第227話 少女、ガラスのハートをブロークンする
戦場はまさに混沌としていた。
ヘイロー軍は鬼角牛の陣を用いてムハルド王国の中央と左右の軍を分断し、それぞれを取り囲んで戦況を有利に進めているはずだった。けれども中央、そこにいる九つ首の怪物が止まらない。囲んだところで止める手立てがないヘイロー軍は蹂躙され続け、戦線が崩壊している。そして、そんな戦場の空を機械の竜が飛んでいた。
「はっはぁ。止められないんじゃあどうしようもないってのは分かるが、歯痒いねえ」
ベラがそう口にしながら、九つ首の怪物へと近付いて周囲を旋回する。それに怪物が反応し、九つの首を『アイアンディーナ』へと向けた。
『機械の竜? ベラ・ヘイローか!?』
怪物の中よりダールの声が響き、首がそれぞれ動いて炎のブレスを吐き出すが、機竜形態の『アイアンディーナ』の速度には追い付けない。後ろから迫る炎に対してベラは「ヒャハ」と声を上げて笑い、フットペダルを踏んでアームグリップを持ち上げながら上昇していく。相手が空を飛べぬのであればブレスの範囲外に出れば良いだけの話だ。
この場で他に飛行可能な相手が来ない限り、ベラを墜とす手段をムハルド軍は有していない。目の前の飛べない怪物が元竜機兵の集合体だとすれば、今ムハルド軍でベラに対抗できるのは八機将ウォート・ゼクロムしかいないのだ。けれどもウォートの操る銀色の鉄機兵はこの場には存在していなかった。
「ウォートが出てこない? ま、いないならいないでその方がありがたいけどねぇ」
ベラはそう呟きながら『アイアンディーナ』を操作し、空中で弧を描きながら再びダールへと向かっていく。
「で、なんなんだい。ダール、その姿はさ。人間捨てるたぁ思い切ったね?」
『黙れぇ。貴様だベラ・ヘイロー。何もかもが貴様のせいだ。私がこうなったのも、ゼニスが死んだのも!』
周囲を震撼させるような声でダールが叫ぶ。ゼニスという名をベラは知らない。あるいは覚えていない。けれども死は戦場の常だ。恨み言を言われようと、笑って流せねばその場に立ってはいられない。
『ムハルドが終わる。貴様ひとりに何もかもが壊された。再びローウェンを招かねばならなかった。こんな姿にさせられた。魔女め。悪魔め。お前さえ、お前さえ来なければ! なぜムハルドに現れた? 三年前消えたままであればこんな状況にはならなかったものを!』
それは異形と化したことで感情の歯止めが利かなくなったが故の心の底からの遠吠え。もっとも、その言葉に対してもベラは笑うだけだ。ダールの言葉の意味するところはつまり、己の存在によってすべては成ったのだと敵が認めたということだ。それはベラにしてみれば称賛の言葉以外の何物でもない。
「ギャーギャーわめこうが、今がすべてさダール。ハッ、それにしても周囲に機械竜がへばりついて融合しているってのはどうなんだろうね」
ベラが怪物を観察しながらそう口にする。そうしている間にもダールからの炎のブレスをベラはギリギリのラインで避け続けていた。
当たるわけにもいかぬが、距離を取り過ぎてはダールが前進を再開してしまう。だからベラはこの場でダールの注意を引きつけておく必要があった。
またベラの方も炎に邪魔され近付けず、遠距離より撃てるのは捻れ角の槍二本と錨投擲機のアンカーのみだ。しかし以前のことを考えれば、確実に当たる距離まで近付かねば結果は得られないとベラも理解していた。
「こうやってグルグル回ってりゃあ周囲への被害は抑えられるが、殺すにはどうすりゃぁいいかねえ」
『ヘイォロオ、死ねええ!』
「おっと、近付き過ぎたかい。けど空に手が出せないようなデカブツなんざあ怖かぁねえんだよ。そうだろうディーナ!」
ダールが放った炎のブレスに『アイアンディーナ』が炎のブレスを放つ。出力の差ですぐさまダールの炎に押し負けるが、その間に『アイアンディーナ』はその場を離脱していた。そして、距離を取った直後にガイガンからの通信がベラへと届く。
『総団長。位置に付きました』
『結構。あたしがかき回してるから、あんたらはロックギーガを盾にアレを削りな。一撃で仕留めようと思うな。ありゃぁ巨獣と一緒さ」
『承知いたしました』
ベラの指示を受けてガイガン率いる竜撃隊が槍鱗竜ロックギーガを中心に戦場へと突入し、それにダールも咆哮しながら対峙する。そして接近したダールとロックギーガの放つ炎のブレスが激突し、両者の間に炎の壁ができた。
「ギュギャァアアアアア!!」
