第219話 少女、竜をけしかける
両軍の衝突が開始されてから刻はわずかばかり過ぎ去り、戦場は今や膠着状態にあった。
そもそもがベラのように針の穴を通すような攻撃で鉄機兵を仕留めるような真似をできる者はそうおらず、戦線を崩すことは容易ではない。故に戦場のセオリーに則り、両軍は鉄機兵同士の武器と盾で打ち合って牽制しあい、周囲を対鉄機兵兵装を持った兵たちが仕掛け、妨害し、ぶつかり合い続けている。それこそが鉄機兵のある戦場の本来の姿だ。
そんな状況を前にして、じっと戦況を見守り続けているムハルド王国軍の将軍ダールのもとに報告が届いた。
『動きがあったか?』
通信機からの言葉にダールがそう返す。止まった戦場の流れを動かそうと手を打った矢先のことだ。であれば、それは己が切った手札に反応したものだろうと考えたのだが、どうやらそれは当たりのようであった。
『ハッ。左翼を攻めるカイゼル兵団に強攻の動きありです。恐らくは準備を始めた巨獣機兵を狙って行動しているのだと思われ、また魔術師たちも鉄機兵の反応を強く感知しております』
その配下からの報告にダールは目を細め、戦線の左翼へと視線を向ける。確かに大気中の自然魔力の流れが激しく動いているようにダールにも感じられた。
魔術師ではないダールにはそれは勘に近いものであって確かなものではないが、感じた通りであれば魔力の川から鉄機兵への魔力供給が増えているということを示してもいる。
『まあ、厄介な鳥どもが飛んでいるのだ。気付かれて当然だな』
空を見上げたダールがそう返す。上空には何羽かの鳥が飛んでいるのが今も確認できる。それらが魔獣使いが憑依した鳥であることは、以前までは自分も雇っていたダールには分かっている。
ヘイロー軍には諜報に便利な獣人の魔獣使いたちがいるのだ。
獣人の有無による情報戦の出遅れはムハルドにとっては非常に大きい。ダールもそれは痛感しているが、すでにムハルド王国は獣人族と完全に対立している状況だ。それもきわめて一方的にムハルド王国は敵対されていた。獣人たちの竜信仰を理解できていなかったという落ち度はあるにせよ、突如として裏切られたダールには理不尽なものにしか感じられず、少なくとも今のムハルドに魔獣使いを雇うという選択はなかった。
『とはいえ、包囲網を崩せるほどではないだろう。それでベラ・ヘイロー、ヤツはまだ動いていないのか?』
問題となるのはベラの鉄機兵『アイアンディーナ』の飛行能力だ。対空能力のないムハルドの戦力では、単騎とはいえ強力な戦力が一方的に戦場のあちらこちらに出現するのは脅威であった。
現状においてもローウェン帝国の竜機兵部隊に対処を望むぐらいしか対抗手段がないのだ。だが、そのベラが動いたという報告はまだあがってきてはいない。
『ハッ。未だ中央から動いてはいないようですが』
『そうか。念入りに監視して、何かあれば竜機兵部隊にも連絡をしろ。ヤツラの狙いもベラ・ヘイローなのだしな』
『はい。承知し……いえ、動いている?』
そして、会話の途中で兵から驚きの声が通信越しに聞こえてきた。それにダールが眉をひそめながらも『どうした?』と問いかける。
『ハッ、竜機兵部隊が今動き出したようです。報告もたった今届きまして、右翼にドラゴンが出たと』
それにはダールの顔も強ばり、すぐさま右翼へと視線を向けた。その場からでは姿が見えぬが、ダールの鉄機兵を通した水晶眼の視界にも一瞬だが炎が見えた。
『アレはブレスか? こちらの巨獣機兵とは逆の戦地に動くとは……しかし、この配置は』
それからダールが城塞都市周辺の地図を開いて睨み付ける。
そしてローウェン帝国の竜機兵たちが彼らの上空を越え、右翼へと飛び去っていくのが見えた。
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『突撃ぃぃいいい!』
ダールが状況の確認をしている一方で、ヘイロー軍のドーマ兵団を引き連れたガイガン率いる竜撃隊と槍鱗竜ロックギーガが戦場を横断していた。
先頭に立つロックギーガは炎のブレスを吐いて迫る敵を焼き殺し、それをかいくぐって接近できた敵も両腕から長く伸びた槍爪で突いて倒し、さらには左右を迂回して攻めようとした兵たちに対しては竜撃隊とドーマ兵団が仕留めていく。
その隙のない編成はムハルドにとっては大きな脅威ではあり、対抗可能であろう巨獣機兵もその場にはない。
そして、蹂躙されていくムハルドの兵たちに対してアイゼンがウォーハンマーを振るって笑う。
『ハハッ、弱腰の兵ばかりよ。しかし、貴様の尻を追うはめになるとはなガイガン』
『叔父上。総団長からの指示ですぞ』
ロックギーガの横で護りに付いている鉄機兵の中にいるガイガンがそう言葉を返すと、それにアイゼンも『分かっているさ』と言い返した。
『別に文句があるわけじゃない。それにローウェンの連中の狙いはドラゴンである可能性が高いのだろう?』
『ああ、そうらしい。以前に団長も狙われたと聞いている』
ガイガンは、ベラドンナ傭兵団を率いていた頃にもベラがローウェン帝国に狙われていたと聞いていた。少なくともただの増援であれば八機将が来るとは思えず、今回も彼らの狙いはドラゴンかベラだろうと予測されていた。
『空を飛ぶ機体を確認しました。皆様方、お気を付けを』
そしてガイガンの『ダーティズム』とアイゼンの『ミョウオー』が並んで先へと進んでいくと、槍鱗竜ロックギーガに乗っているリリエからの通信があった。それに反応してガイガンとアイゼンや、他の兵たちの視線も空へと向けられる。
『なんだと?』
『ほぉ、確かに来ているな。総団長と同じ翼持ちが』
空から翼を広げた複数の機体が近付いてきているのが確かに彼らにも見えた。
それはローウェン帝国の竜機兵部隊。だがそこには銀色の鉄機兵も二体のドラゴンもおらず、それに気付いたアイゼンが眉をひそめて歯ぎしりする。
『しかし竜機兵だけだと? ワシらを舐めているのか?』
『いや、待て叔父上。あれを見ろ』
ガイガンが叫ぶ。竜機兵の隊の中で二体が飛び出してガイガンたちに近付き、そのまま肥大化していく姿が見えたのだ。
『まさか、変化しただと?』
『醜い。あれは巨獣機兵と同じではないですか』
竜の巫女であるリリエが怒気混じりに声を荒らげた。
その姿は竜を信仰している獣人にとっては、正視しがたいものだ。それはガラクタを集めたようなドラゴンの形をした機械の塊であり、ドラゴンというには醜すぎた。
『あのときは炎の中で気付かなかったが……ヤツら、あんな姿をしておったのか!?』
そして竜機兵が変化した機械竜たちが空より躍り掛かると、槍鱗竜ロックギーガが咆哮して立ち上がり、両者の吐き出した炎が空中で激突してその場で爆発が起こった。
次回予告:『第220話 少女、奇襲をかける』
ロックギーガちゃん、せっかくお友達と会えると思ったのにかわいそう。一方でベラちゃんですが、彼女はいったい今どこにいるのでしょうか? それはですね……




