第228話 少女、先へ進むことを決める
「あっはっは。いやぁ、盛大に負けちゃったねえ」
ムハルド王国中央軍。そう呼ばれていた軍勢は今や心折れた敗残兵と化し潰走、もしくは未だ理性的な指揮官が残っていれば両手を挙げて投降しつつあった。
元々彼らは、怪物と化したダールの勢いに乗せられた形で昨日に敗れた気持ちをどうにか奮い立たせてヘイロー軍に挑んでいたのだ。けれども今や軍を率いていたダールはベラによって敗れ、すでに鬼角牛の陣によって軍をみっつに分断されてもいる彼らは討ち死にするか、白旗を揚げるか、逃げ出すかの道しか選べない。
無論、ベラが率いるヘイロー軍も無法の集団ではないのだから、逃げ出した兵はともあれ投降してきた者たちに手をかけるということもなく、戦いはすでに収束しつつあった。そして、その光景を銀色の鉄機兵と、鉄機兵の肩に乗っている老人が離れた場所から眺めている。
『しかしダール将軍も予想以上に呆気なかったですね。僕はもう少し保つと思っていましたが』
それはウォート・ゼクロムの操る鉄機兵『シルヴァ』とイシュタリアの賢人ロイだ。ムハルド王国中央軍から離脱していた彼らは戦いには参加せず、戦場より離れたその場で高みの見物を決め込んでいたのである。
「んーんー、確かにね。けれど、アレの特性上仕方ないでしょ。やっぱり飛行型は強いんだよ。鉄機兵での投擲兵器も少ないし、当たらなければどうということはないんだからさ」
『確かに。ブレスも距離を取ればダメージにはなりませんからね。巨体故に空を飛べなくなったこと、それに内部に竜気を篭もらせられなかったために弱点を露出させているのも問題だったんでしょう』
ウォートの指摘にロイが「そうだねえ」と口にした。
「けど、それはリスクではあるけど運用でカバーできないわけでもないよ。あのロックギーガと同じように随伴の兵と組ませて、飛行対策は竜機兵を使えば問題ないんじゃないかい。とはいえ、ソレを考えるのは戦う人たちの役目であって、僕の仕事ではないけどね」
そう言ってから、ロイがこの場からでも見えているロックギーガに視線を向けた。元々彼らはロックギーガやベラを確保するためにここへと来ていたのだ。とはいえ、ベラはもうかつての傭兵団の団長ではなく一国を支配する存在だ。ムハルド王国の救援要請を利用してベラを確保しようとしたロイの企みは今となっては破綻していた。
「それにしてもベラちゃんも、ベラちゃんのドラゴンも強いなあ。ダール将軍も活動限界になる前に倒されちゃうしさ。持久力のテストはまた別の機会にやるしかないね」
『そうしてください博士。竜機兵も全部失いましたし、これ以上の参戦は無理です。というか、本当に良かったんですか。アレをあんな風に使っちゃって?』
「まあ、ほらアレは量産のための実験機たちだからね。どうせあまり長くは保たないんだし、ああして新しい兵器の礎になれたんなら彼らも本望だったんじゃないかい?」
ロイは惜しくもないという顔でそう笑って返した。
そもそもロイが連れてきていた竜機兵部隊は鉄機兵からの変異率が低い竜機兵の量産化のために用意された実験部隊だ。彼らはロイによって全身を改造され、精神に異常をきたしており自我もほとんどなく、長くは生きられない身体となっている者たちだった。
「それにね、ウォートくん。今回はベラちゃんとあのドラゴンの捕獲には失敗したけどさ。別の収穫はあったし、今後はちょっと忙しくなるだろうからね。ひとまずはローウェンに戻ろうか?」
『今からあのベラ・ヘイローを捕獲しろって言われても無理ですからいいですけど、ムハルドの方はいいんですか?』
その言葉にロイが肩をすくめ、それから戦場へと目を向ける。
「いやぁ、無理でしょ。ベラちゃん、もう王手かけちゃってるし。皇帝陛下には巨獣機兵のことと、ムハルドがそれを使って帝国に二心を働こうとしていたことを説明すりゃあいいよ。それに、ひとまずベラちゃんの方はマギノくんがいるし、彼に任せちゃってもいいしね」
その言葉を聞いてウォートが眉をひそめた。
『マギノ……以前に博士と組んでたヤツですよね。潜り込ませてるんですか?』
その言葉にロイは「いいや」と返した。
「ただ彼と僕の仲だからね。いずれ彼を確保すれば、また協力してくれるだろうし、ベラちゃんの成果も教えてくれるはずだよ」