ロックギーガが吠えて、ブレスの炎の威力を増していく。とはいえ質においてダールを大きく勝るロックギーガだが、ダールは数で勝っている。故に収束した炎はロックギーガのソレをしのぎ、炎の壁の均衡は徐々に崩れ始めていたが……
「馬鹿だねえ。隙だらけだよ」
そこに『アイアンディーナ』が突撃する。
ベラの目に映っているのは赤く光る九つの宝石。炎を吐き出すと同時に巻き付いた機械竜たちは『アイアンディーナ』が竜の心臓を肩部より露出させるように『竜の心臓』をさらけ出している。
それは相手が正面から迫る相手だけだったのならば近付けもしなかったが、空を飛ぶ敵がいて同類のドラゴンとまで対峙している今では届かぬ距離ではない。
「まずは一機だ。ヒャハッ」
目と鼻の先にまで近付いたベラが錨投擲機から捻れ角の槍を放つと竜の心臓のひとつに刺さり、巻き付いていた機械竜の一機が咆哮しながら落ちていった。
『ええい。空を飛んでチョロチョロと。姑息な真似をぉぉ!』
「はっはっは。戦場で姑息なんて口にするたぁね。ウブかいアンタァ?」
『舐めるな。残り八つ首、すべては我が支配下にある。そちらのドラゴン相手であればすべての首を使う必要もない。そして、私にはムハルドの勇者たちが背にいる』
「ふん。こっちもカールとアイゼンの部隊が攻めてきてるんだけどねえ」
ベラがそう返す。正面はロックギーガと竜撃隊。左右はカール兵団とドーマ兵団が攻め、空からはベラが隙をうかがっている。事実としてダールへの包囲は徐々に縮められつつあった。
「確かにそいつぁ大したバケモンだったさ。けどね。対抗する手段さえあれば話は変わるってもんさ。ほら、二匹目ももらったよ」
ベラが二本目の捻れ角の槍を竜の心臓のひとつに直撃させる。
『ぬぅぅううう。何故だ。私は手に入れたのだぞ。貴様と同じドラゴンの力を。であるにもかかわらず、何故勝てない!?』
「おいおい。誤解しちゃあいないかいダール」
『なんだと?』
ダールはその場から動けず、ベラと竜撃隊に動きを止められている。もはや形勢は変わっていた。
「いいかい。あんたはただドラゴンの力に頼ってるだけじゃあないか。けどね」
『クッ、糸が纏わりつく。鎖が絡んだか!?』
「あたしはドラゴンたちをこの手で討ち、従えていった。同じだなんて思ってもらっちゃあ困るのさ。それにだ」
近付いたヘイロー軍の歩兵が対鉄機兵兵装の糸と色水をダールに対して投石機で投げつけていく。ダールの足は鎖に絡められ、それを鉄機兵たちが掴んで引くことでダールの動きはさらに鈍った。
『ええい。見えぬ。動けぬ』
ダールの駆る怪物の関節部は魔獣の素材から生み出された『糸』という粘着質の物体が絡んで動きが鈍りつつあり、水晶眼は『色水』という落ちにくい色の付いた液体に汚されていく。
それは鉄機兵乗りならば誰もが理解している鉄機兵の天敵とも言える武器だ。だからこそベラは戦場ではまず歩兵を潰している。鉄機兵よりも恐ろしいのは彼らだから危険の排除は必須であった。
「近付けちまえば、デカブツだろうがただの的さ。何しろあたしらの先祖は鉄機兵なんぞができる前から巨獣相手に殺し合いをしてきたんだ。デカブツ相手の殺し方なんざお手の物ってね」
炎の壁が絶対的な防壁ではなくなった今、ダールはもう無敵ではない。ロックギーガのように鉄機兵と歩兵とで編隊を組んでいるならばまだしも、変異した影響で興奮状態が継続しているダールではそこに思い至るところまで頭が回らなかった。
それから三投目となる錨投擲機のアンカーが三機目の竜の心臓を破壊し、ロックギーガの槍鱗や槍爪も続けて別の竜の心臓を破壊していく。機械竜が次々と落ち、そして剥がれて見えた中身は醜く肥大化した巨大な機械竜だった。
「ハッ、なんだい。その姿は? あんたなのかいダール?」
そして中央の胸にある竜の心臓が、よく見ればトカゲ顏の男が融合した姿であることに気付いたベラが笑う。
『やかましい。私はこんな姿になろうが、決して貴様を! 赤い魔女のお前を――』
「いや、もういいよ。おしゃべりも飽きた。ディーナ、潰すよ」
その言葉に『アイアンディーナ』が咆哮しながら機人形態へと変わり、
『お前は死ねベラ・へイロォオオ!』
『ヒャッハァアアア!』
残りの首から吐き出されたダールのブレスを盾に内蔵された噴炎器により加速した『アイアンディーナ』が突き抜け、そして高速で振り下したウォーハンマーが竜の心臓と融合したダールを一気に打ち砕いたのであった。
次回予告:『第228話 少女、ペットが増える』
ベラちゃんもニッコリ、ロイおじいちゃんも実験結果が出てニッコリ、ロックギーガも家族が増えてニッコリ。みんなで掴んだ勝利です。




