第224話 少女、相手の出方を待つ
(……動……けん)
ダールは全身が硬直し、動けない自分を自覚した。
それが老人の背後にいる八機将ウォートから放たれた殺気によるものかとも考えたが、けれども目の前の老人の輝く瞳から目が離せぬことに気付いたダールは自分の硬直の原因を察してゾッとした。
イシュタリアの賢人ロイ。その老人は主神カルナシュガルのさらに上位にある大神なる至上の存在の恩恵を受け、このイシュタリア大陸を含むあらゆる大陸を支配したイシュタリア人の『生き残り』だとダールは聞いていた。事実であれば数千年生きている正真正銘の化け物だ。
とはいえ、そんなものをまともに信じられるほどダールも夢想家ではない。よくてその子孫、普通に考えればただの騙りであろうと……今の今までそう考えていた。だが学者風情、そう思っていた相手がまったく底知れぬものだったとたった今彼は理解したのだ。
そのダールの心境を知ってか知らずか、ロイは胡散臭そうな笑いを浮かべながらダールの瞳をのぞき込む。
「なんだかボーッとしちゃってるねえ。ま、僕の能力で動けないんだけどね。『金縛り』って言うんだ。ここに来るまでも『インビジブル』を使って、君の配下の目から逃れてここにやってきたんだけどね」
「インビジ……?」
ダールが訝しげな顔をするが、ロイは肩をすくめて笑う。
「はは、ただの手品の一種だよ。それよりもダール将軍、君さ。お家に帰ろうとか考えているだろう? そいつはよくないんじゃないかい。投げ出すにしても中途半端もいいところだろう」
「元々は貴様らのせいで……それに今の状況ではそうするしかなかろう? 勝算はない!」
ダールの血を吐くような言葉に、けれどもロイは首を横に振る。
「いんや。ダーメだよ、駄目。全然駄目さ。王都に戻って守りを固めようとしてもベラちゃんたちは来るよ。絶対にムハルドを奪いに来る」
「なぜそう言える?」
睨みつけるダールにロイが笑う。
「だってさぁ。ベラちゃん、ローウェン帝国を狙っているもの」
「!?」
「君だって聞いてはいるよねえ? 傭兵国家……もちろんそれはクィーンベラドンナのモーリアン傭兵国家を意識してのものだ。アレはこのムハルドを侵略した後はモーリアンまで向かってローウェン帝国と対峙する意志がある。うちの情報部によれば実際にそう口にしたこともあったそうだけど?」
ダールが何も返さずにロイを睨みつけるが、その言葉はダールが聞いた限りでは事実だ。現時点において傭兵国家ヘイローは正式にローウェン帝国への敵対宣言を行ってはいないが、ベラ個人に限ってはそうではなく、そしてラーサ族のローウェン帝国への憎しみは深い。
「ここで下がってもじり貧だ。絶対にベラちゃんはムハルドを喰い潰す。喉元を食らいつき、息の根を止めに来る。ここで退けばもう止められない。そうだね?」
「それを貴様が言うか?」
怒りを露わにするダールだが、ロイがそれに怖じ気付く様子もない。
「誰に言われようが事実は変わらない。だから君たちはここでベラ・ヘイローを倒すしかない。そうする以外にムハルドが生き残る道はない。分かっているんだろう? 現実と向き合わないと」
「だが、どうしろと? アレは強すぎる。アレに影響されてヘイロー軍そのものが手がつけられん。巨獣機兵も破壊され、お前たちでさえも敗れたではないか! ここで総力戦で挑んで全滅しろとでも言うのか? どうしろというんだ!」
ダールが激昂する。どれだけの言葉を重ねられても、ここで戦えば終わりなのだとダールの戦士としての経験が告げている。だが、その言葉こそがロイが引き出したかったものだ。
「手段ならあるさ」
ロイがそう言って懐からとあるものを取り出した。
ソレが何かをダールも知っていた。
「強心器?」
強心器は鉄機兵の限界性能を引き出すと同時に竜心石を崩壊させるか竜機兵へと転化させる魔法具だ。ただし、竜機兵に転化せず竜心石が崩壊するケースの方が多いために、獣血剤に対して周辺国に広まることはなかった。
「そうだ。強心器だ。それも特別製のね。君に力を与えてくれるものさ」
そう言って特別製だという強心器を手のひらで弄びながら、ロイが話を続けていく。
「さてダール将軍。君は鉄機兵が元はドラゴンであったということを知っているかね?」
