第216話 少女、負け犬を見る
「これはどういうことでしょうな?」
半分が焼け落ちてなお、未だ火の手が止まらぬ状態の城塞都市アルグラの前に野営地を置いていたムハルド王国中央軍の将軍ダールは、その場に戻ってきた老人に対し配下を率いて詰め寄っていた。
そして、睨み付けられている老人の正体はイシュタリアの賢人と呼ばれているローウェン帝国付きの研究者ロイであり、護衛を務めるローウェン帝国の八機将ウォート・ゼクロムもロイの横に並んでいた。
「どうとはどういうことかな?」
ロイはダールの言葉に不思議だとばかりに首を傾げると、さらに怒りを露わにしたダールが一歩前に踏み出した。
「何故に我らが街を焼いたのかと聞いているのです。今も兵たちに鎮火をさせているが、街の機能はもう当面は死んだも同然だ」
「でもさぁ。虫を燻り出すなら火だよね? それに僕の銀竜部隊の実力を見たいと言ったのは君たちだろう? ほら、街なら手に入った。立派な成果じゃないか?」
「それで民にどれだけの犠牲が出たと思っている!」
そう返すダールだが、ロイは物わかりの悪い子供を見るような目で肩をすくめるだけであった。
「おいおい、無茶を言ったのは君たちじゃあないか。そもそもさ。敵の街など焼いても構わないだろう? 何を怒っているんだい?」
「敵の、ヘイローの街などではない。連中に占領されていただけだ。元々はムハルドの……我らの街だ!」
「はっはっは、そうだったんだ。そういうことは先に言ってもらわないと」
「ロイ博士。それぐらいにしといてもらえますか?」
ロイの言葉にそう口を挟んだウォートが一歩前に出た。
それにダールや他の武将たちが一斉に視線を向ける。このまま掴みかからんばかりに前に出ている者もいたが、しかし彼らは次の瞬間に放たれたウォートの殺気によって一気に気圧された。
「これが……八機将?」
思わずそう呟いて冷や汗を流すダールに、ウォートが目を細めながら口を開く。
「博士が煽ったことを不快に感じたのであれば申し訳ない。この方、人の感情の機微を察することをしないので」
ウォートの言葉に「まあねえ」とロイが笑う。自覚はあるようだった。
「とはいえ、博士の言う通りでもありますけどね。僕らは街を落とせとしか言われていない。売り言葉に買い言葉だったのかもしれないが、僕らだけで街を落とせなんて言っておいて、今さらケチをつける? 冗談じゃあないんですがね」
そこまで言ってからウォートがレイピアの柄に手をかける。
一触即発。そんな雰囲気が出始めた空気の中で、ダールはとっさに「待て」と口にした。
「ウォート殿の言う通り、こちらにも非はあった。感情的になったことは詫びよう」
「ダール将軍!?」
配下のひとりが声を上げたが、ダールが睨み付けることで口を閉ざした。
「そちらがつまらないことを言わないのであれば別に構いませんとも。僕らの目的はあくまでベラとドラゴンの捕縛だ。どこぞのパロマのように国を乗っ取ろうなんて思っちゃいないのさ。とはいえ巨獣機兵なんてオマケを用意してくれているとは思わなかったですけどね」
ウォートの言葉にダールが苦い顔になった。その様子を見ながらロイが満足げな顔で口を開く。
「まあまあ、あれは良いオモチャだったよ。ま、人の技術を勝手に使うなら一声かけてほしかったけどね」
その言葉にダールは何も返せない。いずれはローウェンへの反旗をひるがえすための切り札であった巨獣機兵を今回知られてしまった挙句に、目の前のロイという老人に改良を加えられ、今戦争はその運用実験として使われている場となっていた。
確かにロイにより巨獣機兵は実戦に使えるレベルまでに完成したが、成果はローウェン帝国へと回収されることになるだろうし、それをムハルド王国は拒否することもできない。
