第214話 少女、無双する
『降りただと? 貴様、ベラ・ヘイロー。なぜ総大将であろう人間が単独でやってきた?』
『ああ? 妙なところで真面目だねえ。別にあんたらにしてみりゃあ千載一遇のチャンスじゃないか。御託並べずに発情期の犬みたいに迫ってくりゃあいいのさ』
そう言ってベラは笑いながら『アイアンディーナ』の腰を落とし、ウォーハンマーを構えさせた。
『ま、頭はちょいと部下に預けてきた。あれ重いから、付いてると動きが鈍るしね』
『何を言ってるんだ。取り囲め。砦からドラゴンたちが出てくる前に倒さねば我らに勝機はない』
『分かってるじゃあないか。じゃあ行くよ』
そう言いながらベラが『アイアンディーナ』の足を進める。水晶眼を通して周りを見渡し、舌なめずりをしながら状況を把握していく。
(大盾持ちが隊列を組んで、その後ろを歩兵が対鉄機兵兵装で固めるか。基本だね。ま、ディーナのチェックにはちょうどいいか)
そしてベラの意志に応じて鉄機兵『アイアンディーナ』の右肩の装甲を開き、収められていた赤い宝玉を起動させる。それこそが竜の心臓。それは以前よりも強力な光を放っていたのだが、相対しているムハルドの兵たちは当然その事実を知らない。
『舞いなディーナ。まずは厄介なのを蹴散らすんだ』
『オォォオオオオオオオオンッ』
鉄機兵であるにもかかわらず『アイアンディーナ』が咆哮すると右腕の先の竜頭から炎が吐き出され、機体の回転と背の翼の羽ばたきによって全周囲へと火の海が広がっていく。
「燃えるぞ。後退しろ! 早くだ!!」
『火が、操者の座の中まで!? うわぁああ』
いきなり迫った紅蓮の炎に大盾を持った鉄機兵はそこまでのダメージはなかったが、地上を移動する歩兵や、防御が間に合わず胸部装甲内にまで炎が入った鉄機兵乗りは焼かれ、その場で死んでいく。
『ご機嫌だねディーナ』
そう口にするベラには『アイアンディーナ』が吠えて返した。竜の心臓の出力が増し、動かし続けられる時間も延びているのだ。
『ドラゴンの炎を吐く鉄機兵だと? 巨獣機兵と同じものだとでも言うのか?』
『ハッ、あんな哀れなものとうちのディーナを一緒にするんじゃあないよ』
そう口にするベラの後ろには巨獣機兵が転がっている。すでに事切れているが、その原因はベラの放った捻れ角の槍が心臓と化した乗り手を貫いたためだ。巨大だが鈍重でもある巨獣機兵を仕留めるために、ベラはかつてベラドンナ傭兵団のときにも使用していた捻れ角の槍を二本コーザに取り寄せさせて装備していた。
突き刺すと同時に内部に入り込むギミックをしたその槍は一度刺されば抜けずその戦いでは再び使用できぬのだが、巨体である巨獣機兵を殺すのには適した武器だった。
ベラは現在その槍を二本携行している。
『こいつはアンタにもくれてやるよ』
『うぉおおっ!?』
そしてもう一本の槍が竜の心臓によって出力を上げた『アイアンディーナ』の竜腕から投擲され、ムハルド騎士団長の鉄機兵へと突き刺さる。
『クソッ、これは中に入ってくる? 炎を恐れるな。盾持ちを前に出せ!』
鉄機兵から響く指示は途中で途切れた。それは乗り手が捻れ角の槍によって死んだというわけではなく、胸部ハッチを開けて逃げ出したためだ。ともあれ兵たちに命令は伝わった。歩兵は言われずとも後退しており、大盾を持った鉄機兵もすでに並列して『アイアンディーナ』を取り囲んでいく。だが、それでは駄目なのだ。ベラ・ヘイローの愛機は空を飛ぶのだから。
『さあて、頭の上を失礼するよ』
ベラがそう口にすると、大盾を持った鉄機兵の上を翼を広げた『アイアンディーナ』が飛び越え、さらには背後に回ったのと同時にウォーハンマーで叩きつけた。
『飛び越えて回り込んだだと?』
衝撃でよろけた鉄機兵の中から乗り手の悲鳴のような声が響く。
そして、隣の鉄機兵とぶつかり合って二機の機体がドミノ倒しになっていく。
