第221話 少女、進化を試す
「こいつは強烈だ」
ベラが思わずそう呟いた。
二対四枚の竜翼と共に追加された新たなる力『噴炎器』によって機竜形態となった『アイアンディーナ』は戦場の上空を一気に飛び抜け、標的に向かって直進していく。
そして、ベラが狙いを定めているのは二機確認している巨獣機兵だ。ドラゴンのブレス以上に、広範囲に渡って攻撃を仕掛けることができる戦場の新しい戦力巨獣機兵。運用次第では今回の戦いにも穴を穿つことが可能であるソレを早期に潰すことがベラの狙いであり、ベラと同様に空を移動することができるローウェン帝国の竜機兵部隊が巨獣機兵とは別の場所に出現したことは好機でもあった。
「おっと、噴炎器は切れたか。まぁ、持続できるもんじゃないしこんなものかい」
戦場の半ばにして盾から吹き上げていた炎が切れて『アイアンディーナ』の速度が落ちていく。ともあれ目標はもう目の前だ。また巨獣機兵の動きも鈍く、ベラはほくそ笑みながら照準を合わせてアームグリップのトリガーを弾いた。もっとも命中には至らない。
「チィ。さすがに無理か」
巨獣機兵に対して錨投擲機から捻れ角の槍が放たれたが地面に突き刺さった。巨獣機兵が避けたのではなくベラが外したのだ。それはろくに訓練も積んでいない状態で高速で移動している飛翔体から狙撃を行うのはさしものベラでも容易ではないということだった。
「だったら、狙える形にすりゃぁいいってことさね。舞い上がれディーナ!」
そう言ってベラがアームグリップを引き上げて『アイアンディーナ』を上昇させるとすぐさま急降下し、下方の巨獣機兵へと突撃していく。それに周囲のムハルドの兵たちが騒ぎ立てるが、誰もが『アイアンディーナ』に届く攻撃手段を持っていない。また、すでに発射態勢に入っている巨獣機兵は動けず、ソレを見てベラは再度捻れ角の槍を放った。
「は、これなら動かぬ的だね」
ベラが笑う。今度こそ巨獣機兵への攻撃は命中し、捻れ角の槍はその性質上、そのまま巨獣機兵の内部へと捻れ込んでいく。
(さて、残りは一機。こいつをどうするかだが)
捻れ角の槍は二本のみ。残弾はゼロ。であれば、と……ベラがそう考えた直後のことだ。
『待っていたよ』
「ウォート・ゼクロム!?」
ムハルド王国中央軍の軍勢の中から、銀色の機体が翼を広げて飛び出してくるのをベラは見た。
「チィッ」
次の瞬間にベラはとっさにアームグリップを振り回して機体を回転させながらウォートの攻撃を避けた。
「長槍が武器。けれど刃の先はあの灼熱化するレイピアか」
『ご名答。覚えていてくれたみたいだねベラ・ヘイロー』
ベラの言葉にウォートがそう返す。
対してベラは苦い顔をして銀の機体を見た。翼は一対だが『アイアンディーナ』よりも面積が広く、出力はベラよりも高そうであった。何よりも厄介なのは空の戦闘を想定した長槍だ。尾に巻き付けたウォーハンマーで挑むには正直心許ないとベラは感じていた。
『ドラゴン?』
『機械だぞ』
『ローウェンの銀色と争ってる!?』
その状況にムハルドの兵たちが騒ぎ立てるが、ベラは気にせず周囲の鉄機兵たちの間をすり抜けてウォートの追撃を逃げ回る。
(機動力はこちらに分があるが、出力はやっぱりあちらさんのが上だね。武器の差もある。何もない空で戦えば負けるか)
ブレスという手段もあるが、高速で移動している相手に当てるのは難しい。そう判断したベラはとっさに空中で機人形態に変形して通常の鉄機兵の姿へと変わると、
『ハッ、いい踏み台だ』
ベラはフットペダルを踏んで二対の翼で制動をかけ、さらに正面に迫ったムハルドの鉄機兵を踏みつけてクッション代わりにして衝撃を殺して地面に降り立った。
『なんだい。お空で遊んではくれないのかい?』
『ひゃっひゃ。悪いが相手の土俵で遊ぶのは好きじゃなくてね』
ベラがそう言いながら周囲を見渡す。
正面は蹴り飛ばした鉄機兵が転げて他の鉄機兵たちも巻き込まれて動けないようだが、他の方角からはすぐさま『アイアンディーナ』に対して攻撃を仕掛けてこようとしてくる柔軟さがあった。彼らとてラーサ族の精鋭。油断できる相手ではないが、それでも上空でウォートの機体と戦うよりは与しやすい。
またウォートの方もすぐさま追撃を仕掛けてこないのは、おそらくは隙をうかがっているのだろうとベラは判断する。
(油断するつもりはないが、まあ攻撃しかけてるときにやられると痛いか)
すべての攻撃を確実に処理できると考えられるほどベラは己を過信してはいない。であれば、と相手に動かれる前にベラは先手を打つことを判断する。
『竜の心臓、起動しな!』
『なんだ。肩が光って?』
『報告にあった強化だ』
『炎が、うわぁああああ!?』
兵たちの悲鳴のような声が響く。肩部から露出された竜の心臓が起動したと同時に右腕の竜頭から周囲にブレスの炎がまき散らされたのだ。炎の海の中でムハルドの鉄機兵は下がり、生身の兵は焼かれて炭化していく。
『これは? おっと』
そして空中にもまき散らされた炎の壁にウォートが眉をひそめた次の瞬間、炎の中から人型の影が飛び出してきた。
『速い! だけど、これは!?』
『ヒャッハァア』
ベラが左腕の盾の噴炎器を使って加速して飛んできたのだ。そしてウォートを抜いたベラが加速していく。
『しまった』
『時間切れだね。悪いが今回のあたしの目的はあんたじゃないんだよ』
そうベラが笑う。
元よりベラの狙いは巨獣機兵。すでにもう一機の巨獣機兵の目玉のような装備が光り輝き、何かを射出しようとしている。それを止めねば、ベラが来た意味がない。
『させないよ!』
巨獣機兵の目玉にベラは仕込み杭打機を撃って砕くと、さらには砕けた内部に向かって右腕を突き刺しブレスを吐き出させて一気に内部を燃焼させた。
『ギャァアアアアアアアアア』
巨獣機兵の内部より凄まじい悲鳴が響いてくる。それは心臓化した乗り手の断末魔の悲鳴だ。
『クソッ、巨獣機兵は二機いたんだぞ!?』
『取り囲んで破壊しろ』
『無理だ。飛んで逃げられた』
ムハルドの兵たちが慌てて巨獣機兵のもとへと駆けていくがすでに遅い。巨獣機兵は爆発し『アイアンディーナ』も場に残ることなく、噴炎器を用いて一気に離脱していく。
その加速にウォートも追いつけぬと判断し、その場に留まった。
『やられた。こりゃあ博士にドヤされるね』
ウォートが苦笑いをしながらそう口にした。
ベラは目的を果たし、ウォートは果たせなかった、どう見てもウォートは完敗である。一方でこの場から離れた、竜たちの戦う戦場では……
次回予告:『第222話 少女、ペットを増やす』
さすがのベラちゃんもたくさんのお兄さんたちのお相手をしながら、銀の人とダンスを踊るのは難しかったようです。
次はうまく潰せると良いですね。