獣血剤の製造技術の条約をムハルド王国はローウェン帝国と結んでいた。そのうえで彼らは獣血剤の製造と輸出を請け負い、他国へと秘密裏に流し続けていた。そうした商売相手を先に裏切ったのはムハルドなのだ。
そして、罪人や半獣人を使って秘密裏に行っていた研究は今や表に出て自身らの兵たちに使われている。それをダールは拒否できない。
(ベラ・ヘイローを討つためだ。あの魔女を殺すために、今は耐えろ)
そう考え、ダールはひたすらに我慢を重ねていた。
時間が経てば経つほどにジリ貧になっていた状況を覆すために、どのような手段を取ろうと厭わぬと覚悟を決めていたのだ。
一方でそんな彼らから逃げたドーマ兵団だが……
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「すまん。総団長」
ドーマ兵団団長のアイゼンがその場で膝を突き頭を下げていた。
無論、その相手は総団長であるベラであった。
アルグラの街から逃げ延びたドーマ兵団は、ラグナル砦から移動していたベラたちと街から離れた場所で合流していた。そして、簡易に用意された天幕の中で状況の報告を聞いたベラが苦い顔をする。
「ずいぶんと手痛くやられたもんだ」
兵団全体の被害はそう大きくはないが、最近では一番の成果であった城塞都市アルグラを奪われたのは状況を後退させる事態だ。孫でもある小さな娘の指摘にアイゼンは苦い顔をする。
ベラの指摘はまったく正しく、勇猛果敢と謳われたドーマの戦士に尻を向けて逃げ出させるという醜態をさらした無能とアイゼンは己を恥じているところであった。
「で、アイゼン。ずいぶんと顔色が悪いが、まさか死んで詫びるなんて言うんじゃないよね?」
「言うものか」
ベラの言葉にそう返したアイゼンがギリギリと歯ぎしりをする。
「攻めてきたのはローウェン帝国の兵だった。あのムハルドを焚き付け、我らを追いやった元凶。奴らが出てきたのだ。殺して殺して殺し尽くしても足りぬ。それに背を向けた屈辱はヤツラの流す血によってしか雪ぐことはできん!」
そのアイゼンの言葉にはガイガンやカールも頷いた。三年前の戦いでラーサの北部族がムハルド王国に破れたのはローウェン帝国の協力があったためであるのは周知の事実だ。そしてそんな彼らの様子を見たベラは、次の戦いでは問題なく動いてくれるだろうと確信する。それから報告にあったものについて思案する。
(しかし、ドラゴンねえ。ヤツらがここまで来たかい)
報告によれば敵には二体のドラゴンがいたという。
そのうえに飛行タイプの竜機兵部隊と竜翼を装備した銀色の鉄機兵の姿も確認できているのだ。
(ドラゴンが二体。サイズはロックギーガほどではないらしいが、あちらも産み出せるようになったってことかね? それに竜機兵はともかく竜翼を装備した銀の鉄機兵)
中でも問題なのは銀色の鉄機兵だ。その相手にベラは心当たりがあった。それは、かつてベラドンナ傭兵団の頃に相対したローウェン帝国の鉄機兵乗り、八機将ウォート・ゼクロムだ。あの男が参戦しているのであれば、それはかなり厄介なことになるとベラは考えていた。
(竜機兵のパーツを鉄機兵が装備しているのは、ドラゴンがいるなら不思議じゃあない。ドラゴンの血があれば可能だからね。問題なのはドラゴンと竜機兵を率いての飛行部隊。それにウォートもいる。対してこちらはあたしとロックギーガのみだ。こりゃあ厳しいねえ)
飛行部隊が出てきた場合、己が最速で挑まねば一方的に味方がなぶられる事態になる可能性もあり得る。ベラはそうした状況も考慮した編成を考えながら城塞都市アルグラを取り戻すために再び進み出したのであった。
次回予告:『第217話 少女、街に戻る』
ベラちゃんはお爺ちゃんを処しませんでした。優しい。
そしてベラちゃんは空を自由に飛びたいと思いながら、みんなと仲良く街に戻ることにしたのです。




