第223話 少女、ペットを増やす
「ほぉ、なんだいこりゃあ」
伝令の報告を受けたベラが竜撃隊のもとへと向かうと、そこにはロックギーガに引きずられた『ドラゴン』と、アイゼンとガイガンたちの鉄機兵に抱えられた首のない機械竜があった。戦闘を終えて陣地に戻ってきた他の隊も興味深そうに注目している中、竜撃隊のひとりがベラの姿を認めると「総団長がいらっしゃいました!」と声を張り上げた。
そしてその場にいたガイガンとアイゼン、それにリリエとケフィンたちがベラのもとへとやってきて敬礼する。対してベラも軽く挨拶を交わすと、ガイガンが拘束して連れてきた見慣れぬ兵へと視線を向けた。
「それで、まずはそっちのは何だい? 鎧からしてローウェンの兵のようだけど」
「竜機兵の、いえ機械竜の乗り手ですね総団長」
ガイガンが簡潔にそう告げる。それにベラが目を細めながら尋ねた。
「ふーん。目が逝っちゃってんねえ。ずいぶんと惚けてるようだけど、そいつ大丈夫なのかい?」
「いえ。どうも意識はもう残っていないようでして」
ガイガンが歯切れの悪い言い方でベラにそう報告する。
「こいつ、竜機兵の乗り手の特徴である体内に埋め込まれた竜心石がないんですよ。どうも刃物で切り取って外したようで、しかも竜心石はずいぶんと大きくなって機体の方に埋め込まれてました」
「どういうことだい?」
竜機兵は、自身の肉体と竜心石を融合させ機体と同調させることで恐るべき反応速度を発揮する機体だ。機体と離れることができなくなるというデメリットもあったが、竜心石をわざわざ外して機体に乗せる意味がベラには分からない。
「よくは分かりませんがね。そこら辺はマギノの爺さんに調べさせるしかないかもしれませんな」
ベラの問いにガイガンがそう言う。
マギノは現在獣機兵の構造解析と、巨獣機兵について調べているが、彼の本来は鉄機兵を魔術的に解析する科学者だ。別の因子を混ぜ合わせることで発生した獣機兵よりも鉄機兵の原型であるドラゴンの研究の方をこそ求めている節はあった。
「ま、とりあえずはこのまま機械竜と一緒にマギノのところに持っていくしかないね。それでそっちのドラゴンはどうしたんだい? どっから拾ってきた?」
「そいつはロックギーガが乗り手を喰い殺した途端に変化した。ワシらにも正直何が起きたのかはよく分からん」
「ああ、喰ったのかい?」
アイゼンの言葉にベラがそう口にして、ロックギーガを見た。
対してロックギーガがいけなかったのかという顔をして首を捻ったが、ベラは特に気にした風でもない。それからベラはロックギーガが持つ、動かないドラゴンへと視線を向ける。
「で、こいつは生きてるようだが、なんか元気がないねえ」
「はい。どうもロックギーガはそのドラゴンに己が肉とあちらにある壊れた機械竜の中にある竜心石を施したいと考えているようです」
ロックギーガを従えているリリエの言葉にベラが眉をひそめた。
「どういうことだい?」
「なんでも、今のそのドラゴンには色々と足りていないものがあるとか……ロックギーガの思考を読んだ限りではそのように考えているようでして」
「そうかい。まあ、いいだろう。ひとまずはロックギーガの望んだとおりにしてやりな。リリエ、お前が付いてやり過ぎないように見ておきな」
ベラの言葉にリリエが頷き、ロックギーガが吠えた。
その様子に微笑みながら、ベラは首の千切れている機械竜を見る。
(で、機械竜かい。今まで話にも聞いていなかった機体だ。それに乗り手が喰われた方は動かないドラゴンになり、乗り手が生きている方は動かずときている。さて、こりゃあどういうことかねえ)
一体何が起きているのか。それを理解するには、まだベラのもとには情報が少な過ぎていた。
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「どうする?」
ベラがロックギーガのもとで指示を出している頃、城塞都市アルグラの燃え残った一角にある建物の中ではダールがひとり頭を抱えていた。自軍はすでに街の中へと撤退しつつあり、ヘイロー軍も追いかけてはいない。ひとまず状況は一区切りついている。
「どうする?」
ダールがもう一度口を開く。
現状、己が率いているムハルド王国軍が窮地に陥っているのは間違いようのない事実だ。この半年をかけてヘイロー軍に対抗するために用意した己の軍が無惨な形で崩れていく。ここまで彼が築きあげてきたものが終わりつつあることをダールは実感していた。
そもそもケチのつき始めはローウェン軍の暴走によって奪還したアルグラの城塞都市としての機能が失われたことであり、アイゼン率いるドーマ兵団に対して早々にベラ率いるカール兵団と竜撃隊が合流してしまったことも痛手であった。
もっとも数の上ではそこまでの戦力差はないはずだったにもかかわらず結果も無惨なものだ。用意した二機の巨獣機兵はベラに破壊され、ローウェンの竜機兵部隊も機械竜を二機破壊され、竜機兵も三分の一が倒されたと報告があった。
そもそも全体的に戦いはベラ軍の優位で進み、巨獣機兵という切り札を壊された時点で立て直すために撤退を余儀なくされた。そして今後の対応をどうするか……といえば、彼の結論はひとつであった。
「アルグラがこの様では護って戦うのも無謀か」
アルグラが城塞都市として機能しているならば、まだ対応しようもあった。だが現在の門が開いたままのアルグラでは盾の役割を果たせない。
「引き返すしかないな」
「いやぁ、それはちょっと困るねえ」
ダールが苦渋の選択を口にした途端に背後から声が響いた。
「……ロイ殿。なぜここに?」
驚愕するダールだが、後ろを振り向いた途端にさらに血の気が引いた。
その場にはローウェン帝国の研究者ロイだけではなく、八機将のウォート・ゼクロムもいたのだ。そのダールの驚きように笑いながらロイが口を開く。
「やあ、ダール将軍。ちょっとお話があるんだけどいいかな?」
次回予告:『第224話 少女、眉をひそめる』
ペットがもう一匹増えるようです。
しつけはロックギーガとリリエに任せるとして、果たして新しいペットはちゃんと元気になってくれるのでしょうかね?