「多少はな。竜機兵や機械竜を見れば信じざるを得なくもなる」
その言葉にロイが満足そうに頷く。
「結構。実はね。君たちが扱う鉄機兵ってのはさ。六百年ほど前にフィロン大陸で起きた戦争によって大量に入手した竜の心臓を元にイシュタリアの賢人の一派が造ったものでね。まあ、僕は参加していなかったんだけど、なんでもドラゴンが人に変わるプロセスを解析し書き換えて、イシュタリアの人型兵器を模して造り上げたものらしいんだよね」
「詳しくは知らないが、鉄機兵がイシュタリアの技術だというのは常識だ。鉄機兵が生まれ、この大陸の戦争は変わった」
「そうだ。まあ、その一派の意図した通りに、大陸中に鉄機兵は広まっていった」
「意図? 意図とは何だ?」
「簡単に言うと彼らはこの鉄機兵を多くばら撒いて純度の高い魂力を得ようとしたんだ。魂力の仕組みは君らも知っているだろう」
「当然だ。魂力は鉄機兵や人間、魔獣などを殺して吸収し、鉄機兵を修復し成長を促し、新しい鉄機兵を生む力だ」
鉄機兵は鉄機兵を生む。成長させ増えていく。そのために必要なのが魂力だ。そのダールの認識をロイも頷いて肯定する。
「そうだね。それも確かではあるが、本質の一部でしかない。本来魂力とは水も食物も、生物、そう人さえも生み出すことが可能となる万能の力だ。創世の粘土、賢者の石などとも呼ばれていてね。彼らはその魂力を効率よく回収するために鉄機兵を造り、広めていったんだ。餌を持ってくる働き蟻を大量に産み出したようなものだね」
そう言ってからロイは少し笑って「もっとも」と口にした。
「その一派は竜の心臓を取り返しにきた蒼竜王に滅ぼされ、彼らが広めた鉄機兵からどうやって魂力を回収しようとしていたのかも失われてしまった。そして結果として竜の亜種、鉄機兵だけが大陸中に広まった。だからね。イシュタリア大陸にはドラゴンが絶滅してもう存在していないというのは大きな誤りさ」
「鉄機兵がドラゴンの亜種?」
「そうだ。形を変え、彼らは今やどこにでも存在するようになった。もはや竜大陸と言っていいほどに、違う形でドラゴンはこの地に浸透している。素晴らしいことだ」
「……結局何が言いたい?」
「うん。話はそれたけどね。鉄機兵はドラゴンだ。で、君もドラゴンの乗り手だ。乗り手としての優秀さではラーサ族の中でも上位にあるだろう。ドラゴンというのは強者が好きでね。そして、強制的に竜機兵化させる技術は実はもう確立している。そこに君たちの巨獣機兵の技術だ」
そう言ってもう片方の手に赤い液体の入った、呪印が刻まれた注射器を出した。それを見てダールが目を見開く。
「それでこちらは竜血剤。どうだろうね。巨獣機兵と同じ工程で竜機兵になるというのは? 僕の計算が正しければ、君ほどの武人ならば耐えられるだろうと思うんだよね」
「ま、待て」
ロイの意図を察したダールが一歩退こうとする。だが、再びロイに睨まれたダールの身体は硬直し動けない。
「実は面白い話を聞いたんだ。君たちは名誉と引き替えに兵を巨獣機兵化させているそうじゃないか。アレになれば心臓化して、意識もまともには残らないというのにね。いやぁ、ラーサ族ってのは名誉を重んじる一族なんだろう。感心するね。敬意を感じるよ。実験に何人かつれて帰るけどいいよね?」
その言葉に後ろで話をじっと聞いていたウォートがため息をついたが、止めようとする気配はなかった。そもそもその権限もない。ローウェン帝国の誇る八機将のひとりである彼が護衛に付く。一軍の将であろう男がそんな馬鹿げた任についているのもすべてはイシュタリアの賢人がもたらす恩恵が計り知れないが故のこと。彼はただ老人を護りながら、意図に従って動くのみだ。
「お前は、お前たちはッ……グ!?」
そしてロイの眼の力が強まるとダールが再び声を出せなくなり、実験は開始されたのである。
次回予告:『第225話 少女、反撃を受ける』
説明回です。ベラちゃん、そっちの方面は全く興味がないのでこんなときでもないとお話もできませんからね。
そして今回はロイお爺ちゃんにダールおじちゃんが開発されちゃう、そんなちょっとしたBL展開にみなさんドキドキしたのではないかと思います。
次回は開発されちゃった系おじさんがハッスルしますよ。お楽しみに!