マギノが忠誠を誓っているのはベラにではなく、己の研究に対してだとロイは理解している。であれば、捕らえてしまえばまた自分と共に研究を行うだろうと確信していた。
「それよりも今回は巨獣機兵だねぇ。僕が放棄したものを仕上げられちゃったのはちょーっと気に食わなかったけど、まあ課題はあるけど僕が手をかけりゃあすぐに使い物になるよ」
その言葉に操者の座の中でウォートが肩をすくめる。ロイが手をかけることでこの先いったいどれほどの犠牲が出るのかと考えたのだが、もっとも実験体になるのは滅ぼした国の敗残兵たちだ。それはロイが皇帝より与えられた権利であるのだからウォートも口に出すことはない。
『じゃあ帰りますよ』
「はっはっは、頼んだよウォートくん」
そして、銀色の鉄機兵が翼を広げて戦場より背を向け離れていく。一方、すでに戦いの終わった戦場では……
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『投降したムハルド王国中央軍の包囲は完了。ムハルドの将校たちはまとめて監視していますが、抵抗の様子はありません』
「あいよ。うちらも無法者じゃあないんだ。丁重に扱ってやりな。後であたしも出向く。それまでに落ち着かせておくんだよ」
『はい、承知いたしました。お待ちしておりますベラ様』
そうしてパラからの通信は終わり、それからベラは目の前の光景へと視線を向ける。現在ベラはダールを仕留めた戦場の中心に機竜形態の『アイアンディーナ』と共にいた。ダールを仕留めたベラはその場に残り、ロックギーガと共にダールを倒した己の存在を誇示し続けていたのである。
なお、その場には巨大な巨獣機兵だか機械竜だかも分からぬ姿をした機体が倒れており、胸部にはベラによって破壊されて半壊しているダールの水晶像もあった。その活動はすでに停止しており、恨めしげな顔をしたダールの水晶像ももう動き出すことはない。
とはいえベラが視線を向けている先はダールではない。
今彼女の眼下には二体の『生身のドラゴン』が倒れていた。息は荒く、弱々しい姿ではあるがそれらは生きていた。それはダールの機体に張り付いていた機械竜が変化した姿だ。
「で、そいつらどうなんだいリリエ?」
「はい。前日同様、ロックギーガが機械竜の中の乗り手を喰らったことで変異したようですが、他は変異しきれず死んだようです」
すでにロックギーガから降りて、変異したばかりのドラゴンを確認していたリリエがそう報告する。
それは前日に機械竜がドラゴンに変わった時と同じ現象だったが、成功したのは二体のみだった。他の機械竜は変異しきれずに機械と肉の混ざった塊へと変わり、動かなくなっていたのである。
「体内に埋め込まれた竜心石を切除して、機体に埋め込ませた……という話だったね。どういう理屈だい?」
「分かりませんが、昨日に調べたところでは乗り手の体内に感応石を埋め込んでいるようですね」
その言葉にベラが眉をひそめる。感応石とは鉄機兵の操者の座に搭載されている、竜心石を通じて乗り手と鉄機兵を繋げる媒介だ。
「まあ竜心石を機体に付けたから感応石を代わりに身体に埋めて機体と繋げやすくしている……ということかね。感応石の影響で頭ん中がグッチャグチャになると思うんだけど、よく竜機兵なんて操れたもんだ」
「私にはよく分かりません。マギノに確認を取らせるのがよいと思います」
「まあね。そいつはすぐに手配しよう。アレも喜んで来るだろうさ。ま、あたしらの方はマギノを待ってもいられないし、準備が整い次第最後までいっちまうけどね」
『最後まで? というといよいよですか?』
その場に護衛として居合わせていたガイガンがかけてきた問いにベラが「そうだねえ」と返すと、周囲からはォォオオという声があがった。
その意味するところはひとつしかない。最後……すなわちそれはムハルド王国の王都ゼッハナーン、そして王宮ナハカルガ。
「今回あたしらが相手にしたのがムハルド王国の主力だ。となると今王都は手薄。予定よりは早いが、このまま国を奪っちまおうじゃあないか」
ベラがそう言って笑いながら、獰猛な視線をこれから先に向かうであろう方へと向ける。ラーサ族が生み出した戦士の国、ムハルド王国。その終焉はもう目前に迫っていたのであった。
次回予告:『第229話 少女、王都攻めをする』
よーし、遠足だー!




