第218話 少女、開戦をする
城塞都市アルグラの前。
そこでは戦闘準備を終えたヘイロー軍とムハルド王国中央軍が向かい合っていた。すでにどちらも互いを認識しての接近であったために奇襲などはなく、弦を引き絞る弓のごとく正面より一気にぶつかり合うことを今か今かと待っているようだった。
そして、ヘイロー軍左翼に配置されているドーマ兵団の最前面に立っているのはアイゼンの鉄機兵『ミョウオー』。その操者の座の中では、何もかもを視線だけで射殺さんばかりの勢いで、アイゼンがムハルドの軍勢を睨みつけていた。
開戦と共にいの一番に挑もうと闘気をたぎらせ、アームグリップを強く握りフットペダルをすぐにでも踏み出さんばかりに足を上げ、今か今かと鐘の音を待っている。
その様子に気付いた副官から通信が届いた。
『団長、大丈夫ですか? ちょっと殺気強すぎますよ』
『ああ、そうだな』
副官の言葉にアイゼンは少しだけ息を吐き、それから肩の力を抜いて笑った。少々熱くなり過ぎていた自分を自嘲したのだ。それからアイゼンは副官へと視線を向け『だが』と口にする。
『あのドラゴンたちはワシらで殺す。絶対に見逃すなよ』
『それはもう。ドーマ族の誇りにかけて、必ず』
副官の返しにアイゼンは頷き、それから少しだけ冷静になった頭でヘイロー軍の中心を見た。そこには彼の孫がいるはずだった。
ムハルド王国との戦いに破れ、泥水をすすり生き永らえた三年を経て彼らは今ここにいる。身を隠していたドーマ族もすでに傭兵国家ヘイローへと合流を果たし、彼らは流浪の民ではなくなっていた。
一方で孫であるベラは自身とドーマ族との縁はもはやないものと公言しているが、それはドーマ族という戦士の一族の価値を否定しているものではない。だから身内だからと言って冷遇も、優遇もされないし、能力に応じた立場も役割も与えられていることにはアイゼンも不満はない。
そして、城塞都市アルグラはその成果とも言えるものだった。
ドーマ族を中心としたドーマ兵団のみでの攻略戦によって手に入れた対ムハルド王国の最前線となる本拠地。
しかし、それを今回手放したことは戦略的な意味でも手痛く、何よりもアイゼンたちの矜持を大きく傷付けてもいた。
(雪辱は果たさせてもらう……しかし)
アイゼンが睨みつけているムハルド王国中央軍の陣形はベラ狙いの一角ベヘモスの陣形であり、対してヘイロー軍は双翼から襲いかかるモルド鳥の陣形を構えている。
一概にどちらが優れているとも言えぬが、戦力にそう差はなく、であれば地力の違いが戦況を覆すとアイゼンは考えているが、問題は敵の中にローウェン帝国の部隊の姿が見えないということだった。
(ヤツら、おらんか)
にっくき二体のドラゴンと竜機兵の部隊を発見したという報告もまだ来ていない。さすがにこの昼時に上空を飛んでいればアイゼンたちも気付くはずで、であれば今はまだいないのかもしれないとアイゼンは考えた。
(しかし、混戦となって視界が限定されてしまえば空からの襲撃に気付くのは難しい。ローウェンはそれを狙っているのか?)
ラーサの北部族にとってローウェン帝国の存在はムハルド王国同様に嫌悪の対象となっている。
ローウェン帝国こそがラーサ族の関係を歪めた元凶なのは明らかで、ムハルド王国内の反乱が続くのも北部族によるものだけではなく内部の反抗勢力のものもあり、さらに言えばムハルド王国内でも彼らに対しての反発は強かった。
そして、開戦の鐘が鳴り響く。
戦いは開始され、アイゼンが勢いよくフットペダルを踏んで銀霧蒸気を噴かしながら愛機を走らせ、その背を追ってドーマ兵団の鉄機兵も続いていく。
『では、行くぞ同胞よ。我らの怒りを彼奴らから流れる血の量で示してやれ。ヘイローとドーマに栄光を! ムハルドとローウェンに厄災を!!』
そのアイゼンのかけ声に兵たちも声を上げ、土煙を上げながら両軍は激突を開始したのである。
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『ドラゴンがいない?』
そして兵たちが戦い始めた一方で、パラからの通信で届けられた報告にベラは眉をひそめていた。
『はい。姿が見つからないとのことです。あの巨体であれば、分からないはずもないはずなんですが』
未だ後衛で戦場の様子を観察しているベラに届けられたのは、獣人部隊の魔鳥による航空偵察の報告であった。探しているのはローウェンの竜機兵部隊とドラゴンたち。もう開戦したというのに、ベラは警戒している相手の姿を見つけられないでいたのだ。
『どういうことだい?』
この戦いにおいてもっとも懸念している相手であるローウェン帝国のドラゴン。魔獣使い が憑依した魔鳥でマークしていれば、対処するのも難しくはないだろうとベラも思っていた。
だが、その姿がないというのはどういうことか。
『引き上げたのか。隠しているのか。街の中であれば、姿を隠すことも可能でしょうが、いかがいたしましょうベラ様?』
『ふぅむ。引き続き監視をして、出てくればすぐに知らせな。ま、別に今あたしらはローウェンと戦っているわけじゃあない。本命はダールだ』
戦いはすでに開始されている。
いずれは出てくるか。或いはいないのであれば、そのまま終わるか。だが、ローウェン帝国の戦力だけを意識しておくわけにもいかない。
敵の大将はダール将軍。かつてベラに敗れた男が、今度は全力で挑んできたのだ。であれば、問題となるのはもうひとつ。
『で、巨獣機兵の方はどうだい?』
『はい。後方の一角に盾持ちに護られた二機の巨大な機体を発見したとのことです』
『ほぉ』
その返答にベラがニタリと笑う。まだ切られていない相手の手札。それをどうしてくれようかと……
次回予告:『第219話 少女、奇襲をかける』
男同士の激しいぶつかり合い。いいですね。
一方で隠れんぼをしている人たちもいるみたい。
いったいどこに隠れているのかな?




