第213話 少女、遠征をする
「ふぅ。終わった」
首都レオール中央区の屋敷。その中の議長室と刻まれた木札がかけられている部屋でコーザが一息ついた。そして彼の前に置かれている積み上げられた書類はコーザが本日目を通したもの。今やただの商人ではなく、傭兵団の会計でもなく、立場の上では国の代表となったコーザにのしかかる仕事の量は膨大だ。
コーザ・ベンマーク議長。議会制の政治形態を取る傭兵国家ヘイローにおいては、形の上で彼こそが国の長と言うべき存在だった。
「コーザ議長いるかね」
そのコーザのいる部屋の外から声が響き、それにコーザは「どうぞ」と言葉を返す。
外には警備の兵がいたが、彼らに咎められず部屋に入れる人物は限られており、そして部屋の中に入ってきたのは研究者のマギノであった。
「やあ、コーザくん。高い椅子の具合はどうかね?」
「慣れませんね」
マギノの問いにコーザは率直にそう返した。コーザは今の己の立場が分不相応であるという自覚がある。だが、それでも彼以外の人間がその地位に付くことをベラは認めなかった。国の維持が可能で、ベラの言うことを聞き、過度な野心を持たぬ者となると選択肢が他になかったのである。そうして苦労を背負わされたコーザは仕事に追われ続けていた。
「それでマギノ博士。何かご用でしょうか?」
「うん。ベラちゃんがどっか行っちゃったみたいでさぁ。ちょいと予算の方をね。融通利かせてほしいんだよ」
「またですか」
コーザがうんざりした顔を見せた。
ヘイロー大傭兵団が国を興した後、ベラは積極的にマギノの研究に金をつぎ込んできた。
その研究のひとつが半獣人の治療であり、その事実自体が獣機兵兵団の支持を生むものとなっていた。また時間が経つごとにヘイローの獣機兵乗りが狂わぬことが証明され、それはムハルドが秘密裏に行っていた巨獣機兵の開発の暴露と共に情報が拡散され、ムハルド王国に未だ仕えていた獣機兵乗りたちの反旗をも促していたのである。
そうした背景もあってマギノは傭兵国家ヘイローにとっては非常に重要な人物ではあったのだが、彼が望む研究費用も日に日に増してもいたのである。
「議長ならできるだろう。君、この国で一番偉いんだし」
「面倒な部分を押し付けられただけですよ。議員数を軍属議員が半数以上占めている状況ではお飾りでしかありません」
疲れた顔をしたコーザがそう言う。
「そりゃあね。ベラちゃんが生きている限りは、ここはあの子の国だもの。ま、背中狙ってブスッといけばコーザくんの国にすることもできるかもしれないけどね。下剋上狙っちゃう?」
その言葉にコーザが真顔で「冗談でしょ」と返した。
「ベラ総団長なしで、この国は動きませんよ。ここはそういう風にできてる。それに私には、この地位だって不相応です。代わってもらうにしてもベラ総団長の意にそぐわぬ相手を付けることはできません。候補を探してもいますが、国として形になり始めた今では簡単に代えられもしないでしょう」
コーザの言葉にマギノが笑い、その様子に憮然とした顔のコーザが睨みつける。
「それで、予算についてはもう話は付いていたはずですが」
「そうなんだけどね。ほら、例の鹵獲した巨獣機兵。アレから手に入れたパーツでギミックウェポンが完成できそうでさ。オルガンくんの獣機兵にも使えるようにって計画立てたんだけど、ちょぉっとお金がなくなっちゃったんだよね」
マギノの説明にコーザが眉をひそめる。正気に言えばマギノにこれ以上予算を割きたくはないのだが、今の話は戦況に大きく影響する。そう信じられるほどに、鉄機兵魔術式研究者を自称するこの老人の腕は確かなのだ。であれば、通さないわけにはいかなかった。
「アレですか。でしたら話は通しておきます」
「いや、助かるよ。さすが議長」
「ハッ、気軽に言ってくれますね。まったく傭兵団だった頃が懐かしい。いや商人だった頃の方がですかね」
そう言って天井を見たコーザに、マギノが目を細めて口を開いた。
「再会したときに比べて随分と丸くなったじゃないか。復讐心は薄れたかね」
「どうですかね。新生パロマはもうローウェンの傀儡で、それも私がここで仕事をしていればいずれは消え去るはずの存在です。まあ、新生パロマの連中を捕らえた際には確実に殺すように求めますが、それも散々煮え湯を飲まされてきたルーイン王国軍なら言わずとも実行するでしょうし」
そう言いながら、コーザが己の椅子に深く背をもたれるとマギノへと視線を向けた。
