続けてきた常勝無敗の竜撃隊に勝てる道理もない。
『さあ、とっとと片付けて総団長に追いつくぞ』
オォォオオオオオオ!
そして、ガイガンの言葉の通り、この場にヘイロー軍を率いているベラ・ヘイローはいない。彼女はすでにここの敵をガイガンに託して、王宮内部へと侵入を果たしていたのである。
**********
『ベラ・ヘイロォ、覚悟ォォオオ!』
『気迫はいいがねえ』
少数の部下を連れて王宮内部に侵入を果たしたベラは外と同様に待ちかまえていた王宮守護軍を蹴散らしながら通路を進んでいた。
『やはり、それだけでは勝てないのさ。残念だけどね』
対峙する守護軍の剣の筋は正道なもの。だが実戦に裏打ちされておらぬ剣ではベラに抗することすらもできない。
ベラは死角の足下から尾を絡めて体勢を崩し、ウォーハンマーで殴って胸部ハッチを潰す。そのままよろけて崩れゆく鉄機兵からベラは目を離して周囲を警戒するが、次の敵が来る様子はないようだった。
『対鉄機兵兵装もなし。で、これで終いかい。呆気ないものだね』
そのベラの言葉からは若干落胆の色が宿っている。
手応えのなさはずっと感じていた。この半年でムハルドという国は疲弊しきっていた。そんな中でダールは必死に戦力をかき集めてベラに挑んだが、結局敗北した。実際のところ、ムハルドとの決着はそこで付いていて、その後のすべてはただの戦後処理でしかなかった。
そしてベラは配下を入り口前に待機させて奥の扉を開いていく。
その先にあるのは王の間の手前、巨大な広間だ。鉄機兵も並べられるほどのその広間に『アイアンディーナ』が入ると、王の間を護るように一機の鉄機兵が立っているのが見えた。
『おや、懐かしい機体じゃあないか』
ベラがそう言いながら『アイアンディーナ』を進ませる。
その場にある鉄機兵をベラは知っていた。
機体名は『トモエ』。三年前には彼女の傭兵団の戦力のひとつだった。そして、当然その中にいるのは……
『来たわねベラ・ヘイロー。すべての元凶、傭兵国家ヘイローの首魁』
懐かしい声が鉄機兵の中から響き、対してベラが笑みを浮かべる。
『別にあたしの国ってわけじゃあないさ。あたしゃあ軍の総大将でしかないわけだしねぇ』
『自分の名を国に付けさせておいて白々しい』
鉄機兵『トモエ』がオリハルコンの刀を抜き、『アイアンディーナ』へと突きつけた。
『すべてはお前が好きに動くために今の状況が生み出された。現状であの国のトップであるコーザ議長はラーサ族ではないし、アレはお前の後ろ盾なければ権力を維持できない』
その指摘は事実であった。
ルーイン王国の出であるコーザが議長に選ばれた理由、それはラーサ族の北部族と南部族、半獣人に獣人、また多種多様な傭兵たちを束ねるためのバランサーを演じさせるためだ。それを操るのは当然ベラだ。もっともそれは誰もが分かっていることだし、だからこそコーザも侮られることなく機能している。今更指摘されたところでベラにとってはどこ吹く風な話だ。
『で、だからどうだって言うんだい? そんなことよりもあたしとしてはあんたがどう考えてるかが知りたいね。戻る気はないんだろう?』
戻る気……無論、それはベラのもとへという意味である。
もっともすでにベラはエナから自身の身柄を買い取るための金を受け取っている。だから、その問いにはもう意味がない。ただ、それでも尋ねたベラの心情を察してエナは少しばかりの微笑みを浮かべた。
現在の立場はどうであれ、かつて絶望したエナを救ったのは確かにベラだ。今もまた救われる道を与えてくれる。ここでエナが頷けば、或いは生き残ることはできるかもしれない。
ベラ・ヘイローはどこまでも残酷な子供ではあるが、彼女の身内への情は深い。まだ身内のひとりとしてまだ考えられていることを実感したエナはどこか温かいものを感じていた。それは奪われるばかりの人生だった彼女の心を震わせるには十分すぎるものだった。
だが、他者に迎合して生きる道をもう彼女は選ぶつもりはなかった。
『私はエナ、エナ・マスカー・ムハルド。ムハルドの王妃にしてラーサのすべての血を受け継ぐ者。今の私はただそれだけ』
その言葉にベラは目を細めて、口元から笑みを消す。
『だとすれば……あんたは敵だ』
そして『アイアンディーナ』が一気に駆け出し、同時に『トモエ』も脚部の車輪機構を稼働して突撃する。
『さようなら、王妃様』
勝負は一瞬。
ベラが『投げた』ウォーハンマーをエナはとっさにカタナを振って弾き、衝撃で跳ね上がったカタナの内側をくぐり抜けたベラが『トモエ』の懐へと入り込んだ。
『これで終わ……』
その言葉の続きはベラには届かない。『アイアンディーナ』の左腕から飛び出た仕込み杭打機は胸部ハッチを貫き、同時に通信機からわずかな悲鳴が聞こえて消えた。そして『トモエ』の内部は灼けた鉄芯の熱で熔解し、操者の座と共にエナと呼ばれた女の身体も形も残らず蒸発していった。
それからベラはゆっくりと仕込み杭打機を抜くと、崩れ落ちる『トモエ』の横を過ぎて王の間へと進み始める。後ろを振り返ることなく、ただ前へと向かって……
次回予告:『第232話 少女、終わりを告げる』
お別れは悲しいことですが、いつかまた再会できる日を夢見てベラちゃんは先へと進みます。
※次週(9/4)は所用によりお休みします。次の更新は9/11となります。