『女の子だからねえ。飛んでみたい気分のときもあるのさ』
そう口にしたベラは、仕込み杭打機で倒れている鉄機兵にトドメを刺しながら、もう一機にも錨投擲機を撃って行動不能にした。一機で集団に挑むのだ。であれば優先順位は対鉄機兵兵装を持つ歩兵、続いては行動を阻害する盾持ちと順番は決まっている。
そしてベラは『アイアンディーナ』を駆り、さらに戦場を闊歩していく。ウォーハンマーを振るい、ピックを突き刺して抜かずに手放すと、小剣を抜いて斬り裂き、落ちていた槍を蹴り上げて握ると目の前の鉄機兵に突き刺しながら、背後に迫っていた機体も押し飛ばした。
『おんや。さすがに終わったかい』
そうした異常とも言える速度やパワーはすべて竜の心臓から供給される魔力あってのものだが、その持続時間もここで尽き、宝玉の光も消えていった。
『肩の光が消えた。今ならば勝てるぞ』
『おいおい、馬鹿言うんじゃあないよ』
ベラはそう言いながら『アイアンディーナ』の背の翼を折り畳むと回転歯剣を取り出して構えた。竜の心臓の発動が終了した以上、供給できる魔力量は限られている。であれば、後は一番信頼できる得物で挑むのみ。そして、まるで巨獣の咆哮のような作動音が回転歯剣から響き渡り始めると、対峙している鉄機兵たちが怯んで一歩下がった。
『あれが……ドラゴン殺し』
『ああ、そうさ。さあ、もうチョイ付き合っておくれよ。まだ楽しみたいんでね』
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『はぁ。こりゃあ、ワシらの立つ瀬がありませんな』
そんな言葉と共に、ガイガンの口から大きなため息が漏れた。
ガイガンの鉄機兵『ダーティズム』、槍鱗竜ロックギーガと竜撃隊、それにヘイローの兵たちがムハルド王国軍の元に辿り着いたときには、すでに彼らは潰走していた。
ベラが指揮系統を潰してすでに散漫な動きしかできなくなったところに、傭兵国家ヘイローの本隊が到達したのだ。彼らは各々の判断によって逃げ出すことを選択せざるを得なかった。
『いやぁ、悪いね。ちょいと試したくて無茶をしちまったよ』
『竜の心臓ですかい? どうも以前とは違うようでしたが』
ガイガンが『アイアンディーナ』の右肩の装甲を見る。
先ほどの戦闘では竜の心臓の継続時間が以前よりも延びていたようにガイガンには見えていた。無論、遠目からでの確認だったし、出力次第で使用できる時間も変わる。だが、それにしても長かったし、実際ソレを確かめるためにベラ自身もこうして戦ったのだろうとガイガンは理解していた。
『翼とデイドンハート、どちらも好調さ』
『そいつはよぉございました。けど、あまり前に出過ぎないでくださいよ。出るにしても、ワシらが盾になる状況にはしてもらいたいですな』
『考えておくよ』
ベラがそう言うと、すでに去っているムハルドの軍を見た。
『ローウェンの竜機兵はいなかったが、巨獣機兵はいたね。ガイガン、アレもマギノに送っておきな。連中、巨獣機兵を運用し始めている。どうもあいつら、あのデカブツを継続して使う方法を見つけたね』
『リンローたちが荒れますな』
ガイガンの言葉にベラが『仕方ないさ』と返した。冷静さを失わなければ、怒りは力になる。それをベラは理解していた。
『どうであれ、現実にこれからの戦いじゃあ巨獣機兵の兵装を扱う奴らが出てくるだろうよ。まったく厄介なことさ』
そう言いながらベラは『アイアンディーナ』を砦へと向けさせた。
『それじゃああたしは砦に戻るから、後始末がついたら隊長以上を集めておきな。明日にはカールもやってくる。仕事は片付いちまったが、今後のこともある。色々と準備はしておかないとね』
次回予告:『第215話 少女、みんなを集める』
ディーナちゃんも成長期のようです。
ベラちゃんとどっちが先に大きくなれるかな?