「他に用がなければ、少し休ませてください。まだ午後には会議もありますのでね」
「うん、分かったよ。じゃ、予算の方は頼んだよ。それとベラちゃんの方はいつ戻ってくるんだい?」
「さて。先日にルーイン王国からいただいた翼があれば戻るのはすぐでしょうが。竜撃隊と共に出撃していますしね。場合によってはかなりかかるかもしれません」
「ムハルドの侵攻も最近じゃあ激しくなってるそうじゃあないか。大丈夫なのかね?」
マギノの言葉にコーザが笑う。
「その点はベラ総団長ならば大丈夫ではないんですか。試算したところでは戦力差にそれほどの差違はないようですが、ウチの総大将は足が速いですから」
そう言ってコーザが窓の外を見た。
半年前の攻略戦の後にこのレオール周辺では戦闘は起きていない。
だが、今もこの空の下で戦いは行われていて、彼らの総大将も戦い続けているはずなのだ。
こうしてコーザたちが話している間の今でも……
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『ギズモ団長。ヘイローの連中、砦から出てきませんね』
『そうだな』
そしてレオールより西に位置するとある場所ではムハルド王国軍の騎士団が並び立ち、その中心にはムハルドの騎士団長ギズモが己の鉄機兵に乗って、一点を見ていた。その先にあるのはラグナル砦。そこは、かつてムハルド王国の砦であったのだが領主であるオッド・バルザーの裏切りにより今ではヘイローの軍に奪われている砦のひとつだ。
もっともそのオッドも二ヶ月前に戦死し、またここ三ヶ月の間にこの砦は三度ほどに持ち主が代わる激戦が続いている場所だった。
『どうやらあちらにも増援が来たらしいが、こちらにもアレが届いた。どのような増援であれ、もはや我らに負けはないだろうな』
そう言ってギズモが見たのは彼らの背後に佇む巨大な機体、巨獣機兵だ。つい数時間前にこの10メートルはある巨大な機械の獣がギズモの団に届けられていた。
もっとも、その姿を見た配下の騎士の顔は晴れない。
『しかし、同胞をあのような姿にするとは……再びローウェンが来て、我が国はおかしくなっている。団長、我々は本当にこれでよろしいのでしょうか?』
『それを言うな。今となってはもうどうにもならんし、その手の言葉を吐けば反逆罪にも問われる。気を付けろ』
ギズモがそう咎めると配下の騎士が『申し訳ございません』と言葉を返した。
何しろ今のムハルド王国はヘイローに寝返る人間が多く出過ぎていた。ローウェン帝国の協力を仰いだことが国内での軋轢を強めていたのである。
『それにアレもローウェンの技術により短期間で衰弱死することはなくなった。犬死にすることもないのであれば、彼も本望であろうよ。さあ、撃て巨獣機兵『オーダイン』。砦を破壊し、中の連中を炙り出せ!』
『オォォオオオオオオオオオオオオオオン!』
ギズモの指示に反応した巨獣機兵が背から炎を噴き上がらせながら口を開くと、その中から炎の砲弾が放たれ、放物線を描いて砦の門へと直撃した。
『すごい……』
その衝撃は砦全体が震えるほど。ムハルドの騎士団内でも興奮した叫び声があがっている。
それこそが新しいムハルドの力だと感じられるほどに。そして、それはギズモも同様だ。
『はっは、砦の中も騒いでいるな。であれば、このまま一気に』
『団長。砦の中から何かが飛び出てきました!』
『何?』
配下の指摘に騎士団長が砦の上空を見ると、確かに何かが迫ってくる姿が目に入った。
ソレは翼を広げて空を舞う鉄機兵であり、そして……
『あれはまさか!?』
空を飛ぶ鉄機兵より投擲された槍は巨獣機兵へと刺さり、槍の先は回転しながら巨獣機兵内部へと突き刺さっていった。
『団長。砦の中から巨獣が、ドラゴンが出てきています!?』
『おーおー、砦について早々にやってくれるじゃぁないか』
配下の報告がギズモに告げられ、また上空より近付いてくる鉄機兵からは幼い少女の声が響いてきた。
『赤い鉄機兵アイアンディーナ!? お前はベラ・ヘイローか!!』
『ああ、そうだよ。さあ遊ぼうかムハルド!!』
そして周囲すべてが敵の中に『アイアンディーナ』は降り、ウォーハンマーを振り上げたのであった。
次回予告:『第214話 少女、侵略を阻止する』
どうにかベラちゃんの活躍には間に合いましたね。
お留守番のコーザお兄ちゃんとマギノお爺ちゃんとはしばらくお別れですが、難しいお話も終わりですので後は体を動かすだけです。
さあ、ベラちゃん。みんなと仲良く遊びましょう。




