第22話 幼女、準備をする
「たく、暇だなあ」
そうボルドが呟く。鉄機兵を乗せた荷車を背にボルドは1人、見張りの留守番をしていた。
「そっちはひとりかい。お互い、留守番ってのは暇で仕方ねえな」
「ちげえねえや」
ここはコーザのお薦めの宿屋の横に隣接している倉庫だ。そこは宿屋に泊まる客人用の鉄機兵ガレージであり、『アイアンディーナ』と『ムサシ』も荷車に乗せて入れてある。その見張りにボルドはついていた。
そしてボルドに話しかけてきたのは、同じく宿に泊まっている傭兵団の奴隷の1人のようだった。そちらは鉄機兵が8体とそれなりに大きな傭兵団のようで、声をかけてきた奴隷以外にも他に3人ほどいるようだった。
「そっちは見ねえツラだが、来たばかりかい?」
「ああ、コロサスから来たばかりでな。そっちはまた随分とでっけえ傭兵団みてえだな」
ボルドが尋ねると、奴隷が「まあな」と返した。
「ジャイロ・ドーン様のドーン傭兵団だ。そっちはどこなんだい?」
「俺らは……さて、ベラ傭兵団か、ヘイロー傭兵団か。多分、そんな感じだろう」
「なんだい、そりゃ」
そう言って笑う奴隷たちにボルドも苦笑する。この時点では、ベラの傭兵団の名がベラドンナ傭兵団となったことをボルドはまだ知らなかった。そしてボルドが声をかけてきた奴隷たちと談笑していると、外から声が響いてきた。
「さすがにでかい宿屋ってのは違うねえ」
「アンタんところはどうなんだい?」
「今は外で野営しながら交代で街に入れてるのさ。すぐに前線に戻るつもりだったしね。コーザの旦那からあんたのこと聞いて待ってたのさ」
その声を聞いてボルドが、苦い顔をして「お、来やがったか」と口にした。その表情を見て奴隷たちも「ああ、そういう主人なんだな」と理解する。
「うちのご主人様が来たらしい。それじゃあ戻るわ」
「おう。話し相手が欲しけりゃいつでも相手になるぞ。頑張れよ」
ボルドは奴隷たちの声援に手を振りながら、主を出迎える。
「よお。早いお帰りじゃねえか、ご主人さ……」
「ギムル」
「ッギャアアアア」
そしてボルドが奴隷印の拘束呪文を受けて転げ回った。
「ああ、いい声だ。今戻ったよ。ちゃんと見張りは出来てたんだろうね?」
「あ、ああ、問題はねえ。つか、何で今、拘束を……」
拘束呪文が解け、涙目のボルドがベラに抗議の視線を送る。
「誰かさんが見張りもせずにくっちゃべってるような気がしたんでね。違ったかい?」
そのベラの言葉にボルドがグッと口をへの字にした。間違ってはいない。ただ、拘束呪文をかけられるほどではないとボルドは思う。が、下手に言葉を返せば、更なるお仕置きが待っている。故にボルトはグッと堪えた。
そのボルドが突然幼女に攻撃を受けているのをドーン傭兵団の奴隷は目を丸くして見ている。それをボルドはひとまず気にしないことにして、並んでいる顔を見る。知らない人間が3人いた。
「ま、まあ、いい。それより、そっちはご主人様が雇った傭兵ってことか?」
「ああ、ローゼン傭兵団のマイアー団長と、ガウロ副団長だ。どっちも鉄機兵乗りだよ。後は」
ベラがちらりとジャダンを見て頷くと、ジャダンも前へ出て頭を下げた。
「ヒヒ、ボルド先輩ですか。ジャダンと申します。今後ともよろしく」
「お、おう。よろしくな」
爛れた左顔の迫力にボルドも少し顔をヒクつかせながらも、先輩らしく気さくに笑ったつもりで挨拶を返した。
「こいつは爆破型だ。アンタと組ませるから、仲良くしとくんだよ」
「げえ、あ、いや、了解」
思わず声が漏れたボルドが、ジャダンを見るが、ジャダンはチロチロと舌を出しているだけだった。その爬虫類顔ではどんな感情が表情に現れているのかボルドには分からない。
「ボルド、とりあえずこれだ」
そしてジャダンの後ろから、バルが顔を出し、担いでいた大樽ふたつをその場に置いた。ソレを見て、ボルドがゴクリと喉を鳴らす。
「そいつぁ、酒か?」
