第217話 少女、成長を見る
「ボルド、ディーナの調子はどうだい?」
城塞都市アルグラへと移動を開始したヘイロー軍。
その中心で移動をしている魔導輸送車内部にあるガレージルームへとベラはおもむいていた。
ガレージ内には横たわっている『アイアンディーナ』とボルドや整備士の姿があり、ベラの言葉にはボルドも「ああ、調子は悪くねえ」と返した。
「設備が以前とはダンチだからな。正直言えば街のガレージが使いたいが、鉄機兵一機を見るだけなら十分だ」
そう言ってボルドがガレージ内を見回す。
そこは鉄機兵が収まるには狭い魔導輸送車の中ではあるが、ベラの要望に応じて『アイアンディーナ』が十分に整備されるように特別に用意されたガレージだ。
「しかしよご主人様。まぁた、随分と急いで動き出したようだが、このまますぐに出んのか?」
ラグナル砦から出てドーマ兵団と合流したヘイロー軍は現在城塞都市アルグラへと進軍中だ。整備を急げと指示されているボルドは、今この場にやってきたベラの雰囲気から、すぐにでも戦いが始まりそうだという空気を感じ取っていた。
「まあね。街ももうすぐだし、仕掛けるなら相手の準備が整う前に行いたいのさ。燃やされて街の機能が麻痺しているし、アイゼンは脱出前に街の門を破壊してるうえに自軍の戦力もほとんど減らさずに戻ってきてるからね。まあ、さすがに優秀な男さ」
珍しく人を褒めているベラの言葉に、ボルドは顎髭をモシャモシャとかきながら目を細める。
「まあ、そっちのことは俺にはさっぱり分からないが、前回みたいな単騎駆けは勘弁してくれよ。無事に帰ってこねえなんざ思っちゃいないが、あんだけ動かせばディーナの可動部の負荷も当然大きい。お前さんの腕でカバーできるのにも限界があるだろ」
そのボルドの言葉は正しく、ベラも否定の言葉は返せない。
もっともそれも理解しての竜翼の試運転でもあったのだから後悔もしてはいない。
「言われるまでもないよ。次はあんまヤンチャできる相手じゃないしねえ。ひとまず約束はできないが善処はするさ」
「頼むぜ。ディーナは竜の血を浴びたことで他に比べりゃ修理からの立ち上がりは早いが、内部の疲労がたまればイカれるのは変わらねえ。ま、こっちもそうならないようにはするがな」
「ま、そこらへんは信頼してるさ。それにこいつのこともある」
そう言ってベラが『アイアンディーナ』の左腕を見た。姿形こそ変わっていないが、その内部では今も変化が起き続けている。
「そうだな。やはり変異反応が広がってる。場合によってはかなりのものに変わるかもしれねえな」
ボルドの言葉にベラが目を光らせて笑う。
『アイアンディーナ』の左腕は仕込み杭打機内蔵型のギミックアームであり、竜殻の盾も装備しているものだ。
その中に入っているクロノボックスの変異反応は日増しに大きくなっており、今まさに目覚めようとしている気配がある。
それはかつて錨投擲機が出現したときよりも反応は強くなっており、どのようなギミックが生まれるのかはベラにもまだ予想はできなかった。
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「で、アイゼンの爺さんの方は大丈夫なのか親父?」
「問題なかろうよ。見た目キレてはいるが、叔父上の判断はああいうときこそ的確になされる」
そしてベラがボルドと話をしている頃、魔導輸送車の前を進む鉄機兵用輸送車の中では、ガイガンとカールがそんなことを話し合っていた。
「結局空を飛べるというのはそれだけで有利だと総団長が実証しておる。だからこそ叔父上も手に負えないと察して、戦うことを選択せず早々に街を離れた。あのまま残って交戦していてもそもそも攻撃が届かんし、そうやってまごついている間に、合流したムハルドの本隊によって全滅していた可能性もあった」
ガイガンの言葉は決してアイゼンを庇ったものではなく、純然たる事実であった。
ムハルド王国とローウェン帝国によって撤退を余儀なくされたドーマ兵団だが、戦力の損耗は少ない。そしてベラたちと合流した今では彼らは再戦に燃えている。
「つっても相当キレてるけどな」
カールの言葉にガイガンが苦笑する。ベラが去った後のアイゼンは殺意の塊のような気配を放っていた。何もしゃべらないところが爆発寸前のように思えて、カールは何も口にできなかったのだ。
「ああ見えて、この三年をムハルドと戦いながらジッと耐えてきた男だ。信じておけ」
「分かってるさ。それに都市は焼け、門はすでに破壊済み。条件としちゃあ、地理的にはそこまでこちらに不利もないからな。そつがない爺さんなのは承知してるよ」
ガイガンがその言葉に頷く。それからふたりが続いて次の戦いのことを話していると、通信機から兵の報告が入ってきた。
『団長、正面に城塞都市アルグラを確認。街の前にムハルドの軍が陣取っており、先頭より全軍に停止命令が出ました』
「承知した。指示通りに止まっておけ」
カールの言葉に兵の返答が聞こえ、それから鉄機兵用輸送車が止まるとカールがガイガンを見た。
「さてガイガン隊長殿。どうも、すぐやり合うことになりそうだ。総団長のもとに行くか」
「そうだな。カール団長、ラーサの血に祝福を」
「祝福を」
そう言い合って親子は拳をぶつけ合い、鉄機兵用輸送車を出て総団長のもとへと向かっていく。
そして、これより傭兵国家ヘイローとムハルド王国の最大戦力同士の戦いが開始されることとなる。それは歴史の上では未だ若いといえるムハルドという国が地上より消滅する最初の一歩でもあった。
次回予告:『第218話 少女、街に戻る』
ディーナちゃん、そろそろお赤飯を用意しておくお年頃でしょうか。
みなさん歓迎ムードのようですので、ベラちゃんも準備をしてご挨拶に参りましょうね!