そのボルドの問いにはベラが答える。
「明後日には出立するからね。景気付けに今夜は飲ませてやるよ。女はちょっと時間なくて用意できなかったけどね」
女という言葉にマイアーの視線がバルを向いたが、バルは気付いていないようだった。そしてボルドの視線が樽に釘付けになっているのを見て、ベラも満足そうに「ヒャッヒャ」と笑った後、ボルドへと声をかける。
「あたしはこっちのマイアーたちに鉄機兵を見せたら宿に引っ込むからね。後は好きにしな」
「いいのか……いや、いいんですかい?」
そのボルドの質問にベラも強く頷いた。
「ああ、よければそっちの兄さん方にも振る舞ってやんな。寂しいアンタの暇つぶしにも付き合ってくれたようだしね」
どうやら話していたのは完全にバレていたようだった。
ともあれ、そのベラの言葉には、遠巻きから見ていたドーン傭兵団の奴隷たちも嬉しそうな顔をしているようだ。そしてベラは先ほどの言葉通りに、鉄機兵をマイアーたちに見せると、そのまま宿の部屋へ戻っていったのだった。
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「そんじゃあ、かけておくれ」
「ああ。しかし、やっぱり高い宿は内装もよく出来てるもんだね」
マイアーが宿の部屋の中を見ながらそう言って、近くの椅子に腰をかけた。
「別にアンタ1人ならこのぐらい泊まれるだろうに」
そうベラは言うが、そこまで無理をして高級宿に泊まりたいとはマイアーは思わない。ベラの言葉に肩をすくめるマイアーを無視してベラは手持ちのザックから銭袋を取り出す。ジャランとした音がマイアーの気を引いた。
「ガウロはあっちに残っちまったが……まあ、あれはあれで奴隷の連中とも距離を詰めておきたいみたいなんでね。あの剣闘士が気になってるってえこともあるんだろうけどさ」
「バルはここらじゃ、それなりに有名みたいだからね、ま、仕方ないさ」
そう言ってベラは銭袋に振り分けたコインを入れていく。ガウロについてはこちらの内情を調べようという意図もあるのだろうが、ベラ自身に特に隠すこともないので気にする必要もなかった。そして袋を縛ってマイアーの前のテーブルに置いた。さらに別に分けた袋も一緒に置いていく。
「そんじゃ、こいつが前金だ。そんでこれが、アンタの言うジャカン傭兵団への前金だ」
「ああ、中を改めさせてもらうよ」
「好きにしな」
ベラの了承を得て、マイアーが銭袋を広げて、中の金額を確認していく。
「それでジャカン傭兵団の交渉はまかせていいんだね?」
「ああ……」
ベラの口にしたジャカン傭兵団は、マイアーと協力関係にある傭兵団だ。今回ベラはマイアー傭兵団とともに、別の傭兵を雇おうと考え、マイアーからジャカン傭兵団を薦められていた。
「明日の合同演習には、責任を持って連れ出してやるさ。けど、そっからはアンタの問題だよ」
マイアーの言葉に、ベラがヒャヒャヒャと笑う。
「ま、ゴネたらまた説得でもするさ」
「止めてくれ。ガウロがかなりトラウマになってる」
マイアーが苦い顔で口にするのでベラはさらに笑った。
「ま、今度は鉄機兵で説得するさ。そうすりゃあ、納得もするもんだろ?」
その言葉にさらに苦く笑いながら頷いた。そしてマイアー自身もベラの実力は知らない。そして、先ほど見た鉄機兵だが、てっきり騎士団仕様がベラの愛機かとマイアーは思っていたのだが、そうではないらしかった。そしてもう片方の鉄機兵はギミック持ちだが、まだ若く性能も高くはない筈だとマイアーは感じた。
それをベラがどう操作するのか、マイアーもソレには興味が湧いていたのであった。
次回更新は2日後の3月12日(水)0:00。
次回予告:『第23話 幼女、模擬戦をする』
戦争に向かう準備も整えて、仲間たちとの連携を考えて模擬戦に励むベラちゃん。果たしてベラちゃんは、大きなお友達に囲まれて緊張せずにキチンとお仕事をこなせるのでしょうか?




